第4話 そして未来は白紙になった。悪くも良くも。

「で、今朝帰ってきて、そして今に至るってワケ」

「……なんてことですの、本当に……」


 カイが青ざめてぎゅっと拳を握ってる。その顔の険しさに、周りの学友たちがビクッと怯えている。

 彼女は美人で迫力がある。

 私はけらけらと笑って答えた。


「ねー。ひどいよね。でも婚約破棄自体は父の一存ではなくシモン様とご実家の決定だろうから、私にはどうしようもないんだよね」

「そんなことなくってよ」


 カイは険しい顔をしている。


「シモン先輩のご実家、ジェンティアナ男爵家はそんなことはなさらないはずよ……彼本人も評判の良い紳士だわ。だから私もフェリシアの婚約者としてまあ、安心だと思っていましたの。……怪しくってよ」

「怪しいって?」

「顔を合わせないように言われていたのよね? 顔を合わせたら、不都合があるに違いないわ。調べてみる必要がありそうですわ」

「いいよいいよ、無理しなくても」

「でも」

「まあまあ。本当にシモン様が私のこと嫌になったって結果が出たら、ショックだからさ」


 彼女がハッとする。私は笑顔でパスタにはしゃいでみせた。


「それよりもさ、パスタ伸びちゃうから食べよ?」

「……そ、そうね。望んでいないことをするのは余計なおせっかいですわね。私としたことが逸ってしまいましてよ」

「ごめんね。心配かけるようなこと話しちゃって」

「いいえ。フェリシアの悩みですもの。話してくれて光栄だわ」

「ありがとう。ふふふ、私は幸せ者だなあ」

「……」


 私が笑顔になると、カイがぐっと辛そうな顔をした気がした。

 しかめ面で髪をかきあげてパスタを食べて、そして独り言のようにポツリと呟く。


「フェリシアはいいなのに、こんな扱い、信じられない……」

「カイだけだよ〜、そんな風に言ってくれるの」


 私が感謝すると、カイはますます眉間に皺を寄せる。


「自己肯定感が低すぎでしてよ。淑女たるもの、怒るべき時は怒る。これは必要なことですわ」

「カイはいつも言うよね、私にもっと怒りなさいって」

「怒りも淑女レッスンの一つでしてよ」

「怒りかぁ〜」


 私はクルクルとパスタを巻き取りながら、怒るって難しいなあと思う。

 だってパスタは美味しいし、愚痴ってすっきりしたし、これ以上憤怒を燃やすのってなかなか難しい。


「ふんぬ」

「声に出しても怒れませんわよ」

「確かに」


 ぱく。私はパスタを食べる。美味しい。


「うーん……怒っても仕方ないしさ〜私にできることなんて、どんな時でも前向きになることだけだよ」


 私もパスタを食べて、そしてにっこり笑って見せた。

 そういう顔をさせてしまったのは申し訳ないけれど、カイが私の分まで怒ってくれるのを見ていると、私も少し、気持ちがスッと楽になる。だからそれでいいのだ。


「えへへ。これで迷いなく、自立した女魔術師の道を目指せるようになったから、むしろいいことかも」

「もう……お人よしすぎですわ、あなたは」


 カイは眉を下げて、少し呆れたように微笑んだ。

 カイは正義感が強いけれど、私が無理に大事にしたくないといえば、それ以上無理をするつもりはないらしい。


 ーーしかし。

 私としては一旦愚痴ってスッキリ終わった話だったけれど、

 カイがこの件をこのまま終わらせるわけが無かった。

 だって彼女は、私のことが大好きな大親友なのだから。


◇◇◇


 翌日のお昼。

 青ざめたシモン様がカフェテリアに従者を引き連れてやってきた。

「え、ええ……シモン様ッ!?」


 婚約して以来ほとんど会っていなかったから、私は驚いた。

 メガネにローアンバーのセンター分けのヘアスタイルがピシっと決まったその姿を、学園内で見るのは初めてだ。だって学年も違うし、三年生は研修で色々と学外にいることが多いから。

