第5話 私が目指すのは、自立した強い女魔術師!

 ーー婚約破棄騒動の放課後。


 私はもらったじゃがいもと片栗粉をカフェテリアへとお裾分けした。


「カイ、重くない?」

「平気ですわ」


 カフェテリアの裏で一服していた店長は、私を見て金瞳を見開いて驚いた顔をする。ちなみに店長は赤毛を長く尻尾髪にした男の人で、少し掠れた声がかっこいい二十代くらいのお兄さんだ。カフェエプロンと黒いシャツがかっこいい。飲食物に魔力が混入しないように、薬草を使った魔力煙草で魔力をセーブしてるとなんとか。名前はまだ「ひみつ〜」と言われて教えてもらってない。


「フェリシアちゃんがもらったやつでしょ? いいの?」

「クラスに芋を配ってもみんな困っちゃうと思うし。よかったら使ってください」


 店長は眉を下げ、じゃがいも片栗粉セットを受け取る。


「じゃあありがたくもらうよ。試作品作ったら食べに来な」

「わーい」

「これからカフェ寄ってくだろ? ケーキ、好きなの持ってっていいよ。カイちゃんもね」

「ありがとうございます」


 そんなわけで、私たちは一角で一緒に勉強をする。

 私が選んだのは王道のフルーツタルトで、カイは甘酸っぱいレモンケーキ。

 食べるのもまたマナーレッスンということで、私たちは背筋を伸ばしてケーキをいただいた。


 学年一位の成績をキープし続けるカイのマンツーマンレッスンは、勉強もマナーレッスンも、とてもわかりやすくて助かる。


「カイすごいよね。家庭教師ガヴァネスでひと財産稼げそう」

「これはあくまで先行投資。利害関係の一致。他のご令嬢に教える気なんてありませんわ」

「えへへ」

「何をにやけていらっしゃいますの」

「私が特別なんだなって思うと嬉しくて」

「っ……ポジティブさは見習うべきあなたの美点ですわね」


 ふと、カフェテリアの他のテーブルの声が聞こえる。

 声を抑えながらはしゃぐ、ご令嬢たちの声だ。

 彼女たちは婚約者からもらった手紙を見せ合っては惚気あっている様子だった。


「……いいなあ」


 シモン様に恋はしていなかったけれど、やっぱり婚約破棄されちゃったという事実は、女子として残念だ。


「大丈夫よ。あなたならすぐにまた、きっといい人が現れますわ」

「そうかな〜! カイのお墨付きは嬉しいな!」

「声のトーン」

「あっ 失礼しました」

「……ふふ」


 私が喜ぶと、カイは小さく微笑む。


「恋愛なんて後からついてくるわ。まずあなたの目標は?」

「立派な女魔術師を目指すこと、そのために勉強や、礼儀作法を学ぶこと!」

「わかっているならよろしい。……失ったものに未練がましくしていては、目的を見失うわよ?」

「は、はーい」

は一回!」

「はい!」

「ん、よろしい」


 私たちはおかしくなって、ふふっと笑い合う。 

 ふと視線を感じてあたりを見回すと、男子学生たちがちらちらとこちらを見ているのに気づいた。

 嫌がらせされたらどうしようとヒヤッとしたけれどーー彼らは何事もなく目を逸らしてさっていく。


「あ」


 私はふと気づく。

 ーーそういえば、カイって婚約者とかいないのかな?

 公爵令嬢だし、いるに決まってる。

 コーデリック公爵家は外務省の官僚の名門。彼女の父はその外務省のトップのトップ、外務長官を務めている。

 だから一人だけ人払いした寮の部屋に住むこともできるのだろう。

 改めて、すごい人と親友なんだなと思う。


「ん? いかがなさったの?」


 黙り込んだ私に、カイが小首を傾げて尋ねてくる。

 そして目ざとく通り過ぎた男子学生に気付き、凄まじい昏い殺気を漂わせた目で腰を浮かす。


「あの視線をよこしてきた男子学生が気になりまして? 嫌がらせでもされたの?」

「あああ、違うよカイ、なんでもないの」


 カイを、私は慌てて押し留める。過保護なんだから〜。

 そして改めて、大好きな大親友を眺めた。


 サラサラの銀髪に、吊り目の美しい青い瞳。本当に美人だ。

 令嬢にしては高い身長も、堀の深い凛々しい顔も、すっごくかっこいい。 

 こんな美人を奥さんにする人が、いるんだよなあ……。

 釣り合うような男性が、どこかにはいるんだよなあ……想像つかないけど、きっとすごい美形のはずだ。


「次は私をじろじろ見て、どうなさったの」

「カイって公爵令嬢だから、婚約者はいるでしょう? だからカイと結婚する人は幸せだなあって思ってたの」

「っ……!?」


 カイが顔を真っ赤にさせる。

 意外な反応で驚いた。だって、髪をかきあげて「当然ですわ!」って言うと思ってたから。


「照れるカイ初めて見た」

「っ……あなたって人は……」

「肌が白いから耳まで真っ赤になるの、可愛いねえ」


 にまにまとすると、カイはキッと私を睨む。

 いつものような迫力はなくて、ますます可愛く見える。

 (周りのテーブルの学生が「ひえええ」とか「うわああ」とか言ってるから、みんなには怖く見えるのかもしれない)

 カイは咳払いして、私の手元を厳しくさし示した。


「ほら! 手元がお留守ですわよ! タルトがこぼれそうですわ!」

「あっ! いけない!」

「全く。マナーレッスン、また一からやり直しですわ。店長! 新しいケーキをいただけるかしら」

「いいよ、今日はいくらでも食べていきなー」


 真っ赤になったカイの様子に、店長が苦笑いしながら答える。

 

「カイ、次は何をいただくの?」

「そうね……フェリシアはどうするの?」

「私は悩んでるんだ。チーズケーキと、王道ショートケーキで」

「じゃあシェアしましょう。……マナーの授業では、真似してはだめよ?」

「ありがとう!」


 そして。

 私たちは今日も寮の自室に帰るまで、仲良く放課後を過ごした。


「婚約者……か……」


 ーーカイがちょっとだけため息をついていたのに、私は気づいていなかった。

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