第18話 研修旅行/元婚約者と再会


 こういう光景を見ていると、カイが心配してくれたのも理解できる。

 カイに心配をかけないためにも、私もしっかり交流してこなくちゃと決意した。


「ええと……まずは人が集まっているところに行った方がいいよね……?」


 その時。

 カフェテリアの方角から、のぼりがついたワゴンがやってきた。

 売り子スタッフさんの伸びやかな高い声が響く。


「出来立ての〜卵糖パンケーキはいかがぁ〜?」


 売り子スタッフさんのその売り文句に、先輩方もクラスメイトも目の色を変える。


「テリアス名物、卵糖パンケーキの焼きたてだッ!」

「一日三度しか販売されない限定のスイーツよッ!」

「な、なんだってー!」


 先輩方が慣れた調子で列を形成するのに慌てて、みんなが一斉に列を形成する。


「はわわ、私も並んだほうがいいよね多分」


 私も流されるように列に並ぶ。列が形成された風下に、ふわふわと卵糖パンケーキの甘い匂いが届く。

 あちこちから感嘆が聞こえる。


「うわあ……美味しそうだ……」

「あ、あああたしは三徹目なのよ、糖分、糖分……!」

「糖分……残業を乗り越えるための……糖分……!」

「まて! 今日は学生さんたちが来てくれているんだ! 俺たちがいるとみんな遠慮するだろう!?」

「ハッそういえば」

「解散!」

「散ッッ」


 先輩方が私たちのために散ってくれる。

 クラスメイトたちは各々に感謝の辞儀をしたりお礼を叫んだりする。

 私も先輩方に向かって手を振った。

 そして私たちは学生だけで列形成をし直す。すると、目の前に立ったのが元婚約者シモン様だった。


「あ……」

「……久しぶり、フェリシア嬢」


 私たちはぎこちなくお互いに愛想笑いをする。先に口を開いたのはシモン様の方だ。


「あれから頑張ってるみたいだね。噂には聞いているよ」

「あっ、ありがとうございます。でもシモン様は、なぜ今日?」


 今日は1年生の研修旅行だ。シモン様は3年生なので不思議に思う。

 するとシモン様は「魔術師協会本部への挨拶だよ」と説明を始めた。


「僕は来年から専攻科に入って研究をするんだーーいわゆる4年生だね。で、協会本部との連携も増えるから、今回の研修旅行の転移魔法に同行して挨拶回りをしているんだ」


 言いながら、彼は肩からかけた大きな鞄から袋を取り出す。


「ほら、これが挨拶用の領地特産の片栗粉」

「じゃがいもが特産品ですし、片栗粉も作ってるんですもんね〜」

「君が婚約者のままだったら、君と研究をするのも楽しいと思っていたのだけれど……」


 シモン様は少し苦しげな顔をすると、私から目を逸らす。


「……すまない。君が頑張らなきゃいけない状況を作ったのはこちらだ」

「い、いやあそんなこと!! あっそうだ、ルジーナとは仲良くやってますか?」

「あの子は……まあ、明るくていい子だよね。仲良くするために努力するよ」

「よかったー」


 私はいい子と言われて、ちょっとホッとした(目を逸らされたことは見なかったことにする)。

 酷い目にあったとはいえ、せっかくできた妹が幸せになれないのは可哀想だから。それに彼にとっても、嫌な結婚になってほしくなかった。


「幸せになってくださいね。妹が結婚したら家族ですし、今後もお互い仲良くしていきましょう」


 私の言葉に、シモン様ははっと目を見開く。


「……フェリシア嬢」

「はい」

「君は……その……学園を卒業後、どうするか決めているのかい?」

「えっ? それは……」


 私が答えようとした時、列が動いて私の番になった。


「お待たせしました、卵糖パンケーキです!」

「あ、はい!」


 長い一本の長方形の卵糖パンケーキが、お金と交換で私に渡される。


「こちら申し訳ありません、ラストとなります」

「えっ」

「爆買いの方がいらっしゃいまして……申し訳ございません」


 私の後ろの方で、並んでいた人々ががっかりのため息をついた。

 みんな肩を落として解散していく。シモン様が、眉を下げて私に笑った。


「あ……」

「よかったねフェリシア嬢。カイ嬢と一緒に食べるのだろう? 楽しむといいよ」

「ええ……」


 食べにくいなあと思うと同時に、そもそもこんな量食べられない。先輩方は丸ごともぐもぐ食べているようだけど(健康的には大丈夫!?)。

 私はそこにいる人たちの数を数える。5人。全然大丈夫だ。


「あ、あの……よかったら、みんなで分けて食べよう?」

「えっいいの?」


 シモン様と、他の解散しかけていた人々が驚いて振り返る。

 その中には私をいじめていた人もいたけれど、もう気にしないことにする。


「うん。せっかくの思い出だし、みんな食べといた方がいいよ」

「あ、ありがとう」

「それなら、カットまでこちらでしてあげましょうか?」


 ワゴンの店員さんが私に話しかけてくる。


「ありがとうございます、助かります!」


 そんなこんなで、残った卵糖パンケーキはサイコロ状に切られて分けられて、紙コップにピックを刺して食べる感じにしてもらえた。私から受け取ると、みんな口々にお礼を言ってくれる。


「ありがとう、奨学金女」

「今回の分はわたくしが出してあげますわ! 奨学金女!」

「お前ら奨学金女って言うなよ、ありがとうフェリトールちゃん」

「フェリシアだよ〜」


 そんなこんなでみんなで和やかに解散し、私の手元に残ったのは、二切れだ。

 ベンチに戻ると、カイが眉を下げて微笑んでいた。


「見ていましたわよ。みんなに配っちゃって、もう」

「えへへ……ごめんね。量が少なくなっちゃって」

「あなたのそういう姿を見られて、お腹いっぱいですわ。一口で十分なほどに」


 カイは私から卵糖パンケーキがカットされて載せられた紙皿を受け取り、しげしげとそれを眺めた。

 四角く切られたそれは、黄色い鮮やかなスポンジケーキの上が香ばしい色になっていて、下には砂糖の層が重ねられている。


「普通のスポンジケーキより黄色くて……クリームやフルーツといったものが付加されない、シンプルな焼き菓子そのもので勝負のお菓子ですのね」

「手掴みでペタペタするよって、通りすがりの先輩が教えてくれたよ」

「なぜその人は手掴みで食べてますの……。では、一口。」


 カイはピックをつまんで、卵糖パンケーキを口にする。私も一緒に口に入れた。


「〜〜ッ!」 


 口にした途端に広がる、甘味。

 ふわふわな生地としゃりしゃりな砂糖の部分がとても美味しい。

 私はたまらず頬を抑えて悶えた。


「美味しいー」

「ええ、本当に……」


 カイがふっと、私を見て言った。


「あなたなら、すぐにいい人が見つかりますわ」

「えっなんの話?」

「……さあて、何の話かしら」


 カイは卵糖パンケーキを咀嚼しながら素知らぬ顔をする。

 そんなこんなで、私たちは続いて次の訪問先ーー魔術研究所へと向かった。

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