第17話 研修旅行/1日目

 研修旅行の朝。

 私が部屋を出ると、カイが廊下ですでに待っていた。

 長い銀髪を一つのおさげにまとめていて、日傘も携えた活動的かつ優雅なスタイルだ。珍しくメガネもかけている。


「可愛い! ヘアスタイル違うのもいいね。カイ、目が悪かったっけ?」

「……外で目立つわけには行きませんからね」

「あ」


 私は思い出す。カイは潜伏中の身だったのだ。


「参加するのは平気なの?」

「学園行事に参加しないのはかえって怪しまれますわ。それに基本的には、まあ……私を見ても正体に気づく人はいないので」

「そんなものなんだ」

「……だからこそ、この国の魔術師のあり方を学生の身分を使って存分に見学できるのは、願ってもない機会です。当然参加いたしますわ」

「うん。楽しい思い出つくろうね」


 カイと微笑み合い、私たちは早速集合場所の庭へと向かった。


◇◇◇


 クラス全員総勢50名で、私たちは転移魔法を用いて目的地に向かった。

 場所は海辺の街テリアス。王国で最も古い貿易港を持つ歴史ある街で、魔術師協会の本部や海外の貴賓向けの迎賓館、異国人街といったものがある。ガイドをしてくれる卒業生の魔術師さんが中央広場で旗を振って解説する。彼女の被った黒いベレー帽とスーツの上から羽織る伝統的な黒いマントは公務員魔術師の証だ。


「皆さんご存知の通り、魔術の元素、木火土金水の概念もテリアスから我が国に齎されました。私が大好きなパスタも、美味しい卵糖パンケーキもテリアスの港が発祥です。皆さんもぜひ研修旅行の合間に、たっぷり美味しいテリアス名物を食べましょうね」


 カイがチラリと私を見た。


「食べることしか話さないのね、あの先輩は」

「あはは……まあ、テリアスのスイーツは美味しいから仕方ないよ」

「外交の主要港というのに、能天気で羨ましいわ」


 カイは険しい顔で遠くを見る。


「……それだけ、この国の魔術師の質がいいということ。私も学ばなければ……」


 クラスメイトはみんな浮かれているのに、カイはこんな時も真面目で自分に厳しい。私はカイの手をキュッと握る。

 カイが、ビクッと驚いた顔で私を見る。私はにひひと笑いかけた。


「ねえ、カイってテリアスのスイーツ食べたことある?」

「……ない、わ」

「テリアスに来たことは?」

「…………幼い頃にほんの少しだけ。ほとんど馬車と建物の中を移動しただけだから、何も街のことは知らないわ」

「じゃあ一緒に楽しもうよ。研修も大事だけど、街のことを楽しむのも、絶対カイの役に立つよ。よくわからないけど、見た目でバレないんでしょう? カイがここにいるって」

「……楽しんでいいのかしら」


 カイも弱気な言い方をすることがあるんだと、新鮮な気持ちになった。

 私はギュッとカイの手を握る。


「楽しんでいいよ。だって見て、みんな楽しそうでしょ?」


 私は他のクラスメイトを見回す。魔術師の説明が終わった後は、各自旅のしおりを片手に、ゾロゾロと楽しそうに案内の旗についていく。坂道の多いテリアスの街の石畳を、魔術学園の真っ白な制服が群れなして歩く。私たち以外も学生の修学旅行が行われているので、街はウキウキとした制服姿の十代でいっぱいだった。


