第34話 楽しい試食会

 文化祭で私のグループの出す模擬店は、


 『全国ご当地B級グルメ喫茶! いろんなコスプレがお待ちしております喫茶』


 ーーになった。

 異性装喫茶もメイド喫茶もバニー喫茶も逆バニー喫茶も、みんな譲らなかった結果である。


 メニューの考案や飾り付けは、毎日講義の後に準備室やジキタリス寮の自由室で試行錯誤を行なった。

 時々カフェテリア閉店後、店長さんに試作品を作らせてもらったり。


 今日もカフェテリアの閉店後のお掃除を手伝う代わりに、試作品を作らせてもらうという約束だった。

 私たち喫茶模擬店のクラスメイトは、広いカフェテリアをあちこち掃除している。

 店長さんのコネクションを持っている私を、今まで話したこともなかったクラスメイトたちは尊敬の目で見てくれた。


「すごいな、こういうことも想定してバイトしてたんだな、フェリシアさん……」

「そ、そういうわけじゃないけどね。たまたまだよ」

「店長さんよく見たらすっごいイケメン……フェリシアさん紹介して……」

「ええっ!? 店長さん成人男性だし職員が貴族息女に手を出したらまずいんじゃないかなあ」

「エプロン姿のフェリシアさん、かわいいね」

「えへへありがとう」


 そこで近づいてきた男子学生との間に、ずずいっと割り込んでくるのはアンジャベルさんとカイだ。


「ガハハ! フェリシアの能力にようやく気づき始めたようだな! 貴様ら!」

「あなたがなんで偉そうにしているのよ、アンジャベル」

「それを言うならお前こそなんでドヤ顔なんだ、カイ!」

「なんですって」

「ああ?」

「まあまあまあ」


 カイとアンジャベルさんのバトルもなんだか最近は見ていて楽しい。

 カイに対等に突っかかっていく男子って他には全然いないし、カイがムキになって怒る相手もアンジャベルさんだけ。

 そう思うと、また以前の不安がふわっと首をもたげてくる。


 ーーもしかして、今はまだそうじゃなくても、この二人はお似合いなんじゃないのかなあ。


 私は想像する。

 カイがウエディングドレスを纏ってアンジャベルさんと手を取り合って式をあげる姿を。

 ーー想像ーーする…………


「いや、やっぱり想像できないなあ……足を踏み合ってそう……」

「何を考えていますの、フェリシア」

「ううん、なんでもないよ」


 私は笑って誤魔化した。

 

「ちなみにフェリシア、あなたコスプレ喫茶でメイドの服を着るんですって?」

「うん、猫耳がついてて青と白のチェック柄で、かわいいんだよ!」


 私は頷いた。

 メイド服は王国の別の港町で人気の喫茶店からブームになった、可愛らしくてフリルがたくさんのメイド服をイメージしたものを手縫いした。

 スライムちゃんを応用して猫耳カチューシャと尻尾に入れているので、私の気持ちに合わせてふにゃふにゃっと動くものだ。


 以前試着してみせた時から、カイは渋い顔をし続けている。


「……そんなもの着たら、フェリシアが可愛くなりすぎるじゃないか……」

「えへへ、そうかな。カイもお揃いを着る?」

「厳しい……です、わ、ね……」


 カイはまた青ざめて目を逸らす。

 あまり目立ちたくない気持ちを察して、私はそれ以上聞かなかった。


 そんな感じで掃除をしながらワイワイ雑談していると、カフェテリアの奥から店長がやってくる。


「みんな掃除終わったみたいだね。手を洗った子から中に入っていいよ」

「「ありがとうございます!」」


 みんなで辞儀をして、手を洗って中に入った。


「よーし! 今日はコナモノ系の練習をするぞ!」

「俺は故郷、ワイスレッド領のお好み焼きを作るぞ!」

「あら? 私の故郷、サウスロープ領特製のお好み焼きがよろしいんじゃなくて?」

「あっベタベタな対決が始まってしまったわ! ここは私がベイクドラウディスを」

「やめろー! ベイクドラウンディスこそ戦いが始まってしまう! ここは俺の郷里のチョコ味トカゲの丸焼きを」


 みんながワイワイと料理をしているのを、私とカイはサポート役として参加していた。

 私もこういう時に出せるお料理がわからないし、カイも本当に地元の何かを出すわけにはいけない。


「おっ!美味しいじゃねえかこれ」

「半熟の卵がよろしいですわね!」

「チョコ味トカゲ、なんで見た目はトカゲなのに食ったらチョコの味しかしないんだ……」


 みんな試食も楽しそうだ。

 思えば、私は彼らに最初は馴染んでいなかった。それなのに今ではこうやって一緒に楽しんでる。


 アンジャベルさんが小皿に取り分けたものをこちらに持ってきてくれる。


「フェリシア! 食べてくれ! これが俺のだ!」

「ありがとう! アンジャベルさん」

「カイはこれだ」

「お待ちになって、これただのトカゲだし、まだ生きて」


 私は小皿に取り分けられた試食を食べて、ハフハフとする。


「私だけじゃ食べきれないから、カイも一緒に食べよ?」

「ええ」


 こういうふうに、元の身分や家柄を抜きに、一丸になってワイワイとやるのって楽しいなと思う。

 学生生活が終わってしまったら、こんなことなんてできない。

 アンジャベルさんのことも、さん付けなんかでは呼べない関係になる。


 ーー私は、チラリとカイをみる。


 そうだ。

 これからカイと仲良くしていくためには、私がカイの身分に少しでも近づかなきゃいけないんだ。

 男爵令嬢ですらなくなった私は、本当に自分の実力一本で、将来の道を切り開く必要がある。


 大人になった時の私は、どんな姿でカイの親友としているようになるんだろう。

 なんだかワクワクした。

 どんな立場になっても、私はカイの親友でいたいと思った。


◇◇◇


 そして連日忙しく準備をしているうちに。

 あっという間に学園祭の日が訪れた。


 学園祭の日は気持ちの良い秋晴れ。野良ペガサスが空を飛び回っている、恒例のニュースも報じられた。

 私はメイド服を纏ってドキドキしながら部屋を出る。

 廊下に置かれたソファには、すでにカイが座って待っていた。


 長い銀髪を襟足で緩く一つに括って。

 物憂げに長い足を組んで、窓の外に目を向けたカイ。

 カイは白い服を纏っていた。

 銀糸が施された立襟に、センタープレスの美しい初雪のように真っ白なトラウザーズ。すっと伸びたつま先。


「……フェリシア。待っていたよ」


 ーーカイは、男装をしていた。


 柔らかなハスキーボイスで、カイは、王子様のような眼差しで、私を射抜いて微笑んだ。


 

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