第五章

第33話 文化祭に向けて

 ーーそれから数ヶ月後。


「楽しかったね、カイ!」

「ええ。あなたと一緒の夏休み、とても良いものだったわ」


 私とカイは夏休みを終え、久しぶりの制服に身を包んだ朝を迎えていた。

 夏休み、帰る場所のない私はカイのコーデリック公爵家の別荘にお世話になっていた。


 別荘にはクラスメイトも何人かやってきた。

 みんなで魔術の練習をしたり、別荘の敷地内にある湖や森でスライムちゃんを標的にしたサバイバルゲームを楽しんだり、花火をしたり水遊びをしたり、とっても楽しい時間を過ごした。


 時々店長までやってきて、私たちを眺めて帰っていってたのが気になったけど。


「店長ってカフェテリアお休みだから暇なのかなあ」


 ある日魔道具の箒で空を飛び、帰っていく店長を見ながらつぶやいた私。

 カイが空を見ながらポツリとつぶやいた。


「……彼は本当に、店長なだけなのかしら……」

「確かに怪しいよねえ。あんな若いお兄さんなのに、店長って」

「そういう問題では……いや、あるわね」


 まあ、考えてもわかんないことはわかんないままだ。

 というわけで新学期。

 私はカイと歩きながら、今朝父親から届いた手紙の話をした。


「お父様、今はテリアスの商会で一会社員として働いてるんだって。ようやく試用期間が終わって社員の制服が着られるようになったって喜んでたよ」

「あら、本当に真面目に働いているのね?」

「うん。……なんか見捨てたみたいで罪悪感もあったけど……お父様が真面目に立ち直ってくれるのは嬉しいな」

「あんな扱いを受けていたのに、フェリシアは甘いわね」

「うー……自分でも思うけど、やっぱりお父様はお父様だし……」


 私は苦笑いした。


 父は何か恐ろしいものに脅されたかのようにおとなしくなり、今は清貧に勤めて商会を立て直すために必死に働いているという。

 私への


 「今までごめんね。パパより」


 という手紙まで届いてきた時は……さすがに、ちょっと鳥肌がたった。

 


 学園に帰って顛末を周りに報告すると、私のことをみんな「毒親育ちって大変だな」と同情した。

 なんでも子供を育てるのにあまりよくない親のことを、毒親って言うんだって。


 私は空を見上げた。


「確かに、お父様は……私にとっては、毒親なのかなあと思うよ」

「確かにじゃなくて確実にですわ」

「えへへ。でもね。……私、本当は嬉しかったんだ。妹ができたのは……本当に。だからルジーナを妹にしてくれたことは、私は今も感謝しているよ」

「あなたってば本当に……お人よしなんですから」

「それにお父様がお母様と結婚して生んでくれなかったら、私はカイと出会えなかったし」


 カイの目が見開く。

 私はえへへ、と笑った。


「学園生活頑張って、しっかり就職して、カイが困った時に助けられるような親友になるね」

「フェリシア……」


 頬を染めて、カイがはにかむ。

 その表情に何故か私はものすごく胸がきゅんとした。

 カイは最近、明らかに表情が変わってきたような気がする。

 声も元々少しハスキーだし、身長が高いし、眼差しは綺麗だし、そんな真剣に見られると……。


「て、照れちゃうからあまりじっと見ないで」

「あ、あああ……失礼したわ」


 私たちはぎこちなく無言になり、登校を続ける。

 私は内心「よくないなあ」と反省していた。


 ーーカイが、とても頼もしくてかっこいいから。

 時々男の子に見える時があるなんてーー絶対カイに失礼だから、言わないようにしないと。


 教室に入ると、すでにクラスの中心人物なクラスメイトたちが教壇のあたりに集まっていた。

 わいわいと何かを楽しそうに相談している。


 その中心でよく目立つ、ますます筋骨隆々になり日に焼けたアンジャベルさんが私を見た。

 そして太陽のような笑顔で、ぶんぶんと手を振る。


「おう! 久しぶりだな、フェリシア! そしてカイ」

「おはよう、アンジャベルさん何をしているの?」

「もうすぐ学園祭があるだろう。今のうちから準備委員会で打ち合わせをしているんだ」

「へー……学園祭……」


 この学園では外部の人も呼び、盛大に行う学園祭がある。


「クラスの出し物について何か案はあるか、叩き台を作ってたんだ。フェリシアは何か思いつく物があるか?」

「え、えええーと……」


 私は黒板を見上げた。

 そこにはあれこれと、出し物についての案が乗っている。


 ーー海洋魔物たこの踊り食い焼き屋。 

 海洋魔物を採ってくるの!? しかも踊り食い!? 焼き!?


