第23話 研修旅行 ※カイ視点
「はーい、次は動物園なので、先に道の駅のフードコートでランチタイムをしまーす」
案内役の先輩魔術師の言葉に従い、僕たちはテリアス市営のカフェテリアでランチタイム休憩をとった。
カシス・ルールィとマオ・アトマといった女子学生も一緒になって、僕とフェリシアはテーブルを囲んでテリアス名物トルティアライス定食を食べた。
「トルティアライス美味しいね、初めて食べるんだ」
フェリシアの言葉に、花嫁修行のマオが首を傾げる。
「けれどなんでトルティアライスって言うのかしら」
それに答えるのは観劇趣味のカシスだ。
「観光ガイドに書いてあったわ。こっちのフィッシュアンドチップスがエイゼリア王国、こっちのパスタがルシディア王国を意味してて、そしてその真ん中にあるライスがトルティア共和国、って意味ですって」
「へー」
とんだ与太話だな、と思いつつも黙って僕はトルティアライスを口に運ぶ。以前外交でテリアスに訪れた時は、港で働くトルティア人たちに振る舞った料理であることが命名の由来と言われていた。多分誰も本当のところはよくわからないのだろう。美味しいから問題ない。
「カイ、もしかしてとろとろの卵が好きなの?」
「えっ」
僕が驚いてフェリシアを見ると、フェリシアは人懐っこく微笑む。
「卵を食べる時、いつも美味しそうにするから」
「そ……そうかしら」
令嬢の口調と仕草で、僕はフェリシアの視線に応える。
彼女にとっては僕は親友の公爵令嬢「カイ・コーデリック」。
本当の僕は彼女にとっては、赤の他人の知らない男だ。
喉を締めるチョーカーで隠した秘密の先は、決してばれてはならない。
ーーそもそも。先日の温泉の件があるから、未来永劫ばれてはならない。まさか婚前に男と一緒に混浴していたなんて彼女が知ったら、それを隠されていたと知ったら。彼女のショックはいかばかりか。
楽しそうな三人の会話に加わるふりをしながら、僕は辺りの気配を伺う。アンジャベルがこちらをチラチラとみているのを感じる。元婚約者のシモンでさえ、三年生なのにわざわざカフェテリアまでついてきて、遠くからフェリシアを見ているようだ。
すでにフェリシアと婚約破棄してしまったシモンは問題外として。
婚約者のいないフェリシアは、貴族令息たちの格好の獲物だ。
これまでは『奨学金女』として侮蔑されていたけれど、実力を見せて、自信をつけて、明るい笑顔で立ち振る舞うようになった彼女は、僕の想像よりずっと早く男子学生たちの目を奪っているような気がする。
僕もーー同じ男として、彼らの考えることはわかるよ。
新興貴族の奨学生という身分ゆえに「
そういう風に平民や新興貴族出身の女子学生は男子学生の心をかき乱すので、ついつい魅了されてしまうことを「魔術学園病」みたいに言うこともあるらしい。情けない。
彼女を大切にする男以外に、彼女を許したくはない。
そう思ったところでふと思う。
ーーじゃあ、どんな男ならば許すのか?
「それは……」
その時。
「フェリシア嬢。少し良いだろうか」
よく通る涼やかな声。
フェリシアに、思い切って声をかけてきた男子学生がいた。
黒髪に意志の強い黒い瞳、物憂げな佇まいが印象的な男。
「俺とよかったら動物園……一緒に回っていただけないだろうか」
「え、私と?」
驚くフェリシア。
カシスとマオは、きゃっと黄色い声をあげる。
「よかったじゃない、フェリシア。二人で行ってきなさいよ」
「みんなの憧れのノヴァリス様ですわ!」
ーーノヴァリス・カインダブルー侯爵令息。
成績優秀、品行方正、文武両道。女子は憧れ、男子は一目置く存在。代々は魔術図書館の館長を務める名家の次男で、将来は国家魔術師を目指す美形。
成績こそ三位だけれど、安定した成績と落ち着いた物腰は、試験の成績以上に評価されている。
ーー何より。
新興貴族の男爵令嬢のフェリシアにとって、家を継がない次男は十分な釣り合いが取れる。
「どうだろうか」
ノヴァリスはじっとフェリシアを見つめる。
見つめ合う二人は、身長差もちょうど良くて。ふわふわのトイプードルのような彼女と、闇を溶かしたような彼の佇まいは、想定外なほどにしっくりときて。あの
どことなく、フェリシアが頬を染めているような気すらしてきた。
フェリシアは、僕を躊躇いがちに見上げてきた。
「ど……どうしよう、カイ」
親友として、何一つ否定するものはない。
「何を迷っていらっしゃるの。さっさとイエスと答えてあげなさいな」
絶望的なくらい凛とした女の声で、僕はフェリシアの迷いを振り払った。
ーー僕は、公爵令嬢なのだから。
「ありがとう、カイ」
フェリシアの笑顔が、剣で貫かれた時よりもーー痛かった。
◇◇◇
そして。
休憩を挟んだのち、学生と同行者全員で一斉に転移魔法で動物園へと向かった。
引率の先輩魔術師が言う。
「はーい。テリアスの動物園は幻獣と妖精の保護施設で国家機密なので、場所は教えないことになってまーす」
「先輩! そんなところにこんな気軽に入っていんですか」
「それは学長を兼ねる王立魔術師団長キーリー・ジキタリス様の権力のおかげでーす」
「キーリー様すっげー」
そんな会話で賑やかな中。
カイはこっそりとフェリシアから離れ、取り巻きの男子学生たちと共に佇むアンジャベルの元に向かう。
「ねえ」
「なんだよ……は!? カイ・コーデリック!? い、いいきなりどうした」
こちらがよほど酷い顔をしているのだろう、アンジャベルも取り巻きも青ざめて三歩引く。
取り巻きを背に隠したアンジャベルに詰め寄り、カイは(女にしては)低い声で告げた。
「フェリシアが声をかけられましたの」
「誰に」
「男」
アンジャベルの髪がぶわっと上に広がった気配がした。魔力が吹き出しているのだ。
勢いに取り巻きが吹っ飛んでいく。アンジャベルはカイを睨み下ろした。カイは頷いた。
「尾行ですわ」
「尾行だな」
二人は、ガシッと硬く握手を交わし合った。
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