第12話 カイの独白 ※カイ視点

 ーー綺麗だと、思った。


 冴え冴えとした月の光を正面から浴びて、大粒の涙をこぼすフェリシアを見た瞬間、カイの胸は今までにない苦しみを感じた。


 フェリシアの苦しい顔を見るのは初めてだった。

 いじめられている時でも、怖い思いをしている時でも、いつも笑顔のフェリシア。

 最初は彼女にヘラヘラしている、と言ってしまったけれど。

 一緒に過ごすうちにどんどん、その笑顔に裏打ちされた彼女の気丈さを知るようになっていった。


 どんな時でも笑顔でいられる強さを、眩しいと思っていた。

 そんなフェリシアがーー泣いている。

 他ならぬ、自分カイのことを想って。


 泣かせてしまった罪悪感と、初めてみた涙への驚き。

 ただただ、初めて見た泣き顔の美しさへの感嘆。


 そしてーー気丈な彼女が初めて涙を見せたのが自分相手だということに、浅ましく満たされていく独占欲。


 カイは気付けば公爵令嬢ゆうじんとしての演技を忘れ、彼女の涙を拭っていた。柔らかな頬と、濡れた睫毛の質感に指が痺れた。


 無意識に生唾を嚥下したーーそして、己の首を締めるチョーカーの存在を思い出す。

 カイは一歩踏みとどまり、公爵令嬢ゆうじんの心を思い出した。


 二人で走ったのも、これ以上二人きりの時間をとりたくなかったからだ。

 己がまろび出てしまうのが、怖かった。


◇◇◇


 部屋に戻り、カイは女装を解く前に姿見の前に立った。

 鏡に映った自分の姿は令嬢に見える。

 カイ・コーデリックに手を重ねる。

 そして溜息をついた。


「……本当に僕がカイ・コーデリックなら、どんなに良かったか」


 騙している。

 彼女に本当のことを伝えられない。

 そのまま「親友」の場に収まっている自分が、浅ましいと思う。

 

 嘘をつき続けなければならないのは確定事項。

 彼女を騙すことは割り切るしかない。

 そもそも彼女と親しくなりすぎると、心を開きすぎると、彼女に幻覚魔法が効かなくなってしまう。

 正直、今回の暴露だって悪手だ。

 わかっていたけれどーーどうしても、完全に騙したままでいたくなかった。

 ーー少し、自分を理解してほしいと甘えてしまった。


「弁えろ……彼女の親友はカイ・コーデリックだ。カイ・ルイズ・レシュノルティアではない……」


 これまで仲良しの令嬢だと思っていた女が、いきなり男の女装に見えたら、彼女はショックを受けるだろう。

 親友カイの隠し事なら受け入れてくれたとしても。

 見ず知らずの男カイの隠し事などーーゾッとされてもおかしくない。


「……絶対に、心を開いてはダメだ。これ以上は」


 カイはつぶやくと、女装を解いて汗を流し、そのままベッドに潜り込む。


 夢の中で、フェリシアは本当の姿のカイに変わらぬ微笑みを向けてくれていた。

 都合のいい、夢だと思った。

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