 カイは辺りを見回して、ふっと解けるような笑顔を見せる。


「誘ったからには、最良のエスコートを期待していますわよ?」

「もちろん!」


 私が紳士のように肘を差し出すと、カイは微笑んで手を添える。

 そうして、私たちは研修旅行を楽しんだ。


◇◇◇


 魔術師協会の本部は、坂の多いテリアスの街を一望できる一際高い丘の上にある。

 麓から続く石段を自力で歩き、幾つもの門を通り抜ける。本部だけでも一つの大きなお城のようだった。


「魔術師協会の本部は、皆様もよくご存知の大魔術師グラシアの建てた城を改築して使っています。資料にはグラシア邸と書かれている場合もありますね」


 私たち魔術学園卒業生の就職先の中で最も権威ある就職先の一つなので、敷地内に入るだけで、野心あふれるクラスメイトたちの目の輝きがガラリと変わる。

 敷地の中に幾つもの歴史的建造物と庭があって、中を歩く魔術師の先輩方は揃いの黒マントで厳かだ。

 私は緊張しながらも、初めて訪問する本部の荘厳さに目を奪われていた。いくら魔術師は実力主義とはいえ、新興貴族家出身、しかも実家は傾き気味の私がここに就職できるわけがない。つまりは学生のうちだからここに入れるということ。もちろん入れる場所は、学生向けの見学ルートだけだけど。


「ほええ……目がいくつあっても足りない……建物もすごいし、先輩方の様子もすごいし、すごいなあ」


 すごいとしか言えなくなっている私の隣で、カイはじっと黙り込んで見学していた。

 やっぱり、どこか思い詰めている様子だ。


 建物の説明や歴史についての話など、いかにも研修旅行らしい内容が終わった後、私たちは本部内の旧グラシア邸庭園で自由行動となった。庭園には職員の人たちが憩いの場にしているカフェテリアや、休憩ルーム、池の中洲に設られたロマンティックな四阿あずまやなどがある。


「わあ……綺麗!」


 高台に位置しているので、庭園からはテリアスの街並みから港まで一望できる。

 港には大きな船がいくつも停泊し、そのどれもが海外の船だ。


 私とカイは庭園を歩き、庭園の端にある見晴らしの良いベンチに腰を下ろした。

 港とテリアスの街並みを見下ろす、良い景色の場所だ。風が強いからか、みんなあまり近付いてこない。


「カイ、船だよ! たくさんいるね。みんなどんな国から来たのかなあ」

「どの船も目的を持って訪れているわ。遠い場所から……本当に、さまざまな理由があるのでしょうね。楽しい船旅もあれば、苦しみを抱えた船旅の人もあるでしょう。でもどの船にも共通しているのはーー目的のためならば、危険の伴う大海原に出ることも厭わない覚悟があるということ。船の主だけでなく、乗組員の一人に至るまで」

「……」

「どうしたの?」

「カイ、すごく難しいこと考えてるんだなって思って尊敬してた。私、はしゃぐばっかりだったから」

「それでいいのよ。考え込みすぎるのも毒。自分でもわかっているのだけれどね」

「カイと一緒だと、思いつかない発想を色々教えてもらえるから楽しいなあ」


 海風が吹く。気持ちいい。

 しばらく海を見て過ごしたのち、私はカイに尋ねた。


「カイ、どうする? 行きたいところある?」

「少し気を張っていて疲れたわ。……悪いけれど、ここでゆっくりさせてちょうだい。フェリシアは自由に見学に行ってよろしくてよ」

「でも……」

「あなたはよろしいの? 私以外ともっと交流をするのも大切ではなくて? 学生時代の人脈は宝よ?」

「それはわかるよ、お父さんも落ちぶれてるけど商人だからね。でも私、カイと一緒にこうして過ごしたくて。そうだ、カイも一緒に」

「ダメよ。私は距離を取らなければならないわ」


 カイが視線を巡らせる。


「……言ったでしょう? 私は多くの人と近くなりすぎて、バレてはいけないことが多すぎるの」

「わかった。少し回ってくるね」


 私は明るく振る舞って、一旦カイを置いてベンチから離れた。多分離れたほうがカイは安心する。

 そしてカイの後ろ姿を眺める。なんだかーーここに来てから、カイはいつもの元気がない。

 ツンツンと強気な言葉を向けてこられないと、なんだか寂しくなる。

 ーー魔術学園を出て、追われていることを思い出して辛いんだろうな。


「何か元気が出るもの、探してこよっと」


 私は後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、一旦カイから離れて庭園の賑やかな方へと歩いていく。

 庭園ではクラスメイトのみんなが、休憩中の先輩方と歓談している。


「カイの言うとおり、人脈作りにみんな一生懸命なんだ……」

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