第168話 お約束の展開
こういうときは、ジャンプして風魔法で滑空だろう。
鋼糸を枝に絡めて、木々を飛び移りながら、ぼくは思った。
鋼糸技は、修練が必要だから、ともかく、アデルなら樹木のうえまで、のぼって、そこから木々の間を飛んだ方がよっぽど早い。
そう、ぼくは思うんだが、なんで、木をなぎ倒して突進する必要があるのだろう?
しかも。
こっそり近づいた方が、なにかと先手を取りやすいのに、戦いの雄叫びをあげちゃうのはなんでなんだろう。
「ばっちゃんがそうしてたからだ!」
アデルは、下から叫んだ。
「助けを求めているものには!助けが来たことで勇気づけられ、襲ってるものには、助けが到来して事で、焦るだろ?」
「でも、こっちから不意打ちができないよ。」
「賊の注意がこちらに向けばそれはそれで、襲われてる側は助かる。」
森林をだいぶショートカットして、たどり着いた街道には、半壊した馬車が転がっていた。
荷物を運ぶための荷馬車だ。
すでに、一行のあるじらしき商人は、は事切れていた。
護衛にやとったと思しき、冒険者も二名。
こちらは、首と胴が離れ離れになっていた。
黒装束に身を固めた賊は、ざっと10名。馬車から馬を外し、運んでいる貨物の品定めをはじめようとしていたところだったが、雑木林から走り出たぼくらを見て、戦闘態勢を整える。
マントの男たちが二名、呪文の詠唱にはいり、三人が弓をつがえた。
アデルの足取りが、急にゆっくりになる。
いや、一笑懸命走ってますよ、のポーズはくずさないのだが、速度をおとしたのだ。
なんのため?
アデルの好きなタイミングで、賊たちに攻撃させるためだ。
はたして、彼らは次々と矢を放ち、魔法士たちは、光の矢を発射した。
放たれた矢を見切るより、こっちご意図した瞬間に、意図した場所に発射させるほうが、はるかに避けやすい。
このまだ成人もしていない少女は、恐ろしく戦闘に長けているのだ。
そして、一度、矢を放ってしまえば。
一度魔法をはなってしまえば。
そのあたりは必ず一瞬のインターバルが生まれるのだ。その隙を見逃すアデルではなかった。
駆け寄るアデルを、遮るように、近接戦闘用の少しはマシな鎧の男たちが、弓兵のまえに割って入る。
彼女は、腰にさげていた鞭をふるい、一番近くに接近していた黒装束の脳天に、一撃を見舞った。
男は、盾で防いだ。が、盾ごと地面にたたきつけられ、呻き声をあげる。
アデルは、その鞭をまるで生き物のように操りつつ、次の獲物へと躍りかかった。
なるほど。
いきなり、もし、こいつらが賞金首なら、殺さずに捉えた方が、報酬は跳ね上がる可能性が高い。
ぼくもまた剣を抜き放ち、賊との間合いを詰める。
弓兵は次の矢をつがえたが、それはぼくの鋼糸の届く範囲だ。
次々に弓の弦を、切断された弓兵は、剣を抜きはなつ。
魔法士は、一歩下がって次の呪文を用意している。
アデルは、剣も抜かずに三人の剣士と正面から渡り合って、圧倒している。
さすがは、アデル。
いや?
こいつらは、なんだか、とっても練度が高くない?
アデルにやられた男は、地面に倒れこんだままだったが、すかさず、仲間が飛び出して後方に引きずり込んでいる。
アデルの膝蹴りが、1人を捉えた。
とっさに盾を差し込んで、男は衝撃を和らげたが、アデルの、膝は、盾を割って男の腹部に突き刺さる。
男の体は吹っ飛んだが。
「アデル! こいつらは出来る!」
「うん。傭兵くずれかな。」
そうは言ったが、剣を抜く様子は無い。
あくまで、不殺で、相手を無力化するつもりのようだ。
魔法士が次の術を完成させた。
まるで泥流ような濃い煙が吹き出した。
吸うな!とアデルに言ったが、これは無駄なひとこと、だったかもしれない。
煙が生み出される直前に、賊たちが顔の上半分を覆う装置を装着するのが分かった。
「目をつぶれ、アデル。」
強い殺傷性のある毒霧などは、味方がいるところでは、使えまい。だが。一時視界をうばうものなら、有効だし、片方だけがそれに対処できる装備をもつていたら、十分なアドバンテージになる。
だが、アデルだって、並では無い。
音と気配をたよりに、切り結べるはずだし、それに。
ぼくは、風を起こした。
視界はみるみる晴れていく。
盗賊たちの姿はどこにもなかった。
煙の魔法によるアドバンテージを、彼らは逃走のために、利用したのだ。
これは。
面白い。
追いかけででも捕まえる価値はあるか。
そう、ぼくが考えたとき。
「助けて…」
子どもの声がした。
まだ、11か12歳くらいだろうか。
絶命した商人の体の下から引っ張り出した少年は、血まみれになっていたが、それは彼に覆いかぶさって死んでいた商人のもので、彼自身はかるい擦過傷くらいのようだった。
「た、た、たすけてくださってありがとうございます。」
少年はアデルの胸にすがって、泣き出した。
「大丈夫だよ。盗賊は逃げちゃったからね。もう心配ない。」
アデルは、優しく少年の背中を撫でてやる。血まみれなのだから、抱きつかれて嬉しいはずはないのだが、別にアルデだって、常に場を考えない行動をしてる訳ではないのだ。
「ぼくは、トリエンテ家のジエロっていいます。」
少年は、散らばった遺体を痛ましそうに眺めた。
「叔父と一緒に、商売の勉強ためにユーロスにいく途中だったんです。
冒険者を護衛に雇ってたんですが、あっという間にたおされてしまって。」
「たしかに、腕のたつ連中だったね。」
ぼくは言った。
「ぼくは、ルウエン。こっちはアデル。ふたりとも冒険者なんだ。ユーロスにむかう途中なんだ。」
「で、でしたら一緒にユーロスまで同行いただけませんか。」
ジエロ少年は、勢い込んで言ってきた。
「相場はわかりませんが、お金は叔父がもっていたはずです。荷物も無事なので、ユーロスにたどり着ければあとはなんとか、なります。」
ぼくとアデルは、顔を見合わせた。
どのみち、ユーロスまでは行くのだ。
この坊やを放り出していくことは、出来ない。
清水を出して、ジエロの体を洗ってやる。滑らかな皮膚は、栄養や健康管理が行き届いている。
上流階級の出身であることは、間違いなさそうだった。
血まみれになった衣服も洗い流して、温風をあてて乾かしてやる。
アデルは、その間、遺体から金目のものを。
というか、遺留品になりそうなものを探していた。
冒険者たちの遺留品は、ユーロスの街のギルドに届けてやる。
ジエロの叔父だという商人の懐には、財布が入っていたが、中身は抜かれていた。
遺体は、森の中に埋葬した。
あとで、掘り起こして正式に埋葬したいというものがいるかもしれないので、目印に木の枝を十字にたてたものを墓標にした。
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