第13話 カイの告白2

 ーー出されたのは小さなパフェだった。

 小さくカットしたパイをパフェグラスに盛って、その上にアイスと、さくらんぼを添えて。

 添えられたあたたかいティーシロップをかけると、アイスがとろりと溶け出して、カリカリのパイが柔らかくしなっていく。

 二人で同時に口にして、同時に口元に手を当て、顔を見合わせた。


「美味しいね……」

「ええ、本当に……パイ生地のサクサクとした食感と温かさ、アイスの冷たさとしっとりとした味わい……それに上から甘いシロップ……少し大人っぽいティーシロップの味が…………いいですわね……」


 カイも語彙力が蕩けている。

 「俺が作りました」の腕組みポーズでこちらを見守っていた店長が、ガラスポットのハーブティを置いて去っていく。


「じゃ、食べ終わったら持ってきてね。俺は明日の準備してるから」

「ありがとうございます!」


◇◇◇


 二人っきりになったところで、カイがふっと私を見て尋ねてきた。


「……あなたは本当に、バイトは辞めなくてよろしい?」

「えっどうして? シフト減らしてもらってるから無理はないよ」

「あなたは学を修めるために魔術学園にきたのでしょう?」

「そうだねえ」

「あなたのことだから……私に、頼らないように少しでも稼ごうとお思いなのでしょうけれど……余計な気遣いは要らなくってよ」

「あー……ええとね。違うんだ。バイトも勉強のうちって思ってるんだ」

「どういうことですの?」


 カイが片眉を上げる。私は説明した。


「たとえばさ。さっきのスライムちゃん(人造)のお掃除も、バイトしながら思いついたアイデアだし、実際に使ってみてどうなのかも、バイトしてみないとわかんないと思うんだ。それ以外にも、バイトしたり普段の生活したりする中で、魔術の勉強になると思うし。私、みんなと違って圧倒的に経験値が足りないから、その分は座学だけじゃ追いつけないと思うの」


 ぽかんとした顔で、カイが私を見つめている。

 私はえへへと頬をかいた。


「もちろんバイトが楽しいってのもあるけどね。店長とも仲良しだし」

「……店長との距離は改めるべきところもあるとは思うけれど、あなたの考えに感銘を受けましたわ。……そうね。いろんなことから学びはありますわ。望んで得た経験だとしても、……望まない経験だとしても」


 カイは少し声のトーンを落とす。

 何か思いを振り切るように、こほん、と咳払いした。


「けれど基礎ができてこその応用ですわ。健康と授業をおろそかにしたら許しませんわよ?」

「もちろん。でももし危ないって思ったら、注意してくれたら嬉しいな」

「……ええ。しっかり監視して差し上げますわ」


 私たちはそれから食事を終えると、お皿を洗って店長に返し、早足で暗くなった庭を通りジキタリス寮へと戻る。

 部活動や自習を終えてから寮に戻る学生のために、ある程度門限の融通はあるのが何よりだ。


 両脇に薔薇の咲き誇る道を通り抜けながら、私は先をゆくカイに言う。


「えへへ、寮の夕食まだあるかな」

「あなたまだ食べられますの? 成長期ですわねえ」


 ふと、薔薇の匂いに季節を思い出し、私は続けて尋ねた。

 入学から二ヶ月目にあたる、中間試験の後の五日間は休暇になっている。


「そういえば中間休暇、カイはコーデリック公爵邸に帰るの?」


 何気ない質問だった。

 しかし、カイは少し間を開けたのち、振り返ることなく答えた。


「……いいえ。私はここに残りますわ」


 意外な返事に目をぱちぱち。


「どうして? 私も帰らないから嬉しいけど、意外」

「……ここでは言えませんけれど、私は学園から出られないのです」

「えっ……」


 噴水の前にたどり着く。月の光を反射した噴水を背景に、カイが足を止めて振り返った。

 青い瞳が、私をみて寂しそうに細くなる。

 そこ知れぬ重たいものを感じて、浮ついた気持ちが冷たくなっていく。


「カイ……?」

「……そうね。少しだけは……話しておいた方がいいかもしれませんわ。あなたもそれを聞いて……私と今後付き合うかどうか判断するのは大切ですし」

「カイとは友達だよ!?」

「ありがとう」


 カイは少し寂しそうに笑う。


「あなたがそう言ってくれる人だとわかってるから、甘えてしまっていたけれど……『遮蔽』」


 カイが呟くと、私たちの周りを半透明の膜が覆う。

 防音の膜が張られたことを確認すると、カイは口を開いた。


「……私はあなたに隠し事があるの。一つだけではなく、たくさん。……それを知ってしまったら、あなたは私を友達と言ってくれなくなるかも知れません」

「カイ……」

「本当なら全てを開示するのが筋だとわかっていますわ。けれどあなたが知ってしまったら、あなたに危険が及ぶかも知れない」

「……っ……」

「だから最低限のことだけ伝えさせて。……私はとある勢力、それも複数に追われていますの。学園から出て、私がここにいることが露見するわけにはいかない。……私は、本当はコーデリック家に匿って頂いている立場だから」

「……もしかして、コーデリック公爵家の令嬢じゃないの?」

「残念ながら。養女として籍は置いていただいていますけれど」


 カイは続けた。


「私の実家はお家騒動で荒れていて、泥沼化しないように私は身を隠して事が鎮静するのを待っていますの。今は……私がどう足掻いても、家族のために何もできないから」

「……カイ……大変だったんだね……」


 私は頭がぐるぐるする。

 カイが私をみて驚いた顔をする。


「あなた、泣いていますの?」

「ご、ごめんなさい。泣きたいくらい辛いのはカイなのに……カイがずっと、誰にも言えなくて一人で堪えてたんだと思うと……知らないまま親友だと言い張ってたんだと思うと……泣けてきちゃって……ごめん、泣き止むね」

「……いいのよ。泣いても」  

「大変なのに、私を助けてくれてありがとう。カイの迷惑にならないようにする。カイの傍にいるから。だから……もし無事に元の居場所に帰れるようになった時は、ちゃんと連絡が欲しいな。黙って消えたりしないでほしい。心配になるから」

「フェリシア……」

「私は絶対カイのこと好きだからね。他にどんな内緒事があったとしても、全然平気。カイのこと信じてる」

「……ありがとう、フェリシア」


 カイは私に手を差し出した。


「これからも友達でいてくれます? フェリシア」

「もちろんだよ」


 私たちは握手をしあった。

 カイの手は大きくて、節張っていて……なんだか、私の手がすっぽりと収まってしまう。

 見上げると、カイが微笑んだ。


「さ、そろそろ急ぎましょう。バイトをしていたとはいえ遅くなりすぎましたわ」

「うん!」

「走りましょうか、フェリシア」

「えへへ。はしたないこと提案しちゃうこともあるんだね〜? カイ」

「月しかみていませんわ、私たちのことは」


 私たちは微笑み合い、スカートを翻して二人で走った。

 カイは足も速い。

 男の子みたいにすいすいと、私の隣を走っていった。

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