第22話 研修旅行 /香水と告白


 お風呂の後、二人で部屋に戻ったら、疲れが溜まっていたのかすぐに眠ってしまった。

 朝起きるとカイはすでに身支度を整えて、窓辺で外を睨んでいた。

 クマがすごい気がするけど、気のせいだろうか。


「なんだか眠そうじゃない?」

「平気ですわ」


◇◇◇


 そんなわけで研修旅行二日目も研修だ。

 今回は魔力操作の練習ということで、魔術付加香水の工房に集まり、みんなで香水作成体験を行うことになった。


 私たちは実験用の白衣を纏い、体験の学生用の実験室に案内された。

 長い机にそれぞれ座って、香水作りをする。

 魔術学校の卒業生OGが、壇上で私たちに説明する。


「通常の香水作りと同じように、香料を選んで混ぜて、そして皆さんの前の瓶に入れます。中にイメージに合わせた造花や天然石を入れても良いですね」


 先輩は机へと目を向ける。

 言葉の通り、作業台には色とりどりの造花や天然石、瓶に入れたら綺麗なパーツが並んでいた。


「えー、魔術師の香水作りの違う点は、香料を薄めるのに使うのが、精製水ではなく皆さんの魔力の水にあるということですーー皆さん、水は自在に出せますか? 出せない人ー」


 先輩が問いかけると半分くらいの人が、出せないの方の手を上げる。

 アンジャベルさんも悔しそうに上げていた。先輩は人数を確認した上で、安心させるように頷いた。

 

「えーまあ、出せない人も安心してください、今日は特別に魔力の才能がなくても水魔法を使える魔道具を用意しましたー。いくら水が苦手でも最低卒業までには出せるようにしておきましょうねー」

「はーい」


 そして水が出せない人たちにそれぞれ、先輩が手のひらサイズの水晶玉の宝玉を配っていった。

 宝玉は銀製の龍のモチーフが絡んでいて、なんかゴツい。手に持って念じると水魔法を発動できるすごいものだ。男子が異様にキラキラした目で、龍モチーフのついた水晶玉を眺めている。


「すげえ、龍かっけー……」

「こういう土産物、わくわくしちゃうよな」


 先輩がぱんぱんと手を叩く。


「はいはい、これは土産物じゃないからねー。レプリカは売店に売ってるよ」

「後で買おうぜ!!!」

「でもこれは龍じゃないのよ、大蛇なのよ」

「龍にしか見えないのに、大蛇!?」

「蛇の要素ゼロ!?」

「その辺はね〜先輩もなんでだろうなあ〜って思ってるけど、まあ慣例で大蛇って言ってるから大蛇よ」

「慣例ならしょうがないな〜」

「はい、ではみんな香水作りスタート! ポーション作りや魔道具作りの基礎となる体験なので、楽しみながらも真面目にね」

「はーい」


 周りのクラスメイトと同じように、私も早速香水作りに勤しんだ。

 250mlくらい入りそうな小瓶を前に、香料をいくつか選び、香りをテスターで試す。

 隣で同じ作業に取り組んでいるカイに、私は尋ねた。


「カイはどんな香りが好き?」

「さあ……実は私、香水には疎いんですの」


 意外だった。

 私はカイの透き通るような白い肌や、白い制服がよく似合う清楚な雰囲気を眺めながら言う。


「カイ、ホワイトリリーの匂い似合いそう。ジャスミンは……少し可愛すぎるかなあ。もっと凛とした……」

「あなた、私のを選んでどうするの」

「あっ。そういえばそうだね!」

 

