第172話 もうひとりの賢者
「見習い魔道士? ルウエンだけ、ずるくないか!?」
アデルが怖い顔をした。
ぼくが、なにものか知られてしまえば、彼女にドンびかれるのではないかと思っていた。
なにしろ、彼女の母親の元婚約者、伝説の“踊る道化師”の創立者。
だが、いまのところ、アデルにはぜんぜん、そんなところはない。
思えば、アデル自身が、いまこの世を戦乱に巻き込んだ“黒の御方”と“災厄の女神”の血を引いている。
ここまで、いかに孤独であったことか。
恐らく周りを見ても、祖父である前クローディア大公とその妻アウデリアさんをのぞいては、彼女をまともな人間として見てくれるものは少なかったらはずだ。
まあ。
ある意味似たもの同士、と言えるのだ、ぼくとアデルは。
「そうだよ。どっからどうみても見習い魔道士ルウエン。」
「なんだか納得いかない。」
アデルは逃げようとして、ぼくの踏んずけたマントを外しにかかったポポロの襟首を掴んで、ぼくと、アデルの間に放り投げた。
「おまえのやったことは、気に食わない。」
アデルは、牙をむいてポポロを覗き込んだ。
「あの山賊どもは、おまえの手下だな、ジエン、いやポポロ?」
「そうじゃ。」
ポポロは、悔しそうに言った。
「わしは、おまえらが聞こえるように商人を襲撃し、おまえたちが到着後する直前に、商人の死体の下に隠れた。」
「わたしたちと接触するためにか?」
「そうだ。」
アデルは座ったまま、ポポロの胸ぐらを掴んで、地面に叩きつけた。
ぐえっ。
と、妙な声をあげてポポロは、這いつくばった。
「くだらん。もし、わたしたちと接触したければ、堂々と名乗って目的を告ればいい。
無駄な血を流すな。2度目はない。」
アデルはぼくを向き直った。
「気がついてたか?」
「うん。」
と、ぼくは頷いた。
「手練の盗賊が襲ったにしては、荷がしょぼすぎる。ぼくらが盗賊を追うとしたのを邪魔するように助けを求めた。それに、アデルを口説こうとしてた。」
「わ、わたしがっ!」
アデルの額につうっと汗がしたたる。
「美少年タイプに弱いんだな。」
「こ、好みのタイプが遺伝してたまるかっ! だいたい、ばっちゃんは、ちょっとゴツくて髭ズラの逞しいのが好みなんだぞ!」
例えば、目の前のアデルの祖父にあたるクローディア陛下のように、か。
ぼくが、無意識にあごの辺りをさすっていたのをみて、アデルはすまなそうに言った。
「いや、なんていうか。ルウエンはまた別、だからな。」
「別腹? 」
「デザートみたいにいうなっ!」
ぼくは、アデルに叩きつけられたポポロに治癒魔法をかけてやった。
白い光がポポロの体にまとわりつくように明滅する。
「なぜ、こんなことを」
ポポロは呻いて、それでも痛みが楽になったのだろう、体を起こした。
「百驍将第七席ポポロと言えば、フィオリナのだいのお気に入り。言葉一つで、国を争いに導きまた、争いを鎮めることもできる。その万能ぶりからついた二つ名は“森羅万象”。
ここまではあってますか?」
ポポロは、チラリとアデルを見やった。
自分の母親ともデキてる男から、自分も口説かれるというのは、なんとも居心地の悪いはずだった。
が、アデルの表情に変化は見られない。
「ぼくは、“女神”の言わば愛玩物ですよ、ルウエン、アデル。」
ポポロは、もとの少年の口調に戻った。
「確かにそれなりに、お役には立っているという自負はありますが、不要になればあっという間に切り捨てられる。それだけの存在です。」
「違うんです、ポポロ。あなたを人質にとってどうこう、というつもりは無い。」
「なら、なぜわざわざ傷を?」
「あなたは、身体に傷を負っていては、充分な能力を発揮できないそうですね?」
ポポロは黙った。
これは、ロウ=リンドからきいた情報だったが、当たり、だったのだろう。
「……そうだよ。ぼくの“説得”は、身体に傷を負った状態じゃあ、使えない。」
ポポロはしぶしぶと頷いた。
「だからといって、別にぼくを捉えておくだけなら、命に関わるものでは無いぼくの毛がなど放っておいてもいいはずだ。」
「いや、別にその“説得”なる言霊魔術は、どうでもいいんです。」
ぼくの言葉に、ポポロは呆然としたようにぼくを見返した。
「どう、で、も、いい?」
「はい、どうでもいいです。たかだか、あのアホたちの夫婦喧嘩の仲裁もできない程度の能力。」
ぼくは、ポポロに詰め寄った。
「なにが“森羅万象”ですかね?
あの二人の対立のせいで、西域から中原はズタズタだ。あるべにだっま未来は失われ、街は焼かれ、難民はあふれ、残った国でも、子どもまでも兵士に動員されている。
あの二人がケンカをやめればすべて、終わりにできるんです。」
アデルが、ぼくの肩を叩いた。振り返ると彼女は首を振った。
「ポポロをせっかく回復させたのに、また、気絶させるつもり?」
「ふ、ふうふげんかのちゅうさいって、むずかしいんだよ、ルウエン!」
真っ青になりながら、やっとポポロはそれだけを言った。
「まあ、ですので。」
ぼくは、座り直した。
「ポポロ。あなたのその小手先の技前はどうでもいいんです。
百驍将でなければ、“調停者”となるに相応しいその頭脳をしばし、お借りしたい。」
「…というと?」
「ぼくらは、かの“踊る道化師”を復活させ、その威をもって、フィオリナとリウを説得しようと思っています。」
「“踊る道化師”を!?」
ポポロは、しばし、暗い夜空を見上げてから、視線を戻した。
それは、なにかの企みを抱く者のそれではなく、真面目なときのボルテック卿、神様モードのアキル、落ち着いてる時のアウデリア…つまりは、人を超えた知性をもって、人の世を眺めるものの眼差しだった。
「無理です、ルウエン。」
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