第2話 歩み寄る姫と驚く宰相

「グライベリードは、神々が最初に降り立った土地とされています」

 そんな言葉から始まった建国話は、フィリオーネの心を大いに震わせた。


 神々が降り立つと大地は喜びと幸福に満ち、一斉に花を咲かせた。これが【大地の喜び】である。その歓迎を喜んだ神による祝福が、大地を潤わせた。これが【祝福の雨】である。

 【大地の喜び】と【祝福の雨】によって自然に恵まれ、花が咲き乱れた一年中花で溢れた美しくなったこの土地を、人間は【花に囲まれた土地】グライベリードと呼ぶことにしたのだった。

 始め、グライベリードのあまりの素晴らしさに、人間の頭には住むという言葉が浮かばなかった。しかし、人間の文化が発展し、いくつもの国が生まれ、戦うようになった。


 この土地が戦禍に巻き込まれることを恐れた一部の人間――その中にはフィリオーネの先祖がいた――が、この地を守る為だけに、グライベリード国を宣言した。


 もちろん、豊かな国土という定義に変わってしまったグライベリードは、あらゆる国から狙われることになる。そこを、フィリオーネの先祖は「完全独立」を宣言し、すべての国に対して平等に――グライベリードの基準に従い――扱うことを公言して回避したのだった。

 ここから先の話は、フィリオーネも知っているものだった。


「あらゆる戦争には加担しない。戦争中の国には支援をしない。花を手折らんとするものには制裁を」

「その通りです。殿下」


 グライベリード王国は王権制ではあるものの、半分宗教国家のようなものだ。宗教国家と言っても、特定の神ではなく、土地を神に見立てているようなものだが。

 フィリオーネは、この楽園のような小国を愛している。世界に優しく、正しくあれというグライベリード王国を。


「グライベリード王国は、良き人の集団です。まぁ、多少の揉めごとはありますが、他国に比べたらないに等しい。

 殿下は、いずれその国の女王となられるのです」

「……その通りよ」

「今のあなたに、この国が守れますか?」


 ライアスの問いに、フィリオーネは即答できなかった。小国であるとフィリオーネが自覚しているように、国民の総数も少ない。その中での貴族と言えば、ひと握りとなる。

 その中の一つであったライアスの家名すら満足に把握できていなかった。ライアスが語った建国にまつわる話も、中途半端にしか知らなかった。

 すべての知識が中途半端である。フィリオーネは、短期間でそれをライアスから教えられたのだ。


「宰相殿」

「はい」


 ライアスの雰囲気は変わらない。穏やかにフィリオーネに語りかけてくるだけで、フィリオーネを無理やり動かそうとしない。

 フィリオーネへの問いかけも責めるような口調でもなく、ただフィリオーネの考えを知りたいというスタンスだった。だからこそ、フィリオーネの胸に彼の言葉がぐさりと刺さる。

 将来女王になることを軽く考えていたわけではないわ。でも、この言葉が刺さるってことは、自分でも足りていないと心のどこかで思っていたのね。

 親からの苦言も、押し付けるように知識を植え付けようとする家庭教師の言葉も、何一つ今まで響かなかった。この差が何からなるのか分からないまでも、フィリオーネが思うことは一つだった。


「あなたは、この国を本当に大切に考えてくれているのね」

「もちろんです。私は国政に関わっているんですよ。自国のことを真剣に考えずしてどうするのですか」


 分かりきったことを、と笑うライアスにフィリオーネは尊敬の念を抱いた。きっと彼は、国王に言われなくともフィリオーネへ、女王に必要な知識を与えるべく……それこそ息をするような自然さで動いたことだろう。


「……短期間とはいえ、あなたがこの国の宰相であることに感謝を。そして、改めてお願いするわ。

 私を、まともな女王たる人間になれるように教育してください」


 フィリオーネは、久しぶりに頭を垂れた。


「殿下」

 王族が貴族に頭を下げることなど、基本的にはあってはならないことだ。ライアスが焦る声が耳に入り、フィリオーネは笑む。


「必要だったからよ。ところでライアス、私、あなたに対してもう少しフラットに接しても良いかしら?」

「……殿下?」

 頭を上げれば、怪訝そうな顔が見えた。もっと色んな表情を引き出してみたい。フィリオーネはこれからのことに心を躍らせる。


「次期国王の器に見えるようにするのって、とても気を遣うのよね。指先一本の動かし方から計算しているの。そういうのを、あなたの前でするのをやめても良いかしらってこと」


 フィリオーネは、よく見えるように背伸びをしているだけだ。家庭教師も付けずにただ本を読むだけの人間がここまで問題なく過ごせたのは、フィリオーネが外面だけでも完璧だったからだった。


「家庭教師はね、知識に関する話になるとすぐに暗記暗記ってうるさくて。私はもっと自分で考えたりしながらやりたかったのに」

「……」

「その代わり、礼儀作法は楽しかったわ。基礎は暗記する部分もあったけれど、どうしたらよく見えるのか、所作の影響力とか、そういうのを自分で創意工夫できるんだもの」


 気持ちの切り替えが早いフィリオーネは、今までどうして勉強嫌いとして生きていたのかを語りだす。饒舌になったフィリオーネの姿を、ライアスはただぽかんとして見ていた。

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