第3話 入学早々婚約破棄
あの日から私はジキタリス寮で過ごすことになった。
私をいじめていた令嬢たちは、私がジキタリス寮に住むことになったと知ると、ピッタリと嫌がらせをやめた。
私がいじめられなくなったことで、何かと気にかけてくれていたカフェテリアの店長はホッとしてくれたようだったし、私もしっかり睡眠をとって、元気にご飯を食べて、勉強にしっかり打ち込むことができるようになった。
「やっぱ学生は学業よ、学業。しっかりやんな」
店長は店の裏で、魔法煙草を燻らせながら私にそう言った。
「はい! カイみたいな綺麗でかっこいい女魔術師目指します!」
「あはは、それ毎日3回くらい言ってるよね」
よーし!勉強に魔術に、頑張るぞー!
◇◇◇
そんな風に意気込んでーーカイと仲良くなって、一週間ほどが過ぎた頃。
学園入学にあたっての、式典やパーティ、学力検査、体力測定と言った行事が終わり、ようやく来週から講義が始まるといったところになった。
一緒にカフェテリアで昼食をとっていると、カイがそういえば、と話しかけてきた。
「あなた週末いなかったわよね。何をしていたの?」
「ああ、うん。婚約破棄されてきたんだ」
「こ、」
昼食どきのカフェテリアに、カイの裏返った声が響く。
「ええ……婚約破棄、ですって!?」
「カイがそこまで大声だすの初めて聞いたなあ」
「どうして平気そうでいらっしゃるの、フェリシア。一大事ではありませんの」
「えへへ、カイ優しいね。すごく動揺してくれてる」
「そういう場合じゃありませんわッ!」
黒いチョーカーに手を添え、青ざめた彼女の様子に、私は「優しいなあ」と呑気に思った。
今日のパスタは王道トマトソースパスタだ。
器用にクルクルとフォークで巻きながら、カイは声のトーンを落として尋ねてきた。
「一体どういうことですの。詳しく説明して頂かないと困りますわ」
「少し話し長くなっちゃうけど、いい?」
「当然ですわ。だって他ならぬあなたのお話ですもの」
カイは険しい顔をして、身を乗り出して私の話に耳を傾ける。
うーん、美人って険しい顔をしてもすっごく綺麗なんだなあ。
「……」
「何か話しなさいよ」
「あっごめん、カイに見惚れちゃってた」
「あなたねえ」
「えへへごめん。えーと、私、昨日実家から呼ばれて帰省したじゃない?」
「フェリシアに対して失礼なことしか言わない、あの愚かなご家族ね」
「結構バッサリいうよねえ、カイ」
私はそれから、帰省した時の話をカイに話した。
◇◇◇
私の実家はヴィルデイジー男爵家。
莫大な富を築いた祖父の代から半ば無理やり王様に爵位を与えられた、いわば新興貴族だ。ちなみに爵位を押し付けられた理由は徴税のためとか。ひどい。
そして父の長女として私は生まれた。
は体が弱かったので私が10歳の時に亡くなった。とても優しい母だった。
そこで案の定、父は義母と連れ子の義妹を連れてきた。
義母と義妹は金髪で第一印象から「薔薇の花みたい!」と思うくらい美人母娘。
マリアンヌとルジーナ。名前もすっごく華やか。
彼女たちを迎えて早々、父は笑顔で言った。
「よかったな! ようやく家が華やかになった! あの本ばっかり読むブスしかいなかったからな」
酷い言い方だ。
元々父は私の容姿を見下していた。
「ブスだなあ」
「顔が悪い上に勉強が好きだとか、ますますブスだなあ」
「もう少し痩せろ」
「いやもう少し太れ」
適当な罵倒にも程がある。
そんなわけで、母の死をきっかけに思春期に突入した私としても、父があまり好きではないタイプだと感じるようになっていた。
ーーそもそも。私のスペックは大体父親似だからなんだけどなあ。
もちろん父が苦手とはいえ、庇護下にある娘としての弁えはわかっていた。
だから表向きは従順な娘のふりをしていた。
けれど、ベタベタに父に懐く美人の義妹と比べたらまあーーそりゃ可愛げなく見えるもので。
私を守ってくれる母はいないし、義母と義妹は私を何かとからかうし、居心地は悪かった。
けれど私には夢があった。
