第2話 私、あなたみたいになりたい
魔術学園は全寮制だ。
私は平民・新興貴族出身の人々が集まったシェパーズパース寮の端、使用人用の部屋のあまりで寝起きしていた。奨学生用の部屋はここだ、とあてがわれていたのだから従うしかない。
学園の裏手にあるいくつもの寮棟、その中でも一際目立つ白塗りの寮に連れて行かれる。
私は慌てた。
「こ、ここジキタリス寮……ッ! キーリー・ジキタリス学長の名を冠した、一番高貴なご令嬢が集まる女子寮ですよね?!」
「そうよ。何が悪いの?」
「わわわ私には不相応です」
「不相応上等。それくらいの気概はお持ちなさいな、奨学生でしょう」
「つよい」
彼女は堂々と大理石の床を鳴らして歩く。私は後ろからおどおどとついていく。
半日授業の日の昼下がり、寮に帰る人もいないのか、廊下は私と彼女の貸切状態だ。
虹色の光を乱反射させる銀髪をゆらゆらと揺らし、先を行く彼女は話した。
「あなた、貴族令嬢としての礼儀作法やマナーを学んでいないのでしょう?」
「……はい」
私はしょげる。
父は私にそういう勉強も一切させてくれなかったから。
商人の娘として人前に出ることはあったから、平民としては無難な礼儀作法は身についているとは、思う。
けれど貴族特有の慣習に基づいたマナーや、空気の読み方のコツはさっぱりわからない。
それでいて貴族と婚約させようとしているんだから、父も不思議な人なんだけどね。
「魔術学園に入り、今後魔術職を志望するのなら貴族の礼儀作法を身につけるのは必須教養よ。何せ、まだまだ魔術職は『青薔薇の職』と呼ばれているのだから」
彼女は私を振り返る。そしてまた、ビシッと私を指差す。
「だから尚更、私の隣室に入ったほうがよろしくてよ、フェリシア・ヴィルデイジー。気を抜けない場で寝起きし、徹底的に体に礼儀作法とマナー、気位の高い貴族令嬢たちの生態を学び、上手に転がす方法を覚えなさい。悔しいでしょうけれど、学園中より外はもっと新興貴族の魔術職には厳しくってよ。そんな中でも、あなたが生きていくための術を身につけなさい、私の傍で」
「……」
「どう? 怖気付いたかしら?」
「いや、……なんで、そこまでしてくれるんですか?」
「気まぐれですわ」
「気まぐれ!?」
彼女はふん、と髪をかきあげる。
「私は事情あって、あまり色んな令嬢とお近づきになるわけにはまいりませんの。けれど友達を作りたくないわけではなくってよ」
「で、でも私みたいなのと付き合ってたら引かれるとか?」
「違いますわ! 授業でペアを組んだりする時に、困るじゃない」
「ああなるほど」
「それにあなた、『私みたいなの』ってなに? 私が声をかけて交友関係を 持とうとしているのだから、もっと自信をもちなさい」
「で、でも……」
「くどいわね。どうしても気後れすると言うのなら、あなたも背筋を伸ばしてシャンとして、私の友達に相応しく堂々となさい」
「……優しいですね」
「優しいのではないわ。あなたが放って置けないだけよ、私の勝手。だからあなたも負担に思う必要はないわ。好きでやっているのだから」
彼女は私を寮の最上階、さらに一番奥の突き当たりの部屋に連れていく。
確かに同じ階には他に住んでいる人はいなさそうだ。
北側の一番暗い部屋の前で、彼女は微笑んで隣の部屋に案内する。
「ふふ……掃除は入っていないようだから、しばらくは掃除が大変でしょうけれど」
「うわー! 綺麗! 可愛い! おとぎ話みたい!」
「……」
「あっごめんなさい、テンション上がっちゃって」
「……その明るい笑顔を堂々と表に出しなさい。まずはそれからよ」
はしゃいだことを怒られるかと思いきや、意外だった。
私は目をぱちぱちと瞬かせる。
「貴族令嬢ってそういうのダメなんじゃ?」
