第29話 カイと父と私

 一応、父はカイを客間へと案内した。


「で、その……その、ご令嬢、これから家の話になるのですが、席を外していただいて」

「私も一緒にお聞かせいただきたいですわ。王国の婚姻事情について知るべき権利がありますもの(?)」

「は、はあ……」


 カイはスラスラと理由づけして、私の隣のソファに座る。

 実家のソファにカイが座っていると、なんだか不思議な気持ちになる。

 えへへ、嬉しいな。ーーなんて、思ってる場合ではないんだけど。


 カイが隣で強く頷いてくれる。

 私は気を引き締めて、父に向き直った。


「お父さん。結婚してって話だったけど、一体何があったんですか?」


 父はカイを気にしている様子だったけれど、黙っていても仕方ないと口を開いた。


「ジェンティアナ男爵令息がルジーナの嫁入りを希望しているのは知っているだろう」

「……私が聞いたのは少し違うかも。婚約を白紙にしたいって」

「白紙だって!? 白紙なんて認めないぞ! 縋りついてでも由緒正しい方の男爵家に繋がりたいからな!」

「……まあうちは新興貴族ですもんねえ」

「そういうことだ。ジェンティアナ男爵家には当然、ルジーナに嫁入りしてもらう」


 カイがゆったりと足を組む。


「そういうわけで、フェリシアには婿を取らせて家を継がせたい……というわけですのね?」

「そういうことです」


 揉み手をしながらカイに頷く父。父は権威に弱い。

 カイは私と同い年の女の子なのに、やっぱりこういう時のカリスマ性は違う。すごいなあ。


「で、そのお相手というのが……彼なのね?」


 カイはチラリと私を見る。私は手紙に同封されていた絵を開いた。


「商人のロリペドリッシュ・クドリッシュ。魔道具作りに欠かせない魔力油田を引き当てて莫大な富を得ている成金。年齢は30歳と言い張っているけれど、私の調べによると47歳。婚姻歴はバツ4。どれも12歳から16歳の貴族令嬢に婿入りして、数年で離縁している……」


 カイの言葉にげげ、と思う。

 想像以上にヤバそうな人だ。


「快眠パワー枕だとか、魔力が安定するパワーダイヤモンドだとか、運気が好転する馬9頭彫られたクリスタルガラスとか、そういう妙なものを売りつける商売で儲けては、何度も家名を変えてのらりくらりと逃げ回る、胡散臭い商人……」

「違います! そ、それは本物を売っているんですよ!」


 父は訴える。


「わしもクドリッシュ殿と意気投合し、その商売には投資したんだ!金も貸してくれたしな! 商品を買い上げて、そしてその商品をもっと高値で顧客に売れば利益になるし、私の商品をさらに他の人が売ればその人も儲かるという、ごくごく当たり前のビジネスだ!」

「そうなんだー」

「フェリシア、それはそうなんだーで済ませるやつではないわよ。私があとできちんと説明してあげますわ」

「な、なんだ胡散臭い商売扱いしやがって、クドリッシュ商会は実際儲かっているではないか」

「それは統括者だからよ……」


 カイはごほん、と咳払いする。


「ともあれ、クドリッシュの目的はあなたのような金に困っている貴族家に婿入りし、若い令嬢と夫婦になることと家名を変えること。フェリシアをそんな男と結婚させるわけにはいかないわ」

「あなたがどんな家柄のご令嬢であろうが、他家の事情に口を挟まないでいただきたい」

「ヴィルデイジー男爵。あなたは思い違いをしているわ」


 カイは覇気を纏った鋭い眼差しで、父を鋭く睨みつけた。


「新興貴族とはいえ貴族は貴族。貴族ならば国の為にそれぞれの家が秩序と道徳を守り、王国民の規範となるよう努めねばならない。庶民より高い税金や出費を伴う王国行事への参加は、何を意味するのか。……私は王国貴族家の娘という立場として、友人の家が道を踏み外すのを見逃すわけにはいかないわ」

「じゃ、じゃあうちの借金はどうしろというのだね、綺麗事では生きられないのだよ、お嬢様!」


 父が本性を表し、カイに噛み付くように怒鳴った。

 カイは動じずに、堂々と言う。


「おとなしく破産申告なさい。一から家を建て直しなさい」

「そ、そんなことをすれば、貴様のお友達のフェリシアは家を失うんだぞ! そして学園にだって通えなくなる! なんて残酷なことを貴様は!」

「あら、おかしいですわね? フェリシアは特待生。実家からはビタ一文受け取っていないはず。それどころか時々、彼女が実家に仕送りをしていたことだって……私は知っていてよ?」


 私は思わずカイの顔をみた。

 カイには仕送りのことは言っていなかったはず。

 カイは「知らないと思っていて?」とばかりに肩をすくめた。


「……想像すればわかることよ。奨学生なら豊かな学生生活の為に生活費も潤沢に出るわ。だって普通・・なら、奨学金は優秀な学生が学問に専念するために与えられるお金。それだけで楽しく学生生活ができなければおかしい・・・・のよ。私の知らない、どこか遠い他の国は知らないけれどね。事実、学園は潤沢なお金を出しているわ。お金は十分にあるのにバイトを続けていたのはおかしいもの。……あれは、実家に送るための仕送りを稼いでいたのよね」

