第16話 令嬢たちの夢それぞれ

 魔術学校は5年制。

 もうすぐ行われる一年目最初の校外講義、研修旅行。それはひと足先に社会に出て魔術師として働く先輩方の見学に行く行事だった。


 私とカイ、そしてカシスとマオは(移動の間にさん付けをしない仲になった)カフェテラスで四人掛けの丸テーブルにつき、日替わりパスタランチを食べつつ研修旅行について語った。

 観劇が大好きというカシスはうっとりと頬に手を当てて言う。


「わたし、将来は推しを輝かせる舞台装置師のお仕事を目指しているの。忘れもしない、初めてお父様に連れられた、あの『大魔女テディリアの憂鬱』の初演を観た時からずっと……」


 観劇経験のない私に、カシスはいかに魔術師の舞台装置師が必要不可欠な役割を果たすのかを説明してくれた。


「枯れない花を咲かせたり、タイミングよく役者の顔に必要な色合いの光を当てたり、場合によってはシーンごとの匂いや風を演出したり……昨今の観劇ブームは舞台装置師の魔術の力無くしては語れないのよ」

「カシスは好きですわよね、テディリア役のアルベルト・バーンシュタイン様」

「えっ魔女役が男性なの?」


 驚いた私に、カシスは生徒手帳に挟んだ絵葉書を見せてくれる。そこには大魔女テディリアのバストアップが描かれていた。紅の髪に赤黒い妖艶なリップ、そして大きな魔女の帽子。麗しくゴージャスだ。


「中性的で、老若男女をゾクゾクさせる美しさなのよ、一度見たら沼るからほんと危ないの」

「沼る?」

「ハマったら二度と抜け出せないって意味よ」

「へー! 確かに……すっごく綺麗……」


 私が絵葉書をしげしげと眺めていると、隣でカツンッとフォークが皿に当たる音がする。


「ん? カイ?」


 見るとカイが無表情で遠い目をしている。

 テーブルマナーにうるさいカイが音を立てるところを見るなんて初めてだ。


「大丈夫?」

「……ええ、失礼致しましたわ。気になさらないで続けてちょうだい」


 カイはそう言うと、くるくると魔法のようにパスタを巻いて口へと運ぶ。髪をかきあげずとも、すんなりと食べるカイは、唇の端すらソースで汚さない。これぞ上流階級のご令嬢だと、私は感動のため息を漏らす。

 カシスがそこで肩をすくめた。


「まあ、今回の研修旅行では舞台には行かないから、残念だけどね。学生のうちに絶対にインターンして、就職キメて見せるんだから」

「すごいなあ、すでに夢があるんだね」

「ね、すごいよねカシスって」


 そう言ったのは話を聞いていたマオだ。


「魔術学園に入学しても魔術師証を取得するだけで、実際には使わない人も多いのにすごいなあ。そういう私も、嫁入り前に資格だけ取っておきたくて入学した感じだし」


 お皿に添えらえたマオの左手薬指には、もうすでに婚約指輪が輝いている。学生であることを配慮したシンプルなピンクゴールドのそれには、ささやかながらダイヤモンドも嵌められている。


「そっか、婚約……そうだよねえ」


 私の呟きに、マオは眉を下げて頷く。


「卒業したら二十歳になるから、すぐ結婚する予定なの。パパもママも嫁ぎ先も、学生時代を精一杯楽しく過ごしなさいって言ってくれてるし、マオは卒業できればそれでいいかなって感じ」

「婚約……ふふふ、いいなあ」


 入学一ヶ月にして、誤解からの婚約破棄を受けてしまった過去を思い出し、私は遠い目をして笑う。


「……」


 テーブルの下で隣のカイが軽く私の足を蹴る。

 ハッとして、私はえへへと誤魔化した。


「すごいなみんな。私は卒業したらどうしようかなあ」

「奨学生になってでも学びに来たんだから、勿論夢はあるのよね?」


 カシスが目を輝かせて聞いてくる。全く悪意はなさそうだ。

 隣のマオも「どんな夢かしら」と言わんばかりの期待した顔で私を見る。


「えへへ……実は決めてた進路は……ダメになっちゃいまして」

「まだ就職活動も前なのに、ダメになったってどういうことなの?」

「それは……その……嫁ぎ先で……魔術師として働けたらなと思ってたん、だけ、ど……」


 私の言葉の濁し方に、カシスとマオはハッと硬直する。


「……そ、それは仕方ないわよね」

「きっとまた良縁がありますわ! お仕事を頑張ってもいいのですし!」

「そうよ、フェリシアもインターン頑張りましょう!」

「えへへ、ありがとう! 私も頑張って女魔術師として就職できるくらい、頑張るよ!」


 その時、食べ終わったカイがさりげなくカシスとマオへと話を向ける。


「そういえば次の国文学の講義、抜き打ちで古代文字を書かせるそうだけれど、ご存知?」

「えっ!?」

「知らなかったわ、予習してないから急がないと」


 私たちはそれから急いで食事を終わらせ、急いで教室へと戻るカシスとマオへと別れを告げた。

 カフェテリアを出て二人になったところで、私はカイの涼しげな顔を覗き込む。


「ふふ」

「なんですの」

「ありがとう。私のために、話題変えてくれたんだよね?」

「気のせいですわ」

「気のせいでもお礼言わせてよ」

「……勝手にしてちょうだい」


 私は嬉しくなる。

 ランチタイムの太陽光は眩しく、学園の中の花壇は季節の花を満開に咲かせている。その間を二人で歩きながら、私は雲ひとつない空を仰いで呟く。


「私、就職どうしようかなあ」

「女魔術師になるのが夢なんでしょう?」

「うん。でも実際『どんな魔術師になりたいか』の夢はこれから探さなくちゃだし。婚約者が消えちゃったからね。えへへ……」

「……」

「婚約者も、新しい人見つかるといいなあ」

「自信を持ちなさい。うまくいくといいなあ、ではなく、うまく行かせる気概が肝要よ」

「カイらしいね」

「あなたなら大丈夫よ。私の友人なのだから、大丈夫じゃなきゃ困るわ」

「ふふふ」

「……それに」


 カイは教室に入る前、私を振り返って微笑んだ。


「生半可な男には、あなたは渡さなくってよ?」

「……カイ……」


 口元は微笑んでいるのに、視線はなぜか妙に強くて。

 私が見惚れているうちに、カイはさっさと先に行く。


「ま、待って!」


 ーーそれから一週間後。

 私たちは二泊三日の研修旅行に出ることになった。

 ペアを組んで行動する相手は、もちろんカイだ。

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