第3話 不完全芳香:ジャスミン

彼女はまた、匂いを変えた。

何度目か数えるのはもうやめた。

今度は花の匂いだろうか。

いや、今度も、かもしれない。

いろいろな匂いがありすぎて、

覚えていられない。


花はとても女性的だと思う。

いや、なんとなく。

彼女は女性的な匂いが好きなんだろうか。

いや、それとも何か違う気がする。

何だか否定してばかりだなぁ。

多分あれだ。

花の匂いをまとった彼女は、

僕も彼女も、何か違うと思っている。


彼女は優しげな、

それでいて、美しく高貴な花の匂いを漂わせている。

何の匂いだっけ、

どこかでかいだことのある花の匂い。

身近なのにうまく出てこない。

とにかく、彼女は違うとしか、

僕には出てこなくてもどかしい。


「今日は何食べたい?」

彼女はふわりと笑いながら尋ねる。

なぜか僕は中華料理しか思い浮かばなくて、

クエスチョンマークでいっぱいになる。

彼女がふわりと笑うのは、

匂いには合っているんだけど、

彼女には合っていなくて、

そもそも彼女の匂いがよくわからなくて、

なんで中華料理しか思い浮かばないのかわからなくて。

僕は知らずに眉間にしわ。

彼女は僕の眉間をついついとつついて、

「そんな顔しないの」

と、やっぱりふわりと笑う。


「外食しよう、中華の何か」

僕は提案する。

「なんで中華?」

「何かそれしか思いつかない。なんでだろうね」

疑問に疑問で返して、僕はまた考える。

本当に、なんでだろう。

彼女はため息をついた。

「今回の匂いも合わないなぁとは思ってたけど」

「やっぱりだめだった?」

「うん、だめだけど、面白いことがわかった」

はて、なんだろう。

「マサズミは中華料理にジャスミン茶を飲んでいるらしい」

「ああ!」

これは、ジャスミンだったんだ。

それで中華料理しか出てこなかったのか。

花の匂いなのになんでかなとは思っていた。


僕はとりあえずすっきりはしたけど、

彼女はまた、匂いを変えるんだろうな。

次はいったいどんな匂いだろう。

彼女の匂いは、どんな匂いで落ち着くんだろう。

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