第30話 実家の件の……一旦の、決着

「え、ええとあの……色々あって……」


 義母もやってくる。

 二人ともよく見たら、以前よりも随分と血色が悪くギスギスして見える。

 ーーもしかして、本当に結構ギリギリの状況なのかな、私の実家。

 私は少し胸が苦しくなった。

 お父さんはこんな風になった二人を見ても、自分の力で奮起しようなんて思わないの?

 二人も、状況が何かおかしいと思わないの?


 義母も義妹も自分で好きでお父様にくっついているのは知っているけれど、なんだかなあ……と思う。


 そんな私の気持ちをよそに、義妹のルジーナがずずいと距離を詰めてくる。

 目はキラキラだ。


「お姉さま、もちろん結婚のお話お受けするんですよね? ありがとう!」

「え、ええとー」

「受けるわよね? 当然受けるわよね? だってお姉さまが結婚してくれれば万々歳。お父様の商会も家も守られるし、お金は入るし、シモンさまに私が嫁げるからシモンさまも大喜びだし、ハッピーエンドよね!」

「え、ええと……」


 今は多分カイが父をやり込めてる、なんて言ったら大変なことになりそうだ。

 でも嘘をつくのは苦手で、言葉を懸命に選ぶ。


「ええと……私は、結婚しないつもりだよ、ルジーナ」


 明らかに表情が曇る。それでも私は訴えた。


「ルジーナも落ち着いて。シモンさまは、本当は」

「もう! お姉様じゃらちがあかないわ! ねえ、お父様〜!」

「あっ来客中……」


 私の引き留めも虚しく、ルジーナはひょいと客間へと入ってしまう。

 続いてーーそして妹の悲鳴が聞こえた。


「えっえええええ」

「ちょ、ちょっと何の騒ぎよ!」


 そして義母も二階からドタドタとやってきた。

 顔にパックをして頭にぐるぐるとカーラーをつけている状態でも出て来れるの、強いと思う。


「あらまあフェリシア! あなた結婚してくれるのよね? 今夜にでもロリペドリッシュ・クドリッシュさんのところに行ってちょうだい! あとで覚えていたら電報でも送るわ!」

「え、ええと」

「で、なんなの? 今の悲鳴は? ルジーナが悲鳴をあげたの? あらまあ何が起きたのよ、そういう時はお姉さんなんだからあんたがなんとかしなさいよっもう! 私忙しいのですから!」

「そうですよね見るからに」


 ようやく義母が客間に目を向けた。


「ちょっと、誰か来てるの?」

「私の親友の貴族令嬢……ですが……」


 その中からドタドタという音が聞こえてくる。

 義母もルジーナが心配なのだろう、急いでパタパタとそのままの・・・・・姿で客間に向かう。


「ちょっとどうしたの? って、きゃー!!!!」

「……何がおきているんだろう」


 私も中に入ろうか悩む。

 けれどカイに出ていて欲しい、と言われたからには、行くわけにもーー


 オロオロしているうちに、客間の中の騒々しい音が止んだ。


「ふう……」

 

 チョーカーを整えながらカイが一人部屋から出てくる。

 視線をあげ、私がいることでカイは目を丸くした。


「あなた、馬車に乗っていてって言ったでしょう?」

「カイが心配で……それになんだかすごく大暴れしてる音が聞こえたから、ええと」

「なんてことないわ。あなたの家族も無事よ」


 駆け寄る私にカイは微笑み、さっさと玄関へと向かう。


「家族に何をしたの?」

「なんてことないわ。手刀で落としただけだから」

「手刀!?」

「大丈夫。結婚は白紙になったわ。安心してちょうだい」

「そ、それって暴力で解決? だめだよ」

「違うわ。流石にフェリシアの家族に暴力なんてふるえないわ、殴ってもフェリシアのことを逆恨みするだけでしょう」

「そっちの意味の懸念なんだね」

「大丈夫。……きちんとフェリシアを手放すようにお願いしただけよ。手刀は……義妹と義母が来て話がこじれそうになったから、ちょっと黙ってもらっただけ。だから大丈夫よ」

「カイが大丈夫というなら大丈夫だね」

「ええ。……あなたをロリコンの妻にはさせない。学校もやめなくていいわ。帰るわよ」


 カイは綺麗な笑顔で微笑み、馬車へ軽やかに乗り込んだ。そして私の手を引っ張ってくれる。

 強くて、大きなカイの手。頼もしい優しい笑顔を見上げ、私も微笑んだ。


「ありがとう、カイ」

「ええ」


 馬車で帰路につきながら、カイは言う。


「……コーデリック公爵家の伝手を通じて、しっかり家を立て直せるように専門家を派遣してあげるわ。婚姻を破談にする責任くらい取らせてもらうわ」

「でもいいの? カイも本当はコーデリック公爵家の人ではないのに……そこまでしてもらって……」

「平気よ。貴族社会に巣食うロリペドリッシュのような男を野放しにした方が、コーデリックの者は許せないと思うから」

「うーん、でもなんだか申し訳ないなあ……」

「申し訳ないと思うのなら、ちゃんと学びなさい。新興男爵家出身者にして女子学生初の主席くらい目指す気概で勉強して。……もちろん、人生を楽しむことも忘れずにね」


 カイがウインクをする。

 私はその優しさに流されそうになりながらーー背筋を伸ばし、カイに伝えた。


「……あのね、カイ」

「ん?」

「私、反省したよ。……カイに頼らなきゃ、まだ実の父親一人説得できないなんてまだまだだね」


 カイが何か言いたそうな顔をする。私は首を横に振った。

 今は、カイの優しさに甘えてなあなあにする時じゃない。

 私はしっかり悔しい気持ちを咀嚼したい。


「私強くなる。今回悔しかったの。カイの力を借りちゃったの。……自分のことを自分のことで片付けられるようになるのはもちろん、いつかカイが困った時に、助けられるような友達になるね」


 カイは少し笑って、首を横に振る。


「嬉しいけど、少し違うわ、フェリシア」

「カイ?」

「……自分一人で難しいことでも、誰かの力を借りて達成できるなら、それは『力を借りられる』というあなたの力よ。私だって強いんじゃない。コーデリック公爵家の力や、実家で培った経験に支えられている。……ひとりぼっちではできることは、たとえ王様だって少ないわ」


 カイはチョーカーに触れて、そして私をまっすぐに見た。


「周りに頼ったり、頼られたりして、ありがとうを言い合って。……そしてお互い、もっともっと成長していきましょう」

「うん!」


 カイは少し迷いをみせた末、私にはっきりと告げた。


「……私がどんなどんな立場になろうも……側にいてくれると嬉しいわ」

「もちろんだよ」


 私は強く頷いた。

 カイはーーカイだけじゃない。みんなが、私の未来を応援してくれている。私に期待をしてくれている。

 何もなかった、いつも家族に馬鹿にされ続けていた、冷遇されていた私なのに。

 学園でも最初は馴染めなかったのに。


 少しずつ、私は自分の生きる場所をつかみ始めている。

 そしてーーそこではいつも、カイが見守ってくれていた。


「カイ……ありがとう」


 カイは疲れていたのだろう、いつの間にかうたた寝をしていた。

 私はその綺麗な横顔を見つめた。


 ーーカイとのこんな日々は、卒業したら終わってしまう。


 カイはいずれ隣国に帰るだろうし、私も卒業後はどこかに勤めて、誰かのお嫁さんに多分、なるだろう。

 車窓の夕陽に照らされる、カイの寝顔を焼き付けるように私は見つめた。

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