魔術学園に入るという夢が。
亡き母は元々魔術の先生をしていて、とても優秀で強かったらしい。
そんな母に憧れて、たとえ将来結婚して家庭に入るとしてもーー自立した女性になりたかったのだ。自立した女魔術師なら、女として魅力のない私でもお婿さんにとって価値があると思えるから。
だから勉強を頑張って、私は奨学金をもぎ取った。
もちろん婚約者がいて、いずれ婿をもらって家を継ぐことになるけれど。
婚約者と結婚するまでの期間は自由に過ごしていいと許可をもらった。
父も義母も義妹も私が家から消えるのは大歓迎なので、叩き出すように学園へと出してくれたのだ。
そんな実家から久しぶりに呼び出されたので、私はら実家まで日帰りで帰省していた。
実家からの愛は諦めているとはいえ、呼び出されると嬉しい。
ノコノコと戻った私は、荷物を持ったままの状態で、父に玄関ホールでこう言い渡された。
「お前は婚約破棄された。シモン・ジェンティアナ男爵令息を婿に迎えるのは、妹のルジーナになった」
「えっ」
シモン・ジェンティアナ男爵令息は、魔術学園の三年生。
メガネにセンター分けの生真面目そうな人だ。
なんでも祖父の代からの決まり事で、うちと結婚することになっていたんだとか。
「というわけだ。だから学園でも二度とシモン・ジェンティアナ男爵令息と話すんじゃないぞ。令息のご卒業まで視界に入らないように、学園ではこそこそ隠れていろ、わかったな、よし帰れ」
「えっ待ってください、もう外は夜ですが」
聞きたいことは色々あるけど、とにかく寝床がないのは大問題だ。
大慌てする私に、父は鼻でハンと笑う。
「生意気に学問を修めているのなら、その頭でなんとかしろ」
「おっ、お願いしますせめて今夜一晩だけでも」
私が懇願すると、父は満足したように顔を歪めて笑った。
「ったく。しょうがないから一晩だけは使用人の部屋で寝ることを許してやる」
「ありがとうございます」
「お前はこれからは実家に頼らず、一人で生きられるようにしろよ。まあ女ひとりで放り出されて生きられるとは思えないがな。自己責任だ自己責任」
「……わかりました……」
「ほほほほほ」
上の方から笑い声が聞こえてくるから頭をあげれば、玄関ホールを見下ろす位置から義妹と義母が笑っている。どさり、と荷物を落とされた。妹が言う。
「それ、残っていたお姉さまの荷物と、死んだ前妻さんの形見よ。明日持っていきなさい」
「優しいわねルジーナ。こっちで燃やしてもよかったのに渡すなんて」
「ふふん、こんなもの、不燃ごみで出すのも面倒だしね」
「ははは、二人は可愛いなあ」
そうやって笑う。
二人は家格にそぐわない、王室御用達の流行のガウンをまとっている。
光る指輪も、多分すごいカラット数だーー父の代になってから、どんどん商会は傾いてるのに。
私はちょっと呆れ、改めて父を見た。
「あの、お父様……あの二人の買い物、ちょっと……まずいのでは」
「ガハハ、誰がお前の話なんか聞くか」
「ほーっほっほ」
「がーはっは」
「うわあ話聞く耳持ってくれない」
とほほ……と肩を落としながら、私は「おやすみなさい」と告げて、使用人用の寝室に向かい、使用人の皆さんに同情の目を向けられながら丸くなって目を閉じた。
義母も義妹も、父の羽ぶりが良いばっかりに調子に乗ってるんだよなあ。
本当の家計は火の四輪駆動なんですよって、祖父の代からの執事が書類ビリビリに破ってヒステリー起こしながら辞めていったっけ、と思い出す。
目を閉じると、父と義母のどんちゃん騒ぎが聞こえる。また盛大なパーティを開いているんだ。私はもちろん、その場に呼ばれることはない。
◇◇◇
「……って感じで、まあ父からは婚約破棄を告げられて、荷物まとめて、あとゴミ出しの手伝いとかして、残った使用人の皆さんに『あとはよろしく』って頭下げて出てきたの」
ここまで一息で話して、私はカイに肩をすくめてみせた。
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