「…………」

「店長もきっと、あなたの事情をわかっていたのよ? でも指摘をしなかった。……実家を庇いたいフェリシアの気持ちを、踏み躙りたくなかったから。でも私は言わせてもらうわ。大切なフェリシアを失いたくないもの」

「カイ……」


 カイはキッと父を見据えた。


「フェリシアは優秀な学生ですわ。奨学生であることはもちろんその証明でもあるし、成績も優秀。学園に通う将来有望な学生たちが何人も、フェリシアのことを認めているわ。そんな彼女は実家が潰れようとも本来なら困らないし、むしろ実家なんて切り捨てることができる。彼女なら養女に迎えたい貴族家はいくらでも出てくるわ。それでも実家を大切に思っているのは……彼女の優しさよ」


 父はーーよくわからないといった顔をしている。

 全く理解できないのだ。愚かで可愛くもないフェリシアという娘が、ここまで擁護されていることを。

 だってそういうものだと思っていないから。

 けれどそんなこと、どうでも良かった。


 ただただ、カイが私のことをそこまで認めてくれている。 カイが見てくれている。

 ーーそれがただ、私は嬉しかった。


 父が、ようやく口を開いた。


「優しい娘なら、実家のために当然結婚してくれるのではないか?」


 カイの顔が失望に染まる。父は続けた。


「そうだ。優しい娘ならば、実家を見捨てないだろう? 自分の学問ごときを優先しないだろう? 優秀とは言っても、女が学を持ってどうする。どうせ結婚して子供を持てば仕事なんてできなくなる。それまでの投資でしかないのだから」

「……あなたって人は……」

「ならば今、すぐに、実家を援助してくれる男爵を婿に迎えて家を継ぐことが、一番の親孝行ではないか? そうだろう、フェリシア」

「あなた、これ以上」

「貴様には話しかけていない、そろそろ黙れ! フェリシア、お前はここに残るよな?」


 父の眼差しが、私を貫く。

 私は唇が震えた。家のため、父のためと言われたら、私は恐ろしいくらい体がこわばってしまう。

 それまで自由に柔らかく広がっていた夢や希望や、暖かな気持ちが、しんと冷たくなってしまう。


「私、は……」


 カイが私を凝視している。

 私は、目を閉じた。そして深呼吸した。


 

 ーー学園で学んだいろんなこと。まだ、学び始めすぎて、知らないことがいっぱいある。

 ーー学園で得た友達。学園で私と仲良くしてくれた、認めてくれた人たち。

 ーー将来の夢を見つけたいと、ワクワクしながらテリアスで過ごした研修旅行。


 そして何よりーー危険を承知でついてきてくれて、隣で怒ってくれている、カイという人。


 私は、みんなに大事にしてくれる、私自身を大事にしたい。

 みんなの思いやりを無駄にしたくないから。みんなの思いやりが嬉しいから。


「お父さん、ごめんなさい。……私、もっと学びたいんです。まだ私は何もない子供です。うんと勉強して、いろんな人たちと仲良くなって、一人の人間としてしっかり立てるようになりたいんです。そのほうが、きっとお父さんの力にもなれると思います。お願いします、……結婚は、もうしばらく待っていただけませんでしょうか」

「だめだ。待てばお前の価値はなくなる。若い令嬢でなければ結婚はしないし援助もしないと言われている」


 父はとりつく島がない。

 私はどう言えばいいのかわからず、ぎゅっと唇を噛む。


 その時、カイが私の肩を叩いた。


「……フェリシアのお父様。少し、私と二人でお話しできませんこと?」


「「えっ」」


 私と父は揃って変な声が出る。カイは私を見て言った。


「ごめんなさい。ちょっと客間を出ていてくれるかしら。馬車で待っていて」


 カイの眼差しは真剣だった。

 馬車で待っていて、ということは余程の話をするのだろう。そしてそのまま、帰るという意味だろう。


 私は頷いた。

 カイはきっと、何か考えあって私にそう言ってくれているのだから。


「わかった。……ごめん、頼っちゃって」

「違うわ。あなたができることはきっちり果たした。……あとは私の出番というだけよ」


 私は泣きそうになる。

 カイは足を組み、また表情の雰囲気を変えた。堂々としたーーどこか、令嬢らしいというよりも、もっと高貴な雰囲気になった気がする。


「……さて、お父様。私たちでじっくりお話をしましょう?」


 氷の眼光で父を射抜くカイ。

 カイの威圧感に父はきゅっと縮こまった。


 私は客間を退席した。

 おとなしく馬車に待っていようとしてーーやっぱりそれはできないなあと、廊下でウロウロと待っていた。


「うーん……やっぱり私の問題だしなあ……守られるだけなのはやっぱり……」


 声は聞き取れないけれど、客間の中から、カイの静かな淡々とした声と、父のいろんな声が聞こえてくるーー困惑の声、怒鳴り声、驚いた声、泣きそうな声。


「や、やっぱり客間に入ったほうがいいんじゃないかな……」


 外でオロオロとしていると、ちょうど通りすがった義妹が「あっ!」と声をあげた。


「ちょっとお姉様、なぜこんなところにいるんですか?」

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