第11話 カイの告白
私はジキタリス寮に入った後も、シフトの量は減らしながらもアルバイトは続けていた。魔術学寮の敷地内、そのちょうど中心にあるカフェテリアは単独の建物になっていて、丸いドーム状の吹き抜けの天井が気持ちの良い、お店だ。
カフェテリアの内装もテーマもメニューも、テーブルセットからカトラリー一つに至るまで全て店長のプロデュース。元は国立ホテル支配人とも、王家のお忍びレストランの料理長とも言われている謎の経歴の人だ。
経歴の噂の割に見た目が25歳くらいに見えるので、ますますミステリアスで素敵だと、女子学生たちからは陰で人気の存在だ。声をかける人はいないらしい。ピアスをつけて、襟から少し覗く胸元に、タトゥーが見え隠れしている感じが、なんか近寄りがたいらしい。確かにわかる。
そんな彼は、放課後、バイトをしにやってきた私に人懐っこい笑顔を向ける。立ったままテーブルに向かっていた彼の手元には可愛らしい手書きのPOPがあった。器用な人だ。
「お疲れフェリちゃん。今日もよろしくね」
「お疲れ様です。よろしくお願いします! 店長の絵、可愛いですね〜!」
「でしょ? 俺おえかき得意なの」
店長は色とりどりのペンで器用にひよこを何匹も書いていた。
「新作の苺ケーキ、発注のミスで黄色い苺になっちゃったから、可愛い感じにアピールしようかなって」
「黄色の苺ってあるんですね! 可愛い〜」
「後で試作品食べてよ」
「はーい」
店長はいつものように私の頭を撫でる。
その時、後ろから冷気のようなものを感じた。
店長の手がとまる。
「およっ。今日はカイちゃんと一緒?」
「…………ごきげんよう…………フェリシアから距離をとっていただけませんこと……?」
「カイ怖いよ〜」
「セクハラですわよ。フェリシアは嫁入り前の女子学生ですのに。成人していらっしゃるあなたが」
「わあわあごめんごめん。迂闊でしたッ」
「カイ大丈夫だよ、店長は私のお兄さんみたいな存在なの、ねっ?」
「…………」
「ご、ごめんなさい……あっ! 注文とってきまーす!」
「いってらっしゃーい!」
絶対零度のオーラで私たちを見つめるカイに大慌てで弁明すると、私は急いで仕事に入った。
カイはカフェテリアの端の席を陣取ると、コーヒーを一杯注文してくれた。ブラックだ。
「おとなだねえ」
「目が冴えるから好きなのよ。それに魔力に必要な栄養素が入ってるし」
「そうなんだ〜知らなかった」
カイは私のエプロンのリボンを整えると、綺麗な笑顔で笑う。
「いってらっしゃい。ここであなたの働きぶり、見ていて差し上げるわ」
「ふふ、惚れ直さないでね」
冗談を言って私は去る。
それからカフェテリアでは、注文を取ったり、お皿を下げたり掃除をしたりと、いつも通りのホール業務を行なった。夕方になるに連れてカフェテリアは忙しくなり、私は目まぐるしくホールとキッチンを行ったり来たりした。
大変だったけど、隅っこで勉強をしているカイの姿を見るだけで嬉しくなる。私に変な嫌がらせをする人もいなくなった。
店長さんが言う。
「良かったよ。俺が気をつけるだけじゃ、どうしても全員を睨むことってできなかったし。……それにフェリちゃんも変わったよ」
「そうですか?」
「うん。頼もしくなった。成長期っていいね」
「えへへ。頑張ります!」
私は笑顔で返す。そこから最後まで張り切って働いた。
◇◇◇
日が暮れて
私と店長、そしてカイは三人で立っていた。
「あとは片付けだけ、ですね」
私は手を前にかざし、集中する。
『天より地まで、我らの体の奥までも、巡る流れよ、水の竜よーー我に水の恵を与えよ……あとちょっと土の粘度もくださいな、粘度だけでいいですから』
私の後ろで、店長とカイがひそひそする。
「フェリちゃん、元素追加の文言が個性的……だよね?」
「正式な詠唱を覚えたあとは、少しずつ自分の言葉にして、省略詠唱へと繋げていくのが、魔術の基本ですわ」
「へー……その修得法、学園じゃやらないやり方だなあ」
「店長は授業内容も把握していらっしゃいますのね?」
「そりゃね。店長だからね」
「意味わかりませんわ」
カイも店長には少し砕けたなあ。
なんて思いつつも、私は魔術を続ける。
私の魔力を吸い上げて、水がしゅるしゅると出てきて、頭くらいのサイズのぽよぽよとした塊になる。
弾力あるその塊は、ぶるぶるっと震えてころころと床を転がる。
ぽよ、ぽよ……ぽよん。
「…………」
「…………何、これ」
店長とフェリシアが固まっている。
私は自信満々に胸を張った。
「スライムちゃん(人造)です!」
「人造……?」
「スライム……?」
「ふふ、まあ、見ていてください!」
私はそのスライムちゃん(人造)に念じる。すると、玉はコロコロと床を転がり……。
見守っていた二人が、あっと声をあげた。
「ゴミを……吸着していく……?」
「しかも全自動……椅子を引いたりする必要もなく……どんな隙間にもフィット……!?」
「へへへ、どうでしょう? 水魔術の練習をしていたらたまたま丸くなったので、思いついたんです!」
私は床を転がって汚くなったブヨブヨを手袋をはめた手で摘むと、バケツの中に投げた。
バシャン、とただの水に戻る。
ワンテンポ遅れて、二人がぱちぱちと拍手してくれた。
「……拭き掃除、これで一気に終わるね……」
「ね? すごいでしょ?」
店長が顎を撫でながら感心したように呟く。
「綺麗だねー。消臭ビーズみたい」
「なんですか? 消臭ビーズって」
「高級魔道具だよ。魔石を使ってお部屋の匂いを消すんだ。王家くらいしか使ってないけど。いやあすごいすごい。フェリちゃんはすごいなあ」
「ひゃあー」
店長は私の頭をくしゃくしゃと、犬を撫でるような勢いで撫でる。
私が悲鳴をあげると、カイがバッと私たちの間に割り込んだ。
「ちょっと。フェリシアは嫁入り前の女の子なのよ。セクハラですわ」
「だいじょーぶだよ、カイ。私撫でられるの好きだから。お兄ちゃんみたいで」
「セクハラですわよ!」
「そ、そうかな……私あまり褒めて撫でてもらったことなくて、嬉しくて……」
私が頭をかきながらえへへと笑うと、カイがハッと表情を二転三転させる。焦った顔、困った顔、そして……キッと私を睨んだ。
「私が撫でますわ! それでいいでしょう!」
「えっえっ、ひゃー!」
カイが私の頭をぐりぐりと撫でる。
「くすぐったいよぉカイ〜!」
そんな私たちの様子を見て、店長がにまにまと笑う。
「いやあ、微笑ましいねえ。なんか手のかかる妹を世話してるお姉ちゃんみたいだね?」
「お姉ちゃん!」
「お、お姉ちゃんじゃありませんわ!」
私たちを見て大笑いすると、店長は片目を閉じて言った。
「今日は二人に特別だ。試作品をご馳走するから、ゆっくり食べて帰りなよ」
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