 私は気づくーーそうだ。作るのは別に、私のものじゃなくていいんだ。


「ねえ、じゃあ私、カイの香水作っていい?」

「えっ」

「嫌?」

「嫌じゃ……ありませんけど……代わりに私があなたのを作るってことですわよね?」

「無理強いはしないけど、もちろん作ってくれると嬉しいな」


 カイは珍しく、躊躇いがちに視線を彷徨わせる。


「でも……私本当に、香水には疎いんですのよ?」

「珍しいね、カイってそういう女の子っぽいことすごく詳しそうなのに」

「……知る機会があまりなくて」


 私の言葉に、カイが困った風に答えた。


「あ」


 忘れていた。

 そうだ、カイは香水なんてつけていられないような環境にいたのかもしれないのだ。

 父はあれ・・だけど、私は一応商人の娘だから、香水についてはちょっと詳しい。

 自分の感覚が当たり前だと思ってしまったことに私は反省する。

 どうしよう、と思っていた私に、カイはクスッと笑った。


「ふふ。何を考えているのか知らないけれど、香水を知らないのは興味がなかったからよ」

「そうなの?」

「ええ。香水をつける文化があまりなかったから。……いいわ。あなたの香水、私が作って差し上げるわ」

「わーい! 嬉しいな!」


 そして私たちは真剣に作った。

 自分のものだと思うと「あの香りもいいな」「いやこれも」と目移りしたけれど、カイのためだと思うと、はっきりとイメージに芯が通った。

 香料を選んで合わせて、カイをイメージした水晶とネモフィラの造花をガラス瓶にそっと沈めて。最後に、私は手を翳して詠唱した。


『水よ、程よくちょうどよく瓶を満たして』


 念じると無事に、ピッタリ八分目まで水が満たされる。

 簡略詠唱もすっかり慣れてきた。練習の甲斐が出たようで、嬉しい。

 私は出来上がった、アイスブルーの香水にリボンをかけた。


「できたよ、カイ!」

「私もできたところですわ」


 カイの前には、淡いピンクの瓶が完成している。

 中には可愛らしい薔薇の形のローズクォーツが収められ、不思議な気泡が、ふわふわと炭酸水のように弾けている。


「すごい、この泡、どうやってるの……?」

「瓶の中で水の流れを作っているのですわ。自発的に動くあなたのスライムちゃん(仮)と原理は同じよ」

「綺麗……」


 私はうっとりと手に取って見つめる。

 そして早速お互いに、ハンカチに少量取り、匂いを楽しんでみる。


 カイが作った香水は、パウダリーで優しい匂いがした。スズランやジャスミン、リリーといった、優しい柔らかな香りがメインのようだ。


「カイのイメージの私、こんな匂いなんだねえ」

「……あまりしみじみしないでいただけないかしら? 恥ずかしいわ」


 カイが耳を真っ赤にしている。

 そしてカイは、私の作った匂いを嗅いで、不思議そうな顔をした。


「随分とすっきりとした……爽やかな香水ですのね」

「うん。カイって美人だし凛々しいし、どこか中性的なかっこいいところがあるから……甘くなりすぎない、クールな感じにしてみたんだ」


 カイは綺麗だけど、どこかふとした時に騎士のような、凛とした振る舞いを見せる時がある。私を守ってくれるときや眼差しの頼もしい優しさに、私は中性的な魅力を感じていた。

