第25話 研修旅行/すれ違う二人

「俺は君の力が欲しい、フェリシア。……君の、スライムちゃんを構成する技術が」


 ノヴァリスさんは丘の上、幻獣ミーアキャットの群れを見上げた。

 さらさらと、彼の艶やかな黒い前髪が思慮深げな目元で揺れている。

 淡々と、彼は私に説明した。


「俺が魔術図書館館長の息子であることは、君も知っているだろう?」

「うん。カインダブルー侯爵だよね」

「本の保存には適切な湿度や風通し、虫対策といったものが大切だ。俺は国家魔術師として家を出て働くつもりだが、父の国立図書館館長の仕事に役立つ研究もしたいと思っている」


 幻獣ミーアキャットたちが眩しそうに太陽を仰いでいる。その姿を見つめながら、ノヴァリスさんは語る。


「たとえば、水魔法で生み出したスライムちゃんが、自発的に館内の湿度管理をできる子だったら? 太陽光の強さを測定し、窓に張り付き、本の日焼けを自然と防ぐ機能を備えていたら?」

「……! 水魔法ならば他の魔法より本に優しいですし、何よりコストパフォーマンスがいいですね」


 ノヴァリスさんは、私をまっすぐ見つめて言った。


「君のスライムちゃんはもっと磨けば、書庫管理にとても役立つものに化けると思うんだ。もっとしっかり動物や模倣対象について学べば、もっといいものができる」

「つまり……私のスライムちゃんをもっと機能的にするために、もっと生き物をよく観察して模倣するべきだ。そう、ノヴァリスさんは言いたいってこと?」

「ああ。君はおそらく生物学に弱いだろう。魔力の循環さえ整えればスライムちゃんは動くだろうが、もっと高度な生き物を作るには今の君の知識では足りない」

「うう、そのとおり……」

「俺は生物学は得意だ。一緒に何度も動物園に来れば、少しは君の役に立てると思う」

「だから……毎年ここに来ようって、誘ってくれたんだ……」

「ああ」


 ノヴァリスさんは頷く。


「思いつきやアイデアを形にする能力と実行力があるのだから、そこに知識をつければ君はもっと伸びると思う。俺は逆に、知識をつけるばかりで良いアイデアを出すのが苦手だ。面白みのないことしかできない」


 だから羨ましいよ、とノヴァリスさんは微笑む。

 私は手を横にブンブンと振る。


「そんな卑下しなくったって、すごいじゃない。頭もいいし、努力だって」

「いや。これは卑下ではなく冷静な分析だ。だから俺はアイデアを自分で出すよりも、君のアイデアをより活かすことをしてみたい。……よかったら、これからも有意義な意見交換を交わしていきたい」


 ノヴァリスさんが片手を差し出す。


「君は優秀な女性魔術師になるだろう。……どうか、今後ともよろしく頼む」


 私も喜んで、右手を差し出した。


「うん! 今後ともよろしくね、ノヴァリスさん!」

「よろしく。フェリシア」


 ノヴァリスさんは柔らかく微笑んだ。

 お互い夢に向かって、頑張ろう!


 握手をした私たちは、その後頷き合い、自由時間を限界まで使って、二人で動物を見ながらああでもない、こうでもないと意見出しを繰り返した。


◇◇◇


 夕方。

 集合場所に戻った私が目にしたのは、運動着に着替えたカイの姿だった。


「カ、カイ!? どうしたの!?」

「なんでもありませんわ。少々暑かったから水浴びしただけですの。気になさらないで」


 カイがスッと目を逸らす。様子がおかしいような気がする。私は尋ねた。


「どうしたの? カイ」

「……フェリシア。あの……ノヴァリスとは、どうでしたの?」

「とっても楽しかったよ! 色々と将来の話もできたし」


 ノヴァリスさんとゼミについての話や、魔術についての話をするのはとても楽しかった。

 将来についてまだふんわりとした展望しかなかった私にとって、有意義な時間だった。

 なぜかカイが、真っ青な顔で口を開いたままこちらを見ている。

 カイらしくもない表情だ。


「カ、カイどうしたの……!? あっもしかして体が冷えすぎた!? 大丈夫!?」

「……なんでもありませんわ。あなたにとって良い時間だったのなら、それが一番よ」


 カイはふいっと顔をそむける。その姿はどこか、私に距離を置いたよそよそしい感じに見えた。

 

「あ……」


 離れていたから、カイは怒ってしまったのだろうか。

 笑顔で送り出してくれたけど、本当はーー


「あ、あのねカイ」


 私が話しかけようとしたその時。カシスとマオが私のもとに興奮気味にやってきた。


「ノヴァリスさんとのお話、どうだったの?」

「なんかすごく盛り上がってたみたいだよね! もしかして……なんかいいことあったの!?」

「え、ええと……」


 私が二人に阻まれてまごまごしているうちに、あっという間にカイは立ち去ってしまう。

 あとでちゃんとお詫びしなくちゃ、話し合わなくちゃ。


 そう思っているところで、私はふとーーもう一人、濡れ髪で体操服を着ている人を見つけた。

 パツンパツンのシャツを窮屈そうに纏った、背の高いよく目立つ男子学生。


「アンジャベル……さん……?」


 アンジャベルさんとカイ。

 その二人はあまりにも不自然なくらい、制服姿の学生たちの中で目立っていた。


 ーー元々アンジャベルさんは、カイを狙ってちょっかいをかけていた。

 カイはお家騒動の都合でコーデリック公爵家の娘として学園に潜伏している。

 けれど、セリンセ侯爵家の嫡男のアンジャベルさんなら。もしかしたら彼女の正体を知っているのかもしれない。


 私の知らない、カイの秘密。

 だからこそ、アンジャベルさんがカイに絡んでいたのだとしたら?

 そして今回の研修旅行でーー二人の仲が、何らかの進展を見せたのだとしたら?


「……そっか、それは……良いことだよね」


 私は胸をギュッと抑えながら呟く。

 カイは大親友だ。けれど、あくまで私たちは友達で。

 いずれカイは誰かの婚約者になって、誰か違う男の人が、一番仲の良い相手になる。


「……さみしいなあ」


 私の呟きは、あれこれと私とノヴァリスさんの仲を想像しまくるカシスとマオの声にかき消された。


 ◇◇◇


 そして夜。

 私は色々悩んだ末、ホテルの部屋の窓辺で黄昏るカイに声をかけた。


「カイ」

「……なんですの?」


 窓辺に肘をついて元気がない、どこかほうけているカイ。

 そのアンニュイな横顔も、黒いチョーカーもよく似合っていて素敵だ。

 うっかり見惚れてしまいそうになって、私は急いで首を横に振りーー私は思い切って伝えた。


「一緒にお風呂に入ろう!! 裸の付き合いで、腹を割ってお話ししよう!!」


 ーーカイは、窓についた肘から顎をがたんと落とした。

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