第24話 研修旅行/君の力が欲しい

 テリアス霊獣動物園は出入り口にテリアスバーガーや土産物売り場がある、広大な動物園だ。


「じゃあ、頑張ってね」

「後で話聞かせてね」


 中は自由行動ということで、カシスとマオはノヴァリスさんと私をニコニコと見送った。

 カイは「動物の匂いは苦手なんですの! 少し休憩所でゆっくりしたいですわ!」 と言い残し、動物園について早々に別れてしまった。カイがいないのは寂しい。


「……カイ……」

「彼女と一緒に残るか?」


 ノヴァリスさんが私を気遣ってくれる。

 私はううん、と首を横に振った。


「私が楽しまないと、多分カイは怒ると思うんだ。だからその……よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、フェリシア嬢」


 ノヴァリスさんは静かに答える。

 なんだかぎこちない気持ちで、私たちは動物園の門をくぐった。


……ガサガサ……


「……」

「どうしたの? ノヴァリスさん」

「気のせいだ。植え込みが不自然に人型状に動いた気がするが、俺の気のせいだろう」

「そっかー」


 私はノヴァリスさんと一緒に歩く。

 ちょっとした段差や石段にも、ノヴァリスさんは足を止め、肘を貸してリードをしてくれる。

 ご令嬢として扱われると、ちょっと恥ずかしい。


「夜会とか正式な場でもないし、私にそんなの必要ないよ、ノヴァリスさん」


 少し照れて訴えるけれど、ノヴァリスさんは静かな眼差しのまま、首を横に振る。


「君は立派な令嬢だ。エスコートしなければ俺が落ち着かないのだから、受け入れてほしい」

「う、うん……ありがとう」


 私が手を添えると、植え込みのあたりからガサァッッ!!!!っと音がする。


「ひゃっ、な、何かな」

「幻獣リスにしては大きい物音だな。逃げ出したマントヒヒか」

「そっか〜マントヒヒなら仕方ないね」

「ん」


 私たちは納得して先を歩いた。

 ドンドンとドラミングのような、地団駄のような音が聞こえるけど気にしない。

 気にしすぎてマントヒヒさん(仮)が興奮しすぎたらよくない。


 テリアス幻獣動物園は霊獣や妖精の習性を利用して、ほとんど柵を作らずに獣たちを放っている。池や霊石、木々で作った魔力の流れを自然の境界にして、動物たちがのびのびと過ごせるようにしているのだ。


 森を模したエリアに行くと、可愛いリスがちょろちょろと私の肩に乗ってくる。

 普通のシマリスのような見た目でありながら、瞳は金色でキラキラしてる。


「あっ、幻獣リスだ、可愛い〜」


 私たちの体を登ってくるリスは、魔力を食べて生きるリスだ。もぐもぐ食べてるどんぐりは嗜好品らしい。嗜好品を楽しむリス。通だなあ。


「えへへ、リスの巣みたいになっちゃった。ノヴァリスさんは?」


 ノヴァリスさんの体にもリスがたくさん乗っているかと思うと。


「あれ? 乗ってない」

「魔力制御を行っているから」


 当たり前のように答えるノヴァリスさん。私は驚く。


「……ずっと制御してるの?」

「ああ」

「す、すごすぎる……」

「そうか?」

「そうだよ、だって努力で息を止めてるようなものだよね……!?」


 ーー魔力制御。

 魔力持ちは基本的にみんな、常に基礎代謝分の魔力を放出している。その量は体力を奪わない程度の微々たるもので、それだけではほとんど意味のない(高級魔道具の魔力認証などに用いられたりはする。指紋みたいなものだ)。

 けれど特殊な鍛え方をした人は、魔力制御で魔力を一切出さないようにすることも可能だ。自然に発する魔力を0にするのはとても大変で、それこそ息を止めるようなもの。ノヴァリスさんは常にそれをやっているのだ。


