第三章

第15話 成績アップで嬉しいな

 ーー魔術学園の中間休暇は、カイと二人で楽しく過ごした。

 一緒に勉強したり、学園内に残る生徒向けに開かれた特別講義に参加したり、カイもカフェテリアで短期バイトをしてみたり。

 カイの身長に合うウェイトレスの服がなくて、カイは男性制服と同じパンツスタイルで給仕していた。

 長い髪を後ろに結んで、すごくスラッとしてかっこよかったんだけど、カイはぎこちなく


「おかしくありません……? 大丈夫です? 問題ありません?」


 と、しきりに気にしていた。


「やっぱりお嬢様だとパンツスタイル違和感あるよねえ」

「……ええ、まあ……」

「大丈夫大丈夫、かっこいいよ、カイ!」

「……そう、真っ直ぐ褒められると照れます、わ……」


 そうやって人目を気にするようにする時もありつつも、カイは慣れると私よりずっと上手に給仕を務めていた。

 その姿にうっとりする女子学生も多くて、友人として少し鼻が高い。カイはかっこいいんだから!


 そんな私とカイの様子を、店長は微笑ましそうに見守ってくれていた。

 ひとりぼっちの休暇を想定していた私にとっては、入学前には想像もしなかった楽しい日々だった。


◇◇◇


 そして連休が終わって。

 カイと一緒に登校すると、クラスメイトが廊下に集まってざわついている。見ると、そこには中間考査の順位が張り出されていた。


 成績がそこそこ良かったりすると緊張するんだろうけど、私はどうせ実技が悪いので、後ろから順番に数えたほうが早い。

 だから呑気なつもりで掲示板に近づいたのだけれど、みんなが一斉に私たちを見て静まり返った。

 なんで? と思ったけれど、隣のカイの成績を思い出す。

 そっか、みんな成績優秀なカイが来たからざわついてるんだ。


 案の定、総合成績トップはカイ・コーデリック。

 次点は当然アンジャベルさんだ。二人の成績の差は大きく離れているけれど。私は隣のカイに拍手した。


「おめでとう! 安定のトップだね!」


 カイは私を見下ろして、無言で掲示板を指差す。


「よくごらんなさい」

「え?」

「15位よ、15位」

「ええ、誰か15位なの……私!?」


 私は声が裏返った。

 15位の部分に、フェリシア・ヴィルデイジーの文字。

 

「いや。いやいやいやおかしいよ。35位の誤植でしょ? 前は私39番だよ?」

「もともとあなたは実技で点数を落としていたでしょう? 総合15位でもおかしくないわよ」

「ででででも、筆記も最高でも19位だったし……って、筆記だけなら10位……!?」

「え、えええ……」


 慌てる私。

 確かにカイに魔術を教えてもらってから、実技試験はぜんぶ最低ラインは達成できた手応えはあったけれど。まさか15位なんて。


「努力の成果よ、誇りなさい」


 カイが隣でにっこり微笑むと、こう続けた。


「私も友人として誇らしいわ」

「っ……!」

 

