第169話 毒虫侵入

クローディア大公国は、名馬の産地でもあったので、アデルが乗馬が苦手なのは意外だった。


大公閣下は、乗馬も馬車を走らせるのもどちらも堪能だったので、これはアウデリアさんのせいだと思う。

あの体格を乗せられる馬は、それこそ、クローディア大公国でも無ければめったにいない。

加えて、アウデリアさんはその気になれば、馬より早く走ることが出来た。


そんなわけで、ぜんぜん乗れないこともないのだが、乗らずにすむならそれで済ませたい、というのがアデルの心境のようだった。


しかたなく、ぼくが荷馬車の馭者席に座り、アデルは、ジエロとともに荷台に腰掛けた。


ぼくの計画では、この街道をショートカット。崖をよじ登ることで、今日中にユーロスに着くつもりだったのだが、荷馬車をひいているのでは、それもままならない。

道中、一回は野宿をすることになるのだろう。


道の状態はあまり、よくはない。

注意して誘導してやらないと、馬たちが足を痛めたりするかもしれない。

ジエロは、少しの間、アデルの太ももをひざ枕に眠っていたようだが、目を覚ましたらしく、しゃべり声が聞こえてきた。

積み上げられた荷物は、大きな布袋に入った穀物だ。


はて?

盗賊に、熟練した特殊部隊並の練度があっても驚きはしないけど、そんな凄腕が、この程度の荷物を狙って、護衛付きの馬車を襲うのだろうか?


「ほんとは、家出するつもりだったの!?」

「アデルおねえちゃん! 声がおっきいよ。」

「別にこんな山の中、だれもきいてないわよ。じゃあ、あそこで殺された商人や冒険者は。」

「近所の卸問屋さんなんだ。」


ジエロは、可愛らしい声で続けた。


「ユーロスの市場は、有名だから見物に行きたいって言って、連れてきて貰っただけで、ホントの叔父さんじゃないんだ。」

「家出、なあ。」

アデルの不機嫌な顔が、目に浮かぶようだった。

アデルも置き手紙1枚で、祖父母のところを出てきてしまっているので、あまり、他人を責められる立場ではない。

「家出して、どうするつもりなんだ?」

「ぼく、冒険者になりたいんだよ!」

ジエロは、叫ぶように言った。

「お姉さんも冒険者なんでしょ?

ぼくをお姉さんのパーティに入れてくれないかなあ。きっと役にたつよ!」


一瞬の沈黙は、アデルのためらいを表したものだった。

いや、ためらうなよ。


「…ジエロ。おまえはなにが出来るんだ?」


いや、なんとかしてやろうと、思うな。


「読み書きとか、計算は出来るよ。

あと、契約書を書いたり、書かれた契約書の内容をチェックしたりも出来る。」


へえ。

ぼくは感心していた。ここで、町内では剣で誰にも負けたことはない、とか学校では魔法の授業はいつでも一番で、とか話し出すのは、どちらかと言うとやっちゃいけないのとなのだ。


どちらも実戦では、役にたたないばかりか、へんな自信は、成長を妨げる。あと、


ちなみにとてもよく死ぬ。


その反面、事務仕事ができるものは、ある程度、軌道に乗ったパーティでは重宝されるのだ。

なにしろ、腕一本でのし上がった連中である。

ギルドに出す報告書一通、役所に申請書、銀級以上になれば依頼者貴族な富豪が増えてくる。そんなときにまともな書簡のやり取りもできぬようでは舐められるので、代書屋を使うのだが、彼らに支払う代金がまた、エグく高い。

そんなふうになって、はじめて気がつくのだ。

ああ、仲間にちゃんと文が書けて、収支の計算ができるやつが必要だ、と。


「なら、ランゴバルドの冒険者学校に入ったらどうだ。あそこなら、仲間も見つけやすい。冒険者に必要なノウハウも教えてくれる。」

「うん、それも考えたんだけどね。」


呼吸が僅かに乱れたので、ぼくはそっと、後ろを見やった。


ジエロ坊やは、疲れたように、アデルの胸に頭をもたれかかっている。

アデルの胸は、まあ母親よりも祖母譲りに、それはなかなか見事なものなのだ。

スキンシップにしては、やりすぎだが、相手が子どもなので、アルデは、とっさに払い除けたり、怒鳴りつけたりできないでいる。


「ぼくは、グランダの魔道院に入りたいんだ。正直、剣はさっぱりなんだけど、魔法のほうはまだ修練しだいでのんとかなりそうな気がする。」

「へえ。」

アルデがマヌケな超えを出した。

「わたしたちもグランダに行く途中のんだ。」

「ほんと!」


なにが後ろで行われているか、見ないでもわかる。

ジエロが、アデルに抱きついたのだ。


「よかった!…ぼく、ほんとは心細かったらんだ。町を離れたのは生まれた初めてだし、グランダももちろん、はじめて。

なら、少なくともグランダまでは、一緒だよね!?

グランダは、なにかの任務で行くの?」

「い、いや…任務、というか。昔、拳の修業をつけてくれた恩師に会いにいくんだ。ジウル、という。」

「え、魔拳士ジウルさまを知ってるの!?

ぼくのあこがれのひとなんだ。」


紹介してよ!

いや、おまえは魔法使いになるんだろう?あれは拳士だぞ。

でも。魔道院の前代表の曾孫さんのんでしょ。話をさせてよ。ぼくあのひとのファンなんだ。

そ、そうなのか?

もし、ぼくがジウルさまに弟子入りしたら、おねえちゃんの弟弟子だね!


なるほどなるほど。


ぼくは、馬を操りながら、心の中で独り言をつぶやいた。

アデルはもともと人付き合いの苦手な、とっつきの悪いタイプなのだ。

その心に入り込むこいつは。

なんというべきなのだろう。

話術士? 詐術士?

確かに言葉の力は、森羅万象を動かすこともあるのだが。


こいつが、百驍将かハタモト衆でなければ、ぼくはかえって驚くだろう。



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