第26話 研修旅行/真実の告白
「温泉で話す必要はないでしょう」
そのカイの一言により、私たちは談話室に向かうことになった。
温泉じゃないのであれば、いっそ全員集合してもらうのが早いと思ったので、アンジャベルさんとノヴァリスさんにも来てもらった。
四人とも、温泉ホテル備え付けの鳩の模様が入った長いワンピース的な服を纏っている。
ユカタという外国由来のナイトドレス的なもので、いろんな国の文化が混ざったこの土地らしいものだ。
ともあれ私たちは4人掛けのソファーセットで向かい合っていた。
「フェリシアから誘いがあったと思ったら、なぜお前らまで」
「うん、あのね。もう気になることは全部研修旅行中にスッキリさせておこうと思って」
腕を組んで怪訝な顔をするアンジャベルさんと、首を傾げるノヴァリスさん。
その二人と、隣で困惑しきった顔をするカイを見る。
「あのね、アンジャベルさんとカイ。もしかして……お付き合いしてるの?」
「なんでこいつと!?」
「そんなことあるはずないですわ!!」
青ざめて椅子から立ち上がる二人。ノヴァリスさんがふむ、と顎を撫でる。
「二人がジャージを着ているからそう思ったのか? フェリシア」
「うん。……二人で動物園デートして、なんらかの事故で制服が濡れちゃって、それでジャージを着てるのかなって」
私の指摘に、アンジャベルさんとカイがもごもごと口籠る。
「これは……」
「ええとね、フェリシア。これはそういうのじゃなくて……」
二人はとても言いにくそうにする。
私は少し寂しく思いながらも、祝福の気持ちでス……と両手を拍手の形にする。
「やっぱり二人は……」
「違う違う違う違う」
「拍手はやめて、冗談じゃないですわ!!」
ノヴァリスさんがじっと鋭い瞳を二人に向ける。
「フェリシアが疑問に思っているのだから、誤魔化さずに正直に答えた方がいい。彼女は君たちの友人なのだろう」
「そ、それはそうですけど……」
「友人……うん、友人、か……今はそれでもいいが……その……」
「ではその友人への誤解は解いた方がいいのではないか」
ビシビシと指摘していくノヴァリスさん。強い。
私も彼と一緒に二人を見た。
「ねえ、お願い。二人が付き合ってるのなら応援したいんだ。本当のことを教えて」
「もしくは何か事件に巻き込まれているのか?」
ノヴァリスさんがハッと気づいた顔をする。
私もハッとした。
確かに二人は由緒正しい貴族の生まれだし、何よりカイは事情あってコーデリック家の娘のふりをしているのだ。
研修旅行中に事件が起きて、カイと魔術騎士科のアンジャベルさんが連携して陰ながら事件解決をーー!?
その時カイが叫んだ。
「フェリシア! そんなキラキラワクワクした目をしないで、違いますのわたくしたちは……!」
そしてアンジャベルさんが決意を固めた顔をすると、キッとノヴァリスさんを睨んだ。
「お前こそ! その……フェリシアをテリアスの祭りに誘っていたじゃねえか!」
ノヴァリスさんが目を見開く。アンジャベルさんが続ける。
「毎年動物園に行きたいとか、君の力が欲しいんだとか……こっこの旅行が終わって……いいい……いっっしょに、とか……!」
ノヴァリスさんと私は顔を見合わせる。
カイもはっきりと私を見て言った。
「盗み聞きしていましたの、わたくしと
「こいつって言うなよてめー」
「わたくしとアンジャベルは、フェリシアが……ノヴァリスと……よろしい関係になるのではと……不安になって……その、友人として気になって! そう! 友人として気になって覗き見してしまいましたの! 結果として滝壺に足を滑らせて、これですわ!」
「そういうことだ!」
私はポカンとした。
「そういえば……滝壺になんか落ちた音が聞こえたような……あれは二人だったんだね……」
「すまないフェリシア。盗み聞きという男らしくない振る舞い、お前に知られたくなくて……」
