第10話 学年次席の強面男子 ※アンジャベル視点

 とある日の昼下がりの普通科棟にて。

 アンジャベルが教授に言いつかった移動教室の教材を持って歩いていると、開け放たれた窓の外から女子学生の華やいだ声が聞こえてきた。

 踊り場の窓から外を覗くと眼下に、渡り廊下を楽しそうに歩く女子学生たちの姿が見えた。

 

 白い制服のスカートをひらひらとさせるその様子は、なんだか花と戯れるモンシロチョウのように見える。

 一際輝く女子学生が目に留まる。

 トイプードルのような色合いの髪をふわふわとゆらして微笑む、フェリシア・ヴィルデイジーだ。

 ふわふわのミルクティ色の髪に、おっとりとした大きな垂れ目は透き通ったブラウン。制服の淡い色がよく似合う、華奢で儚い手足をしている。


「フェリシア……」


 おどおどへらへらとした、いつも背中を丸めて教室の隅にいる地味な貧乏人だと思っていた。野暮ったくて芋臭くて、魔法も下手で。

 父により「強くあれ」と厳しく躾けられてきたアンジャベルにとって、彼女のような見るからに弱い存在は、視界の端に入るだけでも邪魔な存在だった。むしろカイ・コーデリックのような気位も身分も高い女の方が、屈服させがいがあると思っていた。異性なんて、己の成果に応じてランクが上がる、獲得トロフィーやメダルのようなものだ。

 折り紙で作った金メダルのような女、アンジャベルにとっては負け犬が引っ掛けるための余り物の女ーーそんな認識だったのに。


 あの日。窓から水を解き放ち、虹を纏って舞い降りてくる姿は天使だった。自分の考えが間違っていたと、力技で価値観をボロボロにされた思いだった。


 華奢で弱くて邪魔な女だと思っていた彼女は、親友を守るために一回り以上も体の大きな自分に果敢に向かってきた。

 自分がいじめられたり、侮蔑されている時はへらへらと笑って背を丸めて逃げていただけの彼女は、友人のためなら颯爽と舞い降りて立ち向かう勇敢でーー高潔な天使だった。


 あのまっすぐな瞳に射抜かれて、アンジャベルは目覚めた。恋というものに。


「はあ……フェリシア……」


 彼女の目の前では名前なんて呼べない。

 でもいつでも彼女の声にはすぐ反応してしまうし、彼女のことは目で追ってしまうし、彼女に浴びせられた視線の強さは、いまだにアンジャベルの心を焼き続けている。


「くそ、俺の心まで乱しやがって……」


 ーーその時。


「お前が勝手に乱されているだけだろう、思い上がるな」


 アンジャベルの独白に、鋭く冷たい男子生徒の声が突き刺さる。

 聞かれた恥ずかしさにかっと頬を染め、アンジャベルは振り返って怒鳴った。


「誰だ!? どこにいる!?」


 しかし振り返っても誰もいない。

 踊り場の上にも下にもアンジャベルの怒鳴り声が響くばかりだ。


「フェリシア・ヴィルデイジーに危害を加えたら許さない。カイ・コーデリックに行っていた加害行為、全てをセリンセ侯爵に密告する」

「ッ……!?」


 どこを見ても声の主は見つからない。

 アンジャベルはあちこちを見回す。汗が溢れる。


「誰だ……!? お前は、誰だ!? 卑怯だぞ!」


 謎の声は、アンジャベルの発言を鼻で笑う。


「女を陰に追い込んで言うことを聞かせようとするお前に、卑怯を語れるか」


 足音が去って行く音が聞こえる。


「ーー上か!」


 アンジャベルは教材を乱暴に置くと、鍛え上げた俊足で階段を三段飛ばしで上階へと向かう。


 しかし廊下には移動教室中の複数の学生が歩いていて、彼ら彼女らはアンジャベルの顔を見てギョッと目を剥いた。


「……いない…………」


 そこに、一人の女子学生が通りすがる。

 まっすぐな美しい銀髪を靡かせる、背の高い迫力ある美女。


「……カイ・コーデリック……」

「あら。またお誘い・・・ですの?」


 薄くリップを塗った唇をニィと笑ませ、カイはアンジャベルを一瞥して去っていく。ふわふわと鈴蘭の残り香が漂って消える。


「くそ……ッ!」


 カイ・コーデリックと謎の男子学生、二人に同時に馬鹿にされた気分だ。

 アンジャベルは壁を殴る。

 しかし同時に悟った。


ーー学園で居丈高に振る舞うのはもうやめよう。実力一本でこれからは大人しく勝負しよう、と。


「フェリシア・ヴィルデイジーに、実力で……認めさせる」

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