 驚いたあまりに、日替わりランチじゃない別のものを頼んでしまった。


「あっ手持ちが……」

「僕が払う! 今日はその牛ほほ肉の煮込みラグーソースのパスタにしたまえっ」

「ええ、でも一番高いメニュー……」


「払わせておやりなさい」


 そう言ってきたのは隣のカイだ。

 腕組みし、冷ややかな顔でシモン様を見据えている。


「お願いだフェリシア、食べてくれ! 牛ほほ肉の煮込みラグーソースのパスタを!」

「そ、そう言われるのでしたら遠慮なく……」


 カフェテリアの席についた私たちは、そこで牛ほほ肉の煮込みラグーソースのパスタをいただきながら、水を飲みながらただただ頭を下げるシモン様の話を聞いた。


「大変申し訳なかった、フェリシア嬢……! 僕の父が君の実家から、『君の素行がとても悪いから嫁にするのは申し訳ない、ぜひ妹君をもらってくれ』と懇願されたらしく……!」

「え、ええー。そうだったんですか」


 びっくりする私の隣で、カイが腕組みしてフン、と鼻を鳴らす。


「そういうことだと思いましたの」

「……カイ、やっぱり動いたのね?」


 私が尋ねると、カイは「知らなくってよ」とばかりに明後日を向く。

 シモン様はただただ頭を下げ、そのまま大きな包みを手渡してきた。


「ただただ申し訳ない。これはまずお詫びの手土産だ、受け取ってほしい。我が領地特産のジャガイモだ」

「え、ええー牛ほほ肉の煮込みラグーソースのパスタもご馳走していただいたのに、そんな……こちらこそ実家がご迷惑おかけしたのに」


 ずずいと押し付けられると、断るのも失礼な気がする。

 私は遠慮しながらも、ありがたくジャガイモをいただいた。


「片栗粉も要るかい」

「あっわざわざどうも……重っ」

「レディにあげるなら郵送にしなさいな、元払いの」


 カイが呆れながら呟きつつ、私の大荷物をさっと持ってくれる。

 完璧な公爵令嬢は重たい荷物も軽々と持てる。すごいなあ。

 私たちの目の前で、シモン様はますますいたたまれなさそうな顔をする。


「……もっときちんと調べて婚約破棄するべきだったのに、父が本当に申し訳ない……」


 そして彼は、こちらの顔色を伺うような眼差しで、消えそうな声で続けた。


「それでだね、フェリシア嬢……こちらとしては改めて、フェリシア嬢との婚約に戻したいのだが……その……」

「はい、私としては是非また今後とも」

「戻せないんだ」

「…………えっ」

「……」

「も、戻せないんですか?」


 困った顔をする彼を見下ろし、カイはパスタをゆっくり咀嚼したのち言い放った。


「できませんものね? だって一度婚約破棄してしまえば法律では同じ相手と結婚できませんもの」

「そうなんだ!」


 知らなかった。だからこんなに青ざめているのか。

 シモン様はカフェテリアの床で土下座した。この国は異世界移民の影響で土下座の文化がある。


「すまない、君を婚約破棄された令嬢という立場にしてしまって……父が改めて詫びに来る。本当に申し訳ない」


 私はフォークを置き、頭を下げるシモン様に首を横に振った。


「顔をあげてください。騙したのはそもそもうちの実家なので、むしろこちらの落ち度です。決まってしまったことは仕方ありませんので、前を向きましょう! シモン様、義妹と幸せになってくださいね」

「……君は本当に……いい子だったのに……すまない……」


 肩をしょぼんと落として、シモン様とその従者はゾロゾロと帰っていった。

 私はカイを見た。


「カイ、調べてくれたんだ」


 カイは気まずそうに、銀髪をさらりとかきあげて顔を背ける。


「……勝手なことをして悪かったですわね」

「ううん。カイの正義感が強いところ、かっこよくて好きだもん。ありがとう、調べてくれて」


 私が彼女を見上げてにっこりと笑うと、彼女は頬を染めて、ぷいと顔を背けた。


「あ、あなたが危なっかしいからですわよ」

「えへへ。……まあいっか。これからは将来の目標、頑張って見つけていかないとね!」

「女魔術師になるんじゃなかったの?」

「うん。それは変わらないよ。でも婚約者ありきの未来予想図だったのを書き換えないとね。就職とか、ゼミとか、色々」

「そう」


 カイは目を細めて笑う。

 少しホッとした様子だった。


「うん、シモン様との婚約が終わっちゃったのは残念だけど。 私は落ち込んでる暇はないよ!」

「フェリシアのその元気、見ていると私も元気になるわ」

「……えへへ、カイが元気になるなら嬉しいな」


 私も微笑む。

 カイが嬉しいなら、私も嬉しい。カイに釣り合う友達に、少し近づけた気がするから。


「バリバリ勉強して……自立した、女性魔術師になるぞー!!!」


 私は空に向かって拳を突き上げた。

 私の学園生活は、これからだ!!!

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