 中性的とはいっても、カイは女の子だけどね。


 カイはハンカチから顔をあげ、柔らかく微笑んでくれた。


「あなたの中の私って、こんな感じなのね。ありがとう」

「えへへ……」


 私たちが見つめ合って笑い合う、その時。


「フェリシア!」

「あっアンジャベルさんどうしたの?」

「お、俺の香水を受け取ってくれ!」

「えええ」


 私の前にずいっと差し出されたのは、アンジャベルさんの香水だ。

 赤く色づいた水に、キラキラとピンク色の粒子が漂っている。

 派手だけど、豪華で綺麗だ。


 勢いに呑まれる私を背に隠し、カイが腰に手を当てて言う。


「いきなり何をしていますの、フェリシアが困っているでしょう」

「女同士で交換するくらいなら俺のをプレゼントしてもいいだろう」

「は? 何をいっていますの? 女子同士のお付き合いを侮るのは許さなくてよ」


 そこで、先輩がニヤニヤしながら私たちの元に現れた。


「おっ。やってるねえ、やってるねえ」

「先輩……」


 先輩は私とカイを見て思わせぶりな顔をする。


「君たち、さては知らないね? 実はね、毎年ここで香水をプレゼントして、カップル成立する二人が多いんだよ」

「えっ」

「なんですって」


 私たちは驚いた。

 周りを見ると確かに、なんだかちょっと恋愛っぽい浮ついたムードも漂っている気がする。

 アンジャベルさんは真剣そのものの顔だった。


「頼む、少しだけでも……香りだけでも」


 真剣に押されると弱い。私はあわあわとしながら答える。


「ええと……香りを嗅いだら成立とかじゃないよね?」

「無論! ただ俺の香水を嗅いで欲しいだけだ!」

「そういうことなら……」


 カイがものすごく嫌な顔をしているのを横に感じながら、私はアンジャベルさんがテスターに振る、その匂いをかぐ。

 ピリッとした、それでいて爽やかなメンズ向け香水の匂いが通り抜けていく。


「トップノートはピンクペッパーだね? それに……オレンジ? すごく刺激的だね……でもどこか甘い……これはなんだろう」

「ど、どうだ」

「うん。メンズむけの王道って感じで、カッコいい匂いだね」


 私が感想を言うと、彼はぱああ、とわかりやすく顔を明るくする。

 喜ばれるとなんだか嬉しくなる。私も笑顔で返した。


「きっと成功するよ、頑張れ!」

「えっ」

「えっ」


 先輩とアンジャベルさんが目を点にする。

 私は何か間違っていたかと、あわあわする。


「え……匂いを試して欲しかったんだよね……? 私が商人の娘だから、ご令嬢受けするかどうかの……」


 ポカーンとする二人の前で、私は狼狽えた。

 何を間違ってしまったのだろうか。


「あそっか! ご令嬢にあげるんだったら、メンズむけの王道! なんて言ったら角が立つよね、ごめん……! ええと……でもアンジャベルさんみたいでいい匂いだと思うし、こう、『俺がいない時は匂いをうつしたぬいぐるみで俺を思い出してくれ』って言ったら……ロマンチックじゃないかな!」


 私の後ろで、カイがくくく……となんだかすごい笑いを噛み殺している。


「な、何か変なこと言っちゃった!? ごめんなさい、貴族のしきたりまだ全然わかってなくて……! 教えて!」

「そ、それはだな……」


 なぜか涙目になったアンジャベルさんが唇を震わせている。顔が真っ赤だ。

 彼が何かを口にする前に、カイが私の耳を両手で塞いだ。

 聞こえないけれど、アンジャベルさんに何かを言っている。

 アンジャベルさんは、クッと悔しそうな顔をして去っていった。

 耳を開放されると、アンジャベルさんは私をびし、と指さした。


「ま、また来てやるからな! 待ってろよ!」

「うん。告白頑張ってね!」


 アンジャベルさんが去っていく。カイがふん、と鼻を鳴らす。


「先輩。不純異性交遊を誘発するのは先輩とはいえよろしくないのでは?」

「ははは、まるでカイさんは彼氏みたいだね」

「っ……!」

「彼氏じゃないよ、女の子なんだから」

「うんうん。わかってるよ。いいねえ、""エス""ってやつも……」

「えす?」

「シスターの頭文字をとって、エス。……それ以上はあなたは知らなくてもいいことですわ」

「?? うん」


 そんなこんなで、私たちの香水作り体験授業は幕を下ろした。

 交換した香水をカバンに入れて、私たちは次の目的地までゾロゾロと歩く。歩きながら、私はカイに言った。


「でも香水でカップル成立ってすごいね」

「そうね……」


 カイはなんだか、またどこか切なそうな顔をしていた。




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