 ーーバナナの叩き売り。

 魔術詠唱でどんどん大きくしたりボコボコにしたり、バナナを構築できるか競い、オークション形式で売る。

 おっきかったりドロドロだったりボコボコだったりするバナナ、欲しがる人いるのかなあ……?


 ーーお化け屋敷。

 魔術で本物のお化けっぽいものを構築。ライト層向けのかわいいものとハード層向けの要お祓いのものを用意。

 いやいやいや、お祓いって……

 あ、これすみっこに「フェリシアちゃんのスライムちゃん使う?」と書いてある。

 なんか嬉しいな。


 ーー喫茶。

 ベタだけど、みんなのご当地B級グルメを出してみる。異性装カフェ? バニー? 逆バニー?


「あ」


 私はハッとする。


「ねえ、この喫茶っていいね。みんな国内のいろんなところから来てるから、いろんなご飯が食べられて素敵だと思う!」


 私の言葉に周りの人もあれこれと会話が盛り上がる。やっぱりこれが一番人気だったらしい。


「いいよねー! いろんな麺料理とかさ、焼き物とかさ、簡単なのをたくさん出したら」

「コナモノ系をメインにしたら、食材もそんなごちゃごちゃしなくていいかもな」


 私は楽しい気持ちになる。そしてカイをチラッと見る。


「ねえ、カイもこっそり……地元のグルメを出してみたら?」

「私の……?」


 目を瞬かせるカイに私は頷く。


「だって、私カイのこともっと知りたいし。それにみんなにも、カイの故郷のことを知ってほしい。……本当にカイの故郷です!ってアピールしなくてもさ、こっそり……「その他国外のメニュー」みたいに入れたら……どうかなって」


 カイはゆっくりと残念そうに首を振る。


「危険ですわ。私がここにいるのがバレたらいけませんもの。校外からも人が入る、最も緊張するべきイベントの一つですもの」

「そうだね。ごめん」

「……でも」


 カイは私にウインクした。そして少し背をかがめて、耳打ちしてくれる。


「あなたに特別に、こっそり作って差し上げますわ。……私が子供の頃から大好きなスイーツを」

「カイ……!」


 私たちは顔を見合わせ、微笑みあった。

 その様子を見ていたクラスメイトが、ハッとしたような声をあげた。


「カイさん! あなた男装でお給仕するつもりはありません!? あなたの男装、絶対映えますわ!!!」

「確かに!」

「確かに!!!」

「男装の麗人だ!!!」


「え……」


 こういう時はさらっと流しそうなカイが、突然びくりとしてサーッと青ざめていく。


「あ……わ、私は……失礼しますわ。少しお花をつんでまいります」


 カイは逃げるように教室を後にした。私を連れていくこともなく。


「カイ……?」


 男装って地雷だったのかな。

 もしかして、亡命するときに男装をして逃げて、それがトラウマになってるのかもしれない。


 私はカイに変わって笑ってみんなに誤魔化した。


「あはは、ごめん。多分カイ、あまり男装好きじゃないんだよ」

「そっかー」

「でもわかるかも、身長高い女子ってそういういじり飽き飽きしてるものね」

「そうだな、配慮だな」

「やむなし」


 みんな納得顔で、話題を喫茶の内容へと切り替える。

 私はカイが消えていったドアの方を見つめていた。


 ーーカイ……。

 

 男装をしたくない理由。きっと深い理由があるはずなんだ。

 詳しくは聞いてはいけないだろう。

 気をつけなきゃいけないな……と、私は心に刻んだ。


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