「わたくしも、親友であるあなたが……殿方と一緒にデートと思うと……いてもたってもいられなくなって……」
小さく縮こまってしまう、アンジャベルさんとカイ。
私とノヴァリスさんは顔を見合わせる。
ノヴァリスさんが、クスッと笑った。
「愛されてるな、フェリシア」
「……!」
ノヴァリスさんの笑ったところを初めて見た。
なつかない孤高の気高い生き物が懐いてくれたような、そんなふわっとした微笑みで。
驚きで目を奪われていると、隣でカイとアンジャベルさん喰らいつきそうな顔でこちらを見ている。
「やはり二人は……」
「よろしい関係に……?」
「はわわ違うよお、大丈夫だよ。ノヴァリスさんと私は魔術や生物学についてもっと一緒に勉強して研究したいねって話をしていただけだから!」
それから私とノヴァリスさんで、ジャージ姿の二人に「一緒にいてくれないか」の続きの話について説明した。
話を聞いていくにつれて、アンジャベルさんとカイの顔が、呆気に取られた顔になる。
「そういうことだったんですの……」
「そういう……ことだったのか……」
「あはは、ごめんね。二人を心配させちゃって!」
「説明は以上だ。よって、俺たちは結婚の約束をしたわけではない」
「ノヴァリスさんが結婚相手だなんて、私には不相応だよ」
手をブンブン振って言う私に、ノヴァリスさんがこちらを見た。
「そう卑下することはない。君は立派だ。尊敬する」
「えへへ、ありがとう」
「……わかった。とにかく付き合っていないならそれでいい」
話は終わったとばかりにアンジャベルさんは立ち上がると、ビシッとノヴァリスさんを指さす。
「とにかく! 気安く誤解されるような行動するんじゃねえぞ!」
すごい迫力だ。
しかしノヴァリスさんは、じっとアンジャベルさんを見つめ返す。
「……誤解とは?」
「だ、だから付き合ってるような」
「君に、釘を刺す筋合いはあるのか?」
「っ……!?」
「君はフェリシアの婚約者ではないのだろう?」
アンジャベルさんは顔色を変える。しかしすぐに強気の笑いを見せた。
「……ああ。お前も俺も、婚約者ではない。
そう言い残すと、アンジャベルさんは「じゃあな」と片手をあげて去っていく。
ノヴァリスさんも立ち上がった。
「では失礼。……フェリシア、また図書館で会おう」
「うん。これからもよろしくね。集まってくれてありがとう!」
ノヴァリスさんも笑顔を残して去っていく。
残ったのは私とカイだった。
「……というわけなんだ。ごめんね、心配かけちゃって」
「い、いえ……私も心配をかけていた側だったようだし……お互い様よ」
私はカイの横顔を見る。
窓から入る夕陽に照らされた横顔は、やっぱり綺麗だ。
やはり少し、胸が苦しくなった。
「……カイもいつか、元の人生に戻って……誰かと結婚したりするんだろうね」
私の言葉に、カイがはっとこちらを見る。
「フェリシア……」
「今回は誤解だったけど、実はちょっと嫉妬しちゃったんだ。カイがアンジャベルさんに取られるのが辛くて。学園の初めての友達だからかな……? カイは私のそばにいて欲しいって気持ちが沸きそうになっちゃって。えへへ、友達なんだから、カイに婚約者ができても、友達じゃなくなるわけじゃないのにね」
何も隠し事はしたくない。私はカイに素直な気持ちを伝えた。
カイは目を見開き、何かを言いたそうに唇を動かす。
けれど、最後にはきゅっと悲しそうに唇を引き結ぶと、無理やりといった風に微笑んでみせた。
ーー何かを堪えるような顔だった。
「……わたくしも離れたくありませんわ。誰にもフェリシアを渡したくない……」
「カイ? 大丈夫だよ、私は」
私の言葉を、カイは首を振って遮る。
「アンジャベルはノヴァリスには釘を刺した。わたくしには
だから」
低く呟くその声は、私までーー胸の奥がぎゅっと苦しくなるほど、切ない声だった。
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