「呼吸に比べたら大したことではない。腹筋を鍛えればなんとかなる」

「腹筋? うわほんとだ、腹筋すごい」


 ぺろりとシャツをめくったノヴァリスさんの見せてくれた腹筋はバキバキに割れていた。アンジャベルさんとは違って、細身でシュッとしているのに隠れムキムキだった。


「魔術師になるためには必要な訓練だ。常に意識しているだけで、どうってことはない」

「目標のために厳しい訓練を耐えられるって尊敬するよ。憧れちゃう」

「……君に褒められるのは悪くない」


 ノヴァリスさんが薄く微笑む。


「君だって、魔術学園に入ってどんどん頭角を表している。俺も尊敬する」

「えへへ」

「だからずっと君と話したいと思っていた。今日は誘いに乗ってくれて嬉しく思う」


 まっすぐ真剣にこう言われると、頬が熱くなってしまう。

 普通のご令嬢なら男子学生とのこういう会話も慣れているのだろうけれど、私はまだまだ慣れてなくて恥ずかしい。学園にいる間も、男子学生と話す時はたいていカイが間に挟まってくれるから。

 カイは私がいじめられていたのを案じて、今でも気を遣ってくれているのだ。

 ーーうん……カイに気を使わせすぎちゃってるなあ。カイからもっと自立しないと。


「どうした?」


 ぼーっとしてる私に、ノヴァリスさんが首を傾げて見てくる。


「うん。……カイに頼りすぎてたなあとか、もっと私も自分から頑張らないとなって思ってたの」

「そうか。無理のない範囲で頑張るといい。君はよくやっている。……俺は尊敬している」

「ありがとう!」


 幻獣リスを一匹一匹木に戻したところで、ノヴァリスさんが手を差し伸べてきた。


「ここからは急な坂道だ。手を」

「うん」


 私が手を繋ぐと、しっかりとした手でぐっと掴んでくれる。

 頼もしいなあ、と思う。

 ーーふと、カイの手を思い出す。カイの手もこれくらい大きかったように思う。

 公爵令嬢ともなると手も大きいんだ。かっこいいなあ。


「さあ、次の幻獣ラマと幻獣ミーアキャットの広場に行こう」

「うん、楽しみだね、ラマとミーアキャット!」

「唾をかけられないようにしよう。」

 

 なんだかノヴァリスさんはとても話しやすい。

 楽しく過ごして、私たちは人工的に作られた滝の近くを通り抜ける。

 水が心地良い。滝を、小さな竜の赤ちゃんが遡って泳いでいる。


「気持ちよさそうだね、竜」

「この竜は成竜になると、テリアスの夏祭りでお披露目されるらしい」

「そうなんだ! すごいね、テリアスの夏は竜が街を舞うんだね」

「ああ……本当に、すごいと思う。爆竹もすごいらしい」

「爆竹!? なんで!?」

「……フェリシア」

「ん?」


 ここでノヴァリスさんは、思い詰めた顔で私を見つめて言った。


「……爆竹、来年一緒に観にいこう」

「もちろんだよ。来年研修旅行はテリアスじゃないけど、機会があったらーー」

「違う、学園の研修としてではない」


 ノヴァリスさんの瞳が、黒髪の間から強く私を見つめている。

 私はその眼差しに息を呑んだ。なんだか、彼の空気が変わった気がする。


「ノヴァリスさん……?」 

「俺は……君とできれば、毎年ここに来たいと思っている」

「え……」


 ざあ、と風が吹く。

 髪を靡かせ、真剣な眼差しでノヴァリスさんは私を見て言った。


「君の力が欲しいんだ、フェリシア。どうか俺と……この旅行が終わっても、一緒にいてくれないか」



 バシャーン……


 ーー人工滝の滝壺あたりで、なんだかすごい音が聞こえた気がする。

 私は、ノヴァリスさんの眼差しから目を逸せなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る