第9話 学年次席の強面男子3

「う、うわー!」

「な、なんだ!? ……み、水魔術!?」


 アンジャベルさんも取り巻きたちも大慌てだ。


「フェリシア……」


 カイが呆然と私を見ている。

 夕日にきらきらと飛沫が輝いて、私たちのあいだにまばゆい虹が浮かんでる。

 私は手を振った。


「助けたよ! カイ!」


 その瞬間。

 ぐらり、と体が揺れるーー私は思わず窓から滑った!


「フェリシア!」

「奨学金女ッ……!」


 カイが叫ぶ! ビシャビシャのアンジャベルさんも叫ぶ!

 他の男子は手で顔を覆う!!

 カイが鋭く言った!


「手のひらを下に向けなさい!」


 私はカイの言葉に従うと、水圧を使って比較的ゆっくりと落ちていくことができた。


「フェリシア!!」


 落ちてきた私を、カイがお姫様抱っこで受け止めてくれる。尻餅をついたカイと、ごろごろと転がる。

 水と泥で二人ともぐしゃぐしゃだ。


「カイ、大丈夫? 怪我は……」

「馬鹿!」


 カイは怒った顔でフェリシアを見た。


「フェリシア。あなた水魔法を人にむけて放つのは良くないわ。場合によっては罪に問われ、資格を奪われてもおかしくないのよ。今回はただの飛沫で済んだけれど……」

「あ……」


 咄嗟のことで、私はいけないことをしてしまったのだと気づいた。


「ごめんなさい、私……」

「……お願い。私はあなたの才能も人柄も認めているの」


 カイはギュッと手を握る。


「あなたがくだらないことで、その才能を台無しにしてしまうのは嫌だわ。優しさのあまりに、自分を粗末にしないで」

「うん。……ごめんなさい」


 しょげた私に、カイは微笑む。


「ごめんなさい、私も言いすぎましたわ。助けていただいたのに、先に叱りつけてしまうなんて」

「私が悪いんだから、カイは謝らないで!」

「……叱ったのは魔術学園の同期としての言葉ですわ。カイ・・としての言葉としては……心からの感謝と、勇敢さへの敬意を伝えたいわ。ありがとう。嬉しかったわ」

「カイ……」

「魔術も立派だわ。水魔法、次の試験の結果が楽しみね。怠らず研鑽するのよ?」

「カイのおかげだよ!」


 手を繋ぎあったまま、微笑み合う私たち。

 そこで、アンジャベルさんが呆然とした顔で私たちを見ていた。


「……奨学金女……お前、そんな魔法が……使えたのか……?」

「カイが教えてくれたの。すごいんだよ、カイは教えるのが上手だし、自分だって課題や宿題があるのに、私にいつもとても親切に、いろんなことを教えてくれるの」


 私は立ち上がり、背の高いアンジャベルさんをまっすぐ見上げた。

 緑の瞳と視線がかちあうと、彼はパッと目を大きくした。

 じっと、私を見つめている。


「お願い。カイが気に入らなくても、カイを暴力や集団で脅すのはやめて……みんな穏便にできないかな?」


 カイは立ち上がり、私に不満を表明する。


「ちょっとフェリシア。あなた、ひどいことを言われたのよ」

「……でも、私だって彼に水をかけたんだよ」

「それは……」

「私が魔術で攻撃してしまったことと、アンジャベルさんがカイを集団で脅したこと。この二つをチャラにするのは……どうかな。気に食わない相手でも、お互いそれで済ませられるなら一番穏便だと思うんだ」

「フェリシア……」

「奨学金女……」


 私はカイとアンジャベルさんを交互に見て、微笑んだ。


「お互いに水に流そう。ね?」


 ーーその瞬間。

 アヴェンジャルさんの顔が、みるみる真っ赤になっていく。

 怒り出すのかーーと思って身構えると、アヴェンジャルさんは叫んだ。


「『風よ!』」


 ごうっと、私たちにあたたかな熱風が吹き付ける。

 気がつけば私たちの制服も髪も乾燥していた。

 取り巻きたちだけはびしょ濡れだった。


「服くらい乾かせッ! はしたない!」


 顔が真っ赤だ。首を傾げると、アヴェンジャルさんは更に叫ぶ。


「あ、アヴェンジャルさん……?」

「フェリシア・ヴィルデイジー! お、おおお覚えたからな!! 覚えてろよ!」

「えっ!?」

「お、俺の名前を覚えていてくれよな! っ……く、くそ……もう手出しはしない! 悪かった!」


 彼は取り巻きを置いてあっという間にさって行く。

 びしょ濡れのままの取り巻きたちは、「アヴェンジャルさーん」と言いながら追いかけていく。


「な、何があったの……」


 私はただ呆然と見送った。


「……フェリシアに……あの男……ふざけるな……」


 後ろで舌打ちしそうな声で、カイが恨めしそうに呟いた。


「カイ?」

「……なんでもありませんわ」


 カイがこほんと咳払いする。

 声がなんとなく低かった気がするのはーー気のせいかな。


◇◇◇


 一週間後の実技演習。

 演習場にて、教授が高らかに私を呼ぶ。


「それでは学籍番号C49、前へ!」

「はい!」


 私は無事に、壇上で水魔法を実演することができた。

 あの日アンジャベルさんに水をかけた時を思い出し、演習場に差し込む太陽光を意識して、水魔法を撒いて虹を出したのだ。


「すごい……綺麗」

「まだ水魔法しか使えないのに、こんなことできるのか……?」


 ぱらぱらとした拍手が、私によせられる。

 あの日私の話を聞いてくれた、カシスさんとマオさんも拍手してくれている。全員ではないけれどーー私がクラスでようやく認めてもらえた。

 魔術学園で、カイとカフェテリア以外にまた居場所ができた気がした。


 胸がいっぱいになったけれど、礼儀作法を意識して。

 私はにこりと微笑んで、拍手へお辞儀をお返しした。


 ドターン!


「しょ、奨学金女が俺に微笑んでくれた……」

「アンジャベルさん! 鼻血が!」

「担架を!」

「は、はわわ私なんかしちゃいましたか」


 慌てる私に、席からカイが呆れながら「気にしなくてよろしくてよ」と少し低い声で言う。


「そ、そう……?」


 そうこうしている私に、教授はうむ、と言いながら頷いた。


「学籍番号C49、合格」

「ッ……ありがとう存じます、教授」


 そして次の学生が呼ばれる。

 学籍番号C50は今日も休みのようだ。


 席に戻ると、カイが私を肘で突っついた。


「さすが私の親友ですわ。……誇らしいですわ」

「ありがとう。カイもかっこよかったよ」


 私はカイに言う。

 ちなみにカイの実技演習は、本当にすごかったのだ。

 木の枝を部屋に降らせ、それに水を与えて花を咲かせ、ピンクの花吹雪で演習場をいっぱいにする夢のような魔術。


「次のユニゾン実習、一緒に素敵なことやろうね」

「あら。それならフェリシアも精進なさい?」

「もちろん。任せて!」


 教授の話が始まったのので、私たちはこそこそ話をやめて前を向く。

 とても満足で、満たされた時間が過ぎていった。

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