「あなたの場合は、顔色を伺っておどおどとしてしまうのが悪手なの。元々の性格や気質は変えられないのだから、まずは堂々とした振る舞いを恐れないこと。そこかから始めなさい」
「は、はいっ」
「ふふ。よろしくってよ」
カイは綺麗に微笑む。私は胸が高鳴る。
なんて綺麗でかっこいい人なんだろう。
私に与えられた隣室は、元の住人がそのまま置いていったのだろう、ピンク色の調度品でまとめられた小洒落た部屋だった。固い板張りの上で寝なくてもいいだけで、最高に嬉しい。
部屋に入る私に、彼女が告げる。
「バイトもやめなさい奨学金でなんとかなるでしょう?」
「……それ、は……」
「……理由があるのね?」
口籠る私に、彼女はそれ以上追求しなかった。
「わかったわ。私に言いにくいならコーデリック公爵家のアドバイザーを今度呼んであげる。守秘義務があるから、あなたのお金の事情に公的な援助がつかないか調べてあげられるわ」
「いいんですか……?」
「文房具や生活費も教務課に相談次第で案外どうにかなるのよ。一人で行きにくいなら私も同席するわ。あなたが働きすぎて疲れて、学業の障りになったら無意味ですもの」
「……神だ……」
「その代わり。私の学友として、恥ずかしくない成績を修めなさい。よろしくって?」
「……いいんですか……?」
「二言はなくてよ。まずは学友の私に対する敬語をやめなさい、フェリシア・ヴィルデイジー。同級生相手に敬語で接しているうちはまだまだよ」
「あ……ありがとう!」
私は彼女の手を掴んで、感謝の気持ちを伝えた。
彼女はちょっと目を大きくしてびっくりすると、頬を赤くして咳払いする。
「あなた、それにブスでも地味でもないわよ」
「えっ」
「ふわふわのミルクティ色の髪も、大きな垂れ目も可愛らしいじゃない。祖母が愛していたトイプードルを思い出すわ。元気に耳をふわふわさせて、庭を駆け回って転がって……」
彼女は懐かしむような目をした後、私の目をしっかりと覗き込んで言った。
「呪いの言葉、お忘れなさい。……そうね、私が魔法をかけてあげる」
そう言うと、カイは襟のリボンタイを引き抜く。
そして「失礼」と言うと、私のリボンタイを外し、サッと交換した。
「あ……」
至近距離でいい匂いがする。
リボンのホックを首の後ろで留めながら。
唇が触れそうな距離で見つめて、カイはニコリと微笑んだ。
「いいこと? このリボンはお守りよ。……あなたが、堂々とした立派な女魔術師になるための」
「……いいの……?」
「ええ。お守りは大事よ。心を強くしてくれる。……私も、お守りがあるもの」
リボンをつけ終わり、軽く整えて彼女は離れる。
そして首のチョーカーに軽く触れたのち、彼女は眉を下げて優しく笑う。
姿勢を正し、とても綺麗な所作で私に辞儀をした。
「私の名前はカイ。コーデリック公爵の娘ということになっているわ」
「カイ様……」
「カ・イ」
「はっ……! カ、カイ! よろしくね、カイ!」
「ええよろしくね。フェリシア。仲良くしましょう」
私たちは改めて、きちんと握手を交わす。
カイの手は少し大きくて、しっかりとしていて爪の先まで綺麗だった。
私は気持ちが高揚していくのを感じる。
今、私は人生で大切な瞬間にいるような気がした。
私はカイを見上げた。
「ねえ、カイ」
「ん?」
「私……カイみたいになりたい。カイみたいに堂々として、綺麗で、かっこいい人になる」
「光栄だわ」
私たちは微笑みあった。
ーー私は目標ができた。
お母さんのような、自立した女魔術師になること。
そしてカイのように、キラキラとしたかっこいい女の人になること!
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