第二章

第7話 学年次席の強面男子

 魔術学園は5つの学部に分かれている。

 1年生の時はみんな同じ普通科として魔術に関する全般的な講義を学び、2年生からそれぞれ希望の学科別の講義を受けるようになる。

 そして3年生から実習主体となり、厳しい進級テストを経て、4、5年生は教授付きのゼミ生として、専門性に特化した学びを修めていく。

 学生によっては4、5年生からすでに実践で活躍する学生もいるらしい。

 他国では似たような仕組みで「工業高等専門学校」ってのがあるらしいと、入学パンフレットに書いてあった。私はよくわかんないけど。


 私もカイも1年生。

 私たちは今、魔術歴史学(基礎)の講義を受けていた。


「えー、平民にも魔力があると判明して50年。平民の魔術学園進学を推進する『能力者支援法』の試行より30年、現在では幅広い魔術職に、平民または新興貴族出身の者がつくことも増えた。しかし幅広い身分のものが同じ場所で働くことにより、多くの課題もーー」


 魔術歴史学の授業はなんとなく居心地が悪い。

 壇上の先生が読み上げる教科書には、身分による差別の撤廃や進学、魔術職業への就業の自由といった文言が書かれている。書かれているのはありがたいけれど、一番前の席で授業を受ける私の背中に、視線が刺さる。


「あれが例の新興貴族の奨学生様だぜ」

「秩序が乱れますわ」


 といった感じの、ふんわ〜りと棘があるムード。まあ棘がなくったって「あれが新興貴族だ」「へーあれが」みたいな目で見られ続けるのは、まあ結構居心地が悪い。先生がちら、と私を見るのも居心地は悪い。

 ま! 慣れるしかないんだけどね!


 先生の話は、続いて魔術の属性の話になる。


「現在魔術教会に認められている五大基本魔術について、実演できる者はーー学籍番号C03番、前へ」


 魔術学園内は(一応)実家の身分を抜きにした平等の学びの場。

 授業で呼ばれるときは学籍番号で呼ばれる。

 Cは1年生、03は成績順だ。ちなみに私はC39。ブービーです、はい。


 前に出たのはアンジャベル・セリンセ。セリンセ侯爵の嫡男だ。

 癖のあるコーヒー色の髪に鍛え抜かれた体、堂々とした振る舞い。父と同じ魔術騎士を目指す迫力ある肉体を持つ学生だ。制服の胸板もパツンパツンで、他の細っこい男子学生と同じ制服を着ているとは思えない。ーー生地を変えてるのかな?


 アンジャベルさんは教授から渡された木片を持つと手を掲げ、魔力を込める。


「木よ!」と唱えれば、木片がさっと木の杖に変化し。

「炎よ!」と唱えれば、炎がボォっと飛び出し。

「土よ!」と唱えれば、炎を纏った木片が手のひらの中で土になる。

「金よ!」と唱えて土を払えば、土は金属粉となって舞い散り、

「水よ!」と言えば、舞い散った金属粉が水滴となり、パッと弾けた。


「おおお……」


 私も学生一同も、感嘆しながら盛大な拍手をする。

 木片一つから一言だけで、ここまで見事に全元素を扱える人は滅多にいない。彼はドヤ顔で「当然だぜ」と言わんばかりの顔をした。


「……では元素の扱い方はそれだけではない。」


 場の興奮に水をさすように教授が続け、彼はカイを見た。


「学籍番号C01番。応用を」

「かしこまりました」


 カイは颯爽と立ち上がり、壇上へと向かう。ドヤ顔していたアンジャベルさんが露骨に嫌な顔をする。


 カイはまっすぐに立つと、木片をそっと宙に投げる。そして手のひらをかざした。


「木よ金よーー」


 木片はシュッと長くなり、そして金属の力で削られる。

 成長と削られるのを繰り返した木片は、カイの手のひらにヒラヒラと落ちてきた時には小さな木彫りの花になっていた。木屑は水で集められ、一箇所にまとまってゴミは散らさない。


「おおおお……!」


 さらなる大きな拍手が上がる。

 アンジャベルさんはカイに通りすがりぎわ、露骨に舌打ちをして言った。


「こざかしいことして調子に乗ってんじゃねえよ」


 その声の迫力に、私は思わずビクッとしてしまう。

 けれどカイは涼しい顔で聞こえなかったとばかりに一瞥もせず、さっと私の隣の席に戻ってきた。


◇◇◇


 その後、授業が終わって移動をしていると、前に男子生徒たちが立ち塞がった。

 私は自然とカイを背中に庇う。


「ど、どうしたの」

「なあ、調子に乗っていきがるのやめてくれって言いにきたんだよ」

「えっ」


 そして私を押し除け、ずいっとカイに近づく。


「おい。お前はお遊びで授業で点稼ぎしてるんだろうが、こっちは就職と出世に関わってんだよ。お嬢ちゃんは弁えてくれねえと国の損失なんだよ」

「……お遊び、ね。確かにお遊びですわね。お花を作るなんて」


 ため息を一つついて、カイはギラっとアンジャベルさんを見上げた。


「……で? お遊びのご令嬢程度に手加減してほしいってわけですの?」


 アンジャベルさんの顔がカッと赤くなる。

 取り巻きがずいっと出てきた。


「お前が前カフェテリアで言っていた通り、この学園は身分はなしなんだ。つまり公爵令嬢だろうが、生意気言ってると承知しねえぞってことだぞ!」

「……まあ、怖い」


 全く怖くない顔で、カイがつぶやく。


「授業の実演で自分が一番目立てなかったから、先生もいない物陰で、女二人になったところでこそこそと、魔術騎士科志望の筋骨隆々な男子が寄ってあつまって、授業では僕たちの未来のために手を抜いてください、と言われることに屈した方が良いという認識で間違いないかしら?」

「てめえ、女だからって優しくしてたらつけ上がりやがって……!」


 首根っこを掴もうとした彼の手を、カイは軽やかに跳ね除ける。ただ触れただけにしか見えないのに、アンジャベルさんは思いっきり転がった。


「は……はあ!?」


 呆然とするアンジャベルさんと、その取り巻きたち。

 そしてカイは、そっと上を見上げた。

 私はあっと声をあげる。


「店長!」


 赤毛にちょこんと結んだ長い髪、切れ長の金瞳に、すらっとしたおしゃれなカフェの制服を纏っていて、笑顔の裏にどこかミステリアスな雰囲気を纏ったお兄さんーー店長がいた。


「あはは、バレちゃった」


 店長が二階のテラスで魔術煙草を燻らせていた。


 彼は苦笑いして手を振って見せる。

 カイはよく通る声で彼に言った。


「店長。正当防衛といえど、私もこうして相手を転がしてしまいましたわ。対話で獅子を手懐けることをよしとする婦女の行動の風上にも置けませんわ。今回の件は全て、見なかったことにしていただける?」

「大丈夫だよ。それにほら、俺ただのカフェテリアの店長だし」


 カイはアンジャベルさんとその取り巻きに向き直り、綺麗な辞儀をした。


「それではごきげんよう。次の試験では、また良い勝負を繰り広げましょうね」

「な…………」


 カイは確かめると、私を見て言った。


「さ、行きましょうフェリシア。次の移動教室は遠いわよ」


 カイについていきながら、私はちらりと振り返った。

 アンジャベルさんが憎々しい顔をして、私たちを睨んでいたからだ。

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