第7話 不完全芳香:バニラ

アイスが食べたいなと思った。

現在僕はおまわりさんとして勤務中。

休憩がないわけではない。

そんな折、不意に、アイスが食べたくなった。


寒い時のアイスほど、ぜいたくなものはないと思う。

部屋を暖めて冷たいもの食べるんだから、

いったい何がしたいんだよと言われるのも覚悟の上。

アイスが食べたくなった。


コンビニに出かけ、バニラアイスを一つ。

そのほかに、みんなの夜食も買っていって。

みんなの好みを外したことのない僕である。

でも、レイカさんの求める匂いは、

いまだに当てたことのない僕である。


甘い甘い匂い。

彼女がそういう匂いを求めているのはわかる。

バニラの匂いなんかどうだろう。

長い髪が揺れるとき、ほのかにバニラの匂い。

いいなぁと思うのだけど、

だけど。

バニラひとつで完成しちゃう気がして、

うまく言えないけれど、僕の立場がない。


甘くとろけたバニラの匂い。

きっと似合うのだろうけど。

官能的な匂いと、その匂いに引っ張られるように、とろんとした彼女。

きっとそうなるし、

このところ甘い匂いに引っ張られ気味の彼女は、

どんどん魅力的になっていく。


彼女が自分の魅力に気が付いたら。

欲しがっていた匂いを手に入れたら。

匂いを見つけたら。


そしたら、僕はどうなるんだろう。

頼ってほしい以前に、

泣いたり怒ったりしてほしい以前に、

僕と、何でも屋の契約が終っちゃうんだろうか。


どうか、午前3時の癇癪をやめないでほしいと願う僕がいます。

ずっと匂いを探し続けてくださいと。

匂いがなくなったら僕のミントで我慢してくださいと。

何でも屋がやっていけなくなったら、

それこそ僕のところにいてくださいと。

いっぱい言いたいことはあります。


でも。

言ったその瞬間、彼女はおびえてどこかに行きそうな気もする。

有能でおせっかいの警察の人。

どこが有能だろう。


バニラアイスは甘くとろけて。

あんなに食べたかったのに、

心にひどく苦かった。

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