 喜びが胸いっぱいに迫り上がってくる。

 私は思わず抱きついた。


「ありがとう、カイのおかげだよ!」

「っ……! 人前で抱きつきませんの! はしたなくってよ!」

「えーん! じゃあ二人きりの時に抱きつくね!」

「ももももっとよくありませんわ!」


 カイが真っ赤になって私から離れる。


「ご、ごめん……女子同士でもちょっと近すぎたね」

「じょっ……そ、そうですわよ、そうですよわ」

「カイがそこまで狼狽えるの珍しいね」


 感極まって距離感間違えちゃったな、と反省していると、私たちを見ながらクラスメイトが遠巻きにひそひそいう。


「すげー……奨学金女、結構すごいんだ」

「いやいや、カイ様の教え方が優秀なのよ」

「とんでもない奴が現れたぜ……」


 注目を浴びて、なんだか恥ずかしくなってくる。

 その時、人をかき分けるように、一人の男子生徒がドカドカと私たちの前にやってきた。


「おい!」

「ひえっ!?」


 そこで険しい顔をして腕組みしているのは、アンジャベル・セリンセ侯爵令息だ。


「おい」


 アンジャベルさんが腕組みするだけで、ぱつんぱつんの胸板がモリッと盛り上がる。彼は私をぎゅうっと細くした目で見下ろしてくる。


「な、なにか……?」

「…………ぅ」

「え?」

「だから! ……で……うって……ってんだよ!!」

「…………ごめんなさい、私まだ実は貴族の言葉遣い全部完璧に聞き取れなくて……」


 私が申し訳なくて頭を書きながらいうと、彼の取り巻きがブフッと笑い声を漏らす。アンジャベルさんは怒鳴った。


「わ、笑うんじゃねえ!」


 アンジャベルさんは真っ赤な顔で私を再度見下ろし、震える唇で、叫んだ。


「おめでとう! フェリシア!!」


 大音量だ。

 まさかこんな真っ直ぐに彼に褒められるなんて思わず、私は嬉しくなる。


「ありがとうございます、アンジャベルさんもご健闘おめでとうございます!」

「ふん! カイ・コーデリックに負けた俺に情けなどいらん!」

「そう言っても」

「俺が次の期末考査では一位を取る。そして、その……もし取ったら……」

「取ったら?」

「俺と……その……」


 その時。私の隣からコホン! と大きな咳払いが聞こえる。

 銀髪をかきあげ、カイが絶対零度の眼差しで彼を睨め付ける。


「フェリシアを賛美するのはよろしいけれど、ついでに余計な約束をしようとするのは見過ごせなくってよ?」

「っ……! カイ、お前は関係ないだろ!」

「あらぁ? どなたかしら、騎士団志望の筋骨隆々な男子学生で揃ってよってたかって、私になにをしてきたかしら?」

「……その件については……謝罪しただろう……もうフェリシアを困らせるようなことは、絶対しないし……」

「そうね? けれど謝罪した人がまた成績勝負で友人に約束を取り付けようとしているなら、本当に反省したのかしらって不安にもなるわ」


 気まずそうにするアンジャベルさんと、腰に手を当ててたっぷりと皮肉を言うカイ。私は実家にいた頃、商会の付き合いでドッグランに連れて行ってもらった時の光景を思い出す。

 体の大きなドーベルマンが縮こまって、目の前の流麗なブルゾイに煽られてるって感じ。

 なんだか面白いなって、私はついクスッと笑ってしまう。

 アンジャベルさんとカイが同時に私を見る。


「あ、ごめんなさい。……二人ともなんだか、少し仲良くなったなあって」

「なってないっ!」

「なってませんわ!」


 そこで、私に女子が近づいてくる。紅茶色のセミロングヘアのカシスさんと、黒髪をシニヨンにしたマオ・アトマさんだ。

 二人は私に拍手した。


「おめでとう、フェリシアさん」

「カイさんと毎日遅くまで励んでいたものね」

「ありがとう……! 正面から褒められると照れちゃうなあ」


 私に微笑むと、二人はカイを見る。


「カイさんも二連覇おめでとう」

「フェリシアさんに教えながら、ますます成績を伸ばされるなんて素敵」


 カイは意外そうに目を瞬かせ、それからにっこりと微笑みを返した。


「あなた方の賛辞、ありがたく受け取らせていただきますわ」


 そういえば忘れていたけれど、カイはみんなとは距離を置いていたはずだ。私だけでなくカイもみんなと打ち解けられるのなら、嬉しいと思う。


「ねえ、良かったらカイさんとフェリシアさん、今日のランチ、二人にご一緒してもいい?」

「二人とももっとお話ししてみたいの」


 二人の申し出に驚いて、私とカイは顔を見合わせる。

 私が頷くと、カイが笑顔で答えた。


「ええ。ぜひ四人でいただきましょう」


 快諾され、カシスさんとマオさんはほっと嬉しそうな顔をする。

 私にとって、カイ以外の女子学生と仲良くできるのは初めてだ。

 それにーー中間休暇前にカイが打ち明けてくれたことを思い出す。

 カイはコーデリック公爵家の庇護を受け、魔術学園に身を隠している。カイに少しでも友達ができて、気が紛れればいいな。


 そこで伸びやかな予鈴チャイムが鳴り響く。


「あら、そろそろ戻らないと」

「ではまたあとで、フェリシアさん、カイさん」

「うん、またね!」


 カシスさんとマオさんが去っていく。

 私とカイも教室に戻っていくクラスメイトたちに合わせて、教室へと戻った。


「……」


 ふと、私は隣のカイを見上げた。

 視線に気づいたカイが怪訝そうに片眉をあげて振り返る。


「顔に何かついているかしら?」

「いやあ、カイ以外のお嬢様ってやっぱりカイと雰囲気違うんだなって……」

「……それはどういう意味ですの?」


 軽い気持ちの言葉だったのに、カイは予想外に真面目な顔で聞き返す。

 私は「わ、悪い意味じゃないんだよ」と慌てて弁解する。


「私ほとんどカイとしか話してないから、こう……カイって凛としてかっこいい感じだから! 可憐で可愛い感じの女の子と話すの、新鮮な感じがして」

「……褒め言葉として受け取っておきますわ」

「えーん褒め言葉だよお」

「ふふ、腕に絡まないの。はしたなくってよ」


 カイは小さく微笑むと、席について授業の準備を始めた。

 私も準備を始めながら一人考えた。

 ーーカイはとてもすらりとして背が高い。だからいつも自分が特別小柄な気分になっていたけれど、カシスさんは私と同じくらいの目の高さだし、マオさんに至っては私よりもちょっと小さめだ。

 私は隣のカイを見る。カイは、美人な上に身長も高いから、迫力があってかっこいいんだよなあ。


「……かっこいいよね、カイ」

「ぼんやりしている暇はないんじゃなくて? これから始まる講義、あなた当てられるんじゃなかったかしら?」

「あっ忘れてた」


 私は大慌てで教科書と予習ノートをめくる。

 本鈴が鳴り、今日もいつも通りの講義が始まった。


◇◇◇


 そして、その日の四人で食べるランチタイム。

 私たち四人の話題は、もうすぐ実施される一年目最初の研修旅行のことになった。


 魔術師として働く卒業生たちの仕事を見学しにいくのだ。

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