第171話 焚き火は語る

「踊る道化師について話せ?」


結局。

山中で日は暮れて。ぼくとアデル、それに、フィオリナか、リウのかなり高位の武将であることはほぼ確定したジエロくんは、馬を繋いで、焚き火を囲んだ。


踊る道化師について、もっと知りたい、というのが、簡単なスープで、夕食を済ませたあとのアデルのリクエストたった。


「世間に出回ってる噂程度しか知らないよ。」

ぼくは、陶器のポットに湯を沸かしながら言った。不思議にも思えるかもしれないが、ぼくが魔法を便利だと思うのはこんな時だ。

「でもまあ、噂話ならアデルよりも詳しいかもしれないよ。なにをききたい?」


「いろいろ、あるけど。」

アデルは、目を光らせてうずくまった。

「まず、なぜ、あなたは魔王を迷宮から出したの?」


「あなた、ではない。」


「じゃあ、『あなた』でなくてもいいわ。」

アデルは、拗ねたように、唇を尖らせた。

「アレを魔王宮から、出したのは元グランダの王子ハルトね?」


「ゲオルグさんの説によればそうだ。」


「説によれば? 説によれば、としたわね。じゃあ、わたしの大事なルウエンはその説には反対なのかしら?」


「えーっと、ね。」

ぼくは、ためらった。ためらいなごら答えた。

「全部荒唐無稽だって、言い切ることも出来るけど、そういう解釈は成立できるなあ。」


「なるほど! なら、ゲオルグの説をもう一度おさらいしましょう。

長子で、王太子でもあったハルトは、ときの王から王位継承をかけて、『魔王宮』にて、最強のパーティを育てるよう命じられた。」


「そこまでは、グランダの歴史書にも書かれている。」


「この時点で、次兄エルマート王子、いまのグランダ公国エルマートを後継者にしたかったグランダの先王は、あからさまな依怙贔屓をおこなった。

エルマートには、西域でも指折りの冒険者パーティ『燭乱天使』をつけた反面、ハルトには、なにも与えなかった。それこそ、グランダの冒険者は、『燭乱天使』にビビりまくって、哀れなハルトを助けようとするものは、誰もいなくなったくらいに!」


「そういう、舞台劇もいくつかあったみたいだけどね。あまり、人気はなかってようだよ。」


「さあ。ここで難問です。」

「問題です!じゃなくて? 難問限定なの?」

「ハルトは、そのころクローディア公爵家の一人娘とご婚約中であらせられた。」

「ジェインは、そう記憶してたね。」

「ジェインは、アレの記憶をコビーされた魔道人形よ。」


ぼくは肩を竦めて見せた。

「まあ…魔道人形の記憶の操作については、いろいろと語るところはあるかもね。」


「話をそらさないで!

なら、なぜ、じっちゃんはあなたを助けなかったの? あなたはじっちゃんに助けを求めなかった?」


「ぼく、じゃなくてハルト、ね。」


「はいはい、わかりました。そのハルトがなぜ、クローディア公爵家を頼らなかったのか、教えてくれる。」

「ええっと、あくまで推測にはなるんだけど、」

「はい、分かった。ようそろ、水族館どうぞ。」


ぼくは、“収納”から、一冊の本を取り出した。

「ちょうどそのころのグランダの王立学院の教科書、だ。これによると。」

ぼくはパラパラとページをめくる。

「クローディア公爵領はのちに、一部領土を増やして、クローディア大公国として、独立することになるんだけど、単純な軍事力ならば、当時既に、グランダを凌いでいた。

精強なる騎士団、公爵閣下を筆頭おした戦功赫赫たる武人たちが揃っている。

また、グランダは当時、首都における常備軍をほぼ撤廃してしまっていたために、単純なクーデターなら、成功する可能性が高かった。」


「それなら」と、アデル言った。「そらならさ。」


「しかし、そうなればなったで、各地の守備隊はそれぞれ反乱を起こすだろう。北方諸国の介入もあるかもしれない。それでもクローディア公爵家は、勝つ。」

「あの。」

アデルは恐る恐る言った。

「それは、戦争によって被害がでることを心配しているの?」

「ぼくじゃなくて、ハルトが!」


「わかったわよ。」


アデルは、ぼくが差し出したマグカップからお茶をすすり、ため息をついた。


「あなた…じゃなくて!ハルトくんはそういう奴だったとしましょう。

だったら、王位継承権なんてほったらかして、アレと北の地で仲良く暮らしたら良かったんじゃないの?

じっちゃんは、懐の深いひとだから、それだって認めてくれたと思うんだけど。」


「もうひとつの問題。これはゲオルグさんもまだ、唱えていない説なんだけど、当時の王妃であり、エルマートの実母メアは、かの闇森のザザリの転生体だったんだよ。」


「それは…聞いたことがある。」

アデルは、頷いた。

「アレの母親だってことでしょ?」


「まあ、そうなんだけど、当時、ザザリは酷い転生酔いの最中にあってね。前世と今世の記憶がグチャグチャになって自我を保てなくなる症状だったんだ。」

ぼくは、右手の人差し指をたてた。

「今世のメアは、わが子エルマートを王にしたい。」

今度は左手の指を立てる。

「前世のザザリは、不幸な人生を歩んだリウに、人の王として満ち足りた人生をおくらせたやりたかった。」


ぼくは、指を交差させる。


「かくして、彼女はこう考えた。

リウの魂をエルマートに移植すれば、彼やその側近たちを悩ませた魔素の過剰流出もなくなる。

これですべては、上手くいく、と。」


「ちっとも上手くないじゃない。

魂の移なんていっても、それは単にエルマート程度、消えてなくなるわよ?

で、おまけにアレも」

父親も母親も「アレ」ですますな。分かりにくい。

「その、力を発揮できなくなるばかりか、たかだか数十年の寿命を全うするのがせいいっぱい。

誰がトクをするの?」


「ちなみに、一番損をするのは、ハルト王子なのは間違いないだろう。

酔っ払いの思いつきはそんなもんさ。」


「要するに、あなたが、クローディア侯爵領に引っ込んでも、ザザリは満足しないと?」


「あなたじゃなくて、ハルト、ね。」


「もう!」

アデルが差し出したカップに、お茶を注いでやる。あと寝つきがよくなるように少しだけお酒も。

「それで、なんで、魔王と階層主でパーティを組むことを考えたの?」


「だされた課題は、最強のパーティを作れ、だろう?

その課題に答えているあいだは。

つまり、相手の手のひらで踊っている間は、ザザリといえどもそれ以上のことは、出来ないんだ。」


ぼくは、あの嫌な笑い方をしていたのかもしれない。

アデルの顔色が少し悪くなっていた。


「どこへ行く?」

ぼくの足は。

ジエロのマントの端を踏みつけている。

その顔色は、素焼きの土器よりも色が悪い。アデルの比ではない。


「お、お、おまえら、いったい何者なんじゃっ!」

年寄り臭い声で、突如ジエロ少年は叫んだ。


「まず、自分から名乗れ。」

ぼくは冷たく言った。

ジエロは、ぐぬぬ、と呻きながら答えた。

「“女神”の百驍将“森羅万象”ポポロ。」


「そうかい。それはどうも。こっちの女偉丈夫が、リウとフィオリナの一人娘アデル。で、ぼくが見習い魔道士のルウエンです。よろしく。」


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