第四章

第27話 モラトリアムの終わり ※ルジーナ視点

 あたし、ルジーナ!


 今日はジェンティアナ男爵令息との久しぶりのお茶会!

 午前中から、彼が私の屋敷にやって来るのを心待ちにしていたわ。

 彼は学業が忙しいと言って、最近はなかなか会いに来てくれなかったの。


 窓から差し込む柔らかな日差しの中、あたしたちはお互いに向き合って座ったわ。

 久しぶりの再会にウッキウキのあたしだけど、彼の表情はどこか陰りがあったわ。


「……はあ」


 彼のため息が、静かな部屋に響いて。


「あたしとのお茶会、あまり楽しくない?」

「あっ、……そんなことないよ」

「ふーん」


 あたしは少し拗ねた声で言ったわ。

 それで困った顔で取り繕うとするジェンティアナ男爵令息だけど。

 ーー結局、彼は切なげにため息をつき、遠くを見つめるばかりで。

 あたし、ムーっとしながらお茶を飲むしかなかったわ。


 そしたらいきなり、彼はとんでもないことを言い出したの。


「父が」

「ジェンティアナ男爵が? どうなさったの?」

「僕の婿入りを反対しているんだ」


 彼の声は震えていた。


「えっ」

「……ごめん。うちが……その、色々事情が変わってきて……さ」


 彼の目は泳いでいる。

 ジェンティアナ男爵令息は、躊躇いながらも続けた。


「君のお父上の商会が倒産寸前だと聞いて……それで、親族一同がカンカンになって『婚約解消しろ』と訴えてていて……」

「えー……」


 そんなの、当然難しいじゃない! 

 ヴィルデイジー男爵家はどうなっちゃうの!?



「待ってて、お父様を呼んでくるわ。お父様じゃないとこういうお話、わかんないから!」


 あたしは慌ててティールームを飛び出し、父に相談しに行ったわ。

 その時、父も涙を浮かべていたの。


「一体どうしたの?」


 あたしは驚きながら尋ねたの。


「も、もしかしてジェンティアナ男爵令息のお話、知ってるの?」

「知らん! い、いやそれどころじゃないだ! 大変なんだ!」


 父様は顔を真っ赤にさせて叫んだ。

 今にも泣きそうな赤ちゃんみたいな顔だった。


「大変なんだ! わしの商売も、家も、このままでは終わってしまう!」

「えええ、そ、それだけじゃわかんないわよ」


 慌てるあたしに、父様は慌てふためきながら話した。

 絶対売れると見越して大きく投資した案件が大赤字になったのだそうで。


「それは……大変なの?」

「大変に決まってるだろう! 男爵家はおしまいだ!!」


 あたしには難しい話はわからないけれど、家が困っていることだけはなんとか理解したわ。

 父様の会社が終われば、この男爵令嬢としての快適な暮らしも終わりなのだから。


「た、大変だわ〜!」


 あたしもお父様と一緒になって叫んだ。

 この時にはもうすでに、ジェンティアナ男爵令息のことは忘れていたわ。


「だがちょうど誰でもいい、娘を即換金できるような質屋のような男はいないのか!」

「えー! あたしはいやよ、お父様!」

「ルジーナじゃないっ! ほら、あっちの娘だ! フェリシア!」

「よかった」

「あああ、なんかこう、いい金になる良縁!!!!」


 父は髪をかきむしりながら叫んだ。

 ーーその時。


「いるわよ!」


 母が扉をバンッと叩いて現れたの。彼女の手には輝く名刺があったわ。


「これ、ちょうど前の夜会でルジーナに鼻息荒く近づいていた男性ですの」

「あっ、あの気持ちわるいおじさん」

「17歳以下の女の子と結婚できるならって、スペックを書いてきた失礼な人でしたけど、魔力油田を引き当てた成金だそうですわ。年齢は30歳……と書いてあるけど、普通に40代ですね。とにかくお金が溢れてるとか!!!!」


 母は勝ち誇った顔で言ったわ。


「それだー!!! そ、そいつの爵位は!?」

「男爵家の三男よ! 何もないわ! このままでは平民まっしぐら!」

「ということは……」

「うちに婿入り大歓迎よ!」

「よしきたッッ!!!!」


 父様は叫びながら、勢いよく羽ペンを手にして、即座に手紙を書き始めたわ。


「ふはははは!! フェリシアを女男爵にすればいい! そしてそいつを婿入りさせれば、ハッピーエンドだ!」


 あたしと母様も抱き合った。


「やったー! 全てがハッピーエンドだわ!」

「私たち、運が向いてるわね!」

「わしもまた新しい株に挑戦しようかなっ!」

「いいと思うわ!」


 やったー! やったー!と、あたしたち家族は抱き合って喜んだわ。


「父様、実はさっきここに来た理由はね……ジェンティアナ男爵令息から『商会が危ないなら婚約難しいかも』みたいなことを言われてたのよ」

「なんだって!? それは大変だな!」

「でもこれなら、姉に成金ロリコンおじさんを引き取ってもらって、あたしはこのまま無事に由緒正しい家柄にお嫁入り! ハッピー!」

「よーしよしよし! 全てがうまくいくぞ! 手紙を出せ! 使用人はどこだ!」

「ほぼ全員解雇したから、いないわ! せっかくだしジェンティアナ男爵令息の馬車で手紙出しに行くわね」

「うむ! 名案だルジーナ!」

「ついでにそのまま、デートでもしていらっしゃーい!」

「はーい!」



◇◇◇


 ーーー実家でそんなことになっていることも知らず。

 フェリシアは学園で、楽しい日々を過ごしていた。

 最悪の運命の手紙は、それから一週間後に届いた。


◇◇◇


 朝。

 学舎に向かう前の清々しい時間、私は寮母さんから手紙を受け取る。

 廊下のソファでカイがやってくるのを待つ間、ここで手紙を片付けるのがいつもの日課だ。

 この朝は実家から珍しく手紙が届いていた。

 懐かしい父の字に、私は少し笑ってしまう。相変わらず癖字がすごい。


 封蝋を開いて、私は手紙に目を走らせる。


「え……」


 私は思わず手紙を取りこぼした。

 世界がモノクロになるのを感じる。


「おはよう。……どうしたの、フェリシア?」


 カイが後ろから話しかけてくる。私は振り返った。

 それだけで、体がガチガチに強張っているのを感じた。


 カイが手紙を拾いあげ、文字を目で追いーー表情を険しくした。


『フェリシア。お前の結婚が決まった。この手紙が届いたらその日に退学届を出して、実家に戻ること。これは家長命令である』


「どうしよう、どうしよう……どうしよう、カイ……」



 ーー私は目の前が真っ暗になった。

 研修旅行でいっぱいに考えていた、楽しい将来の夢も、全て。

 この手紙一枚で、失われるのだ。



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