第32話 才能 ※ルジーナ視点

 ーーもう、ほんと腹立っちゃう!

 ーーなんで私が、こんな苦労しなきゃいけないの!!


◇◇◇


 私の名前はルジーナ・ヴィルデイジー。

 金髪ストレートが美しい14歳!

 筋モノのパパがいなくなっちゃって、次はメロメロになったお父様の娘になって。

 綺麗に着飾って愛されて、私もママーーお母様も完璧ハッピーになれると思っていたのに!


 なぜか私とママは、とある貴族女子校で働いていた。


「ルジーナ! 早く皿洗い終わらせな! 次が来るよ!!」

「は、はい!!」


 金髪はメイドキャップに押し込んで。ドレスじゃなくてメイド服で。

 私は袖捲りして必死に皿洗いをしていた。


「えーん、なんでこんなことしなきゃいけないの〜!」

「口を動かさない! そりゃあんたが皿洗い以外できない新入りだからだろうがっ!」

「えーん」


 怖いメイドリーダーに叱られながら、私はとにかく毎日雑用、雑用、雑用!

 とにかく働きまくって夜になり、シフト上がりに更衣室に向かうと、床に突っ伏して倒れているママを見つけた。


「ま、ママー!」

「だ、大丈夫よルジーナ……別にママ死んじゃいないわ、久しぶりに働いてこう、なんか、腰が……」

「えーん!!!!」


 ママはフロアメイドを任されていた。長い金髪をメイドキャップに押し込んで、化粧気もなく、地味なメイド服に身を包んだママはそれでも最高に綺麗だった。少しやつれてるのもアンニュイで最高!


 でも、それはそれとしてママがしんどそうなのは私はとっても嫌なのだ。


 私ママと一緒に賄いを食べてシャワーを浴びて着替えて、よろよろと寮へと戻る。

 お互い無言だった。ベッドにぐったりと横たわり、私たちは天井を見上げて呟く。


「どうしてこうなったのかしら……」

「わからないわ……あの美少年がパパを誘惑してから、全てが変わってしまったわ……」


 私はあの日を思い出していた。

 あの日、お父様はお客さんとして来ていた美少年に密室で誘惑されて、突然心を入れ替えてしまった。

 私は間違いなくそれを見た。だから間違えてないんだってば。絶対。


 そしてお父様はロリペド……なんだっけ、あの人とお姉様の結婚を白紙にしたの。

 それどころか私のジェンティアナ男爵家との婚約も無くなってしまったの。


 えー!って思ったわ。なんで?

 そしてあっという間に、家に次々と怖そうな人がやってきて、ペタペタと「差し押さえ」の札を貼っていっちゃったの。

 お父様が呆然とした顔で「破産したんだよ……」と言ったわ。


 そして怖い人たちは、

 私の大事なグランドピアノ(弾いたこと3回くらいだけど)も持っていっちゃった!

 ママと私でたくさんクローゼットを溢れさせていたドレスも、全部持っていかれちゃって!

 

 残されたのは生活最低限の身の回りのものと、お父様の高級ウィッグくらい。

 本当に、なにもかもゼロになっちゃった。


 それからお父様は怖い人に連れていかれて、どこかで働くことになったわ。

 ママとお父様は必死に「ルジーナを酷いところに売り飛ばさないでくれ!」と訴えてくれたの。

 家族の愛情ってだわ。絆だわ。私ジーンとしちゃった。


 でもそのはさんかん……? べんご……? 

 とにかくいろんな人たちは、私やママを歓楽街に売ったりしなかった。


 代わりにめちゃくちゃ忙しい貴族女子校で働くことになってしまった。

 入学してキラキラしているのは、私と同じくらいの女の子たち。

 私はみんなの食器を洗って、髪も引っ詰めて、ドレスも着ないで、ただただ、毎日お皿洗い。

 もう二ヶ月経った。

 いつまでこの生活が続くのか、誰も教えてくれない。


 私は手のひらを天井に向けた。

 お姉様が送ってくれるハンドクリームのおかげでひび割れはしていない。

 けれど、ネイルもできないし、キラキラのアクセサリーもつけられない。

 お姉様みたいに、自由に学校になんていけない。


 ーーもしかしたら、もう私は一生、お母様とこうして暮らすのかな。


「なんで、私とママばっかりこんな思いをしなきゃいけないの……」

「あなたのお父様が言っていたわ……フェリシアは、とある偉い人に気にいられているのですって」


 私は思わずお母様の顔を見た。

 お母様は隣に寝そべり、遠い目をして天井を見ていた。


「だから偉い人の権力で、あの子はロリペドリッシュと結婚せずに済んだのよ。それどころか偉い人に愛されているから、私たちにこんな苦労をさせて、自分だけ遊んでいるの。家族を捨てて」

「お姉様、学校に行ってるのよね……?」

「遊んでいるようなものよ、学校なんて。だって女子学生が学校にいくなら普通、こんな女子校よ? そうじゃなくて共学にしがみつくのは、……わかるわよね? ルジーナ」


 私は目を見開いた。

 そして、ママに教えられたことの意味に、気づいてしまったの。


「お姉様は……一人だけ、学園で男子にチヤホヤされて生きてるの……?」

「そうよ。お気に入りってつまりはそういうことよ。魔術学園なんてよくわからない学園に通っている人なんて、どうせみんな勉強しか知らない地味なガリ勉よ。魔サーの姫ってやつよ」

「魔サーの……姫……!?」


 私はカッと体が熱くなるのを感じた。


 ーー本当のところ、実はお姉様の結婚が白紙になって、可哀想って思ってた。


 だってあの、地味で勉強ばっかりのお姉様も、結婚相手ができるなら嬉しいでしょうし。

 しかも私がもらうはずだったヴィルデイジー男爵家もお姉様のものになる予定だったんだから。

 ロリペドリッシュおじさんとの結婚は、お姉さまにとって幸せな結婚になるはずだったのよ。

 (私より、3ランクくらい下の幸せだけど、努力の差ってやつよ!)


「許せない……」


 勉強ばっかりで、地味で、全然可愛げも磨かない、ただのぼんやりしたお姉様。


「許せない……」


 身の丈にあった結婚を捨てて、私たち家族を捨てて、一人だけチヤホヤされて。


「許せない……」


 よくわかんないけど、あの美少年だって、絶対お姉様の差金なんだ。


 体がどんどん熱くなる。

 ママが隣で困惑している声がする。


「ルジーナ? い、一体どうしたの……? 体が光って……」


「私たちを見捨てて魔サーの姫をやるために、お父様を美少年で籠絡するなんて、許せないわ!!!!」



 私は絶叫した。

 絶叫した瞬間、光の柱が天井を、空を、星々を貫きーー



「嘘でしょう……?」


 ママの呆然とした声が、だんだん歓喜の声に変わっていった。


「ルジーナ!!! あ、あああああなた、魔術の才能があるのね!?」


 ーー魔術の才能?


 私はただ、とにかく怒りで爆発して、頭がぼーっとして。

 そのままぐったりと、意識を失った。

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