第167話 剥ぎ取られた記憶

ランゴバルドで、最後に、立ち寄ったレストランは、ランチとディナーのちょうど中間あたりの時間帯だったためか、とても空いていた。


「初めのお客様でしょうか?」

なかなか、ダンディなおじさまが、ここのオーナーシェフである。


「初めてなんですが、二人、大丈夫ですか?」

「もちろん。ただ、看板も出していない店ですから、どうやってお知りになったのかと。」


ぼくとアデルは、ステーキメインにテザートまでついたフルコースを平らげた。お肉の質、焼き加減、ソースは三種に、岩塩や香辛料。


「よく、こんなお店、知ってたね。」

店を出ると、アデルがうれしそうに、体を寄せてきた。

「どこかでお酒でも飲む?」

「いや。予定通り、このまま、ユーロスに向かうよ。」

「……いい雰囲気をつくってくれてると思ってたのに。」


遅めのランチだったから、ちょうど山中で日が暮れるだろう。

ぼくらは二人とも「収納」が使えるので、手荷物はほとんどない。


「あのお店は、よく行ってたの?」

夜間山越え強行軍については、アデルは不満はないようだった。

足早に、通りを歩きながら、アデルはそう言った。

唇に悪戯でもしてるような笑みが浮かんでいる。


「はじめてだけど。」

「ふうん。ウソは言ってない。けど、昔のアレコレを話すつもりもない、か。」

「気になる?」

「なるよね。初めて、好きになった相手だから。」


恥ずかしそうに俯くんじゃないかな、そういうことを言う時は。

なんで、まっすぐに、ぼくを見つめてくるのだろう?


「適当なタイミングで、ちゃんと全部話す。中途半端に教えると、危険だ。」

「それは、いつ?」

「西域に平和がもどったとき、かな。」

「わたしに勇者にでもなれ、と。それで魔王と邪悪な女神を退治しろ、と?」

「そう、ならないように、考えている。」


ぼくらは、いつのまにか手を繋いでいた。

どちらから、そうしたのかはわからない。

ただ、いずれにしてもアデルとは、これからも一緒に歩いていくのだと。

それだけは改めて、そう思った。


「あれは。」

と、ぼくは、さっき、食事をしたレストランについて説明した。

「ルールス先生が、よく使う『隠れた名店』ってやつだよ。

あそこのオーナーシェフは、もともとは、もっと大きなレストランのシェフだったんだけど、いろいろあってね。」

「いろいろ?」


と、アデルは首を傾げた。


「そう。彼の主筋にあたるラインから、郷里に戻るように通達が出たんだ。彼はランゴバルドが好きだったから、帰りたくはなかったんだけど、そのまま、働き続けると、勤め先に迷惑がかかるのを恐れて、退店して、自分の店を立ち上げたのさ。」

「でも、美味しかった。たしかに。」

「昔は、お客さんの目の前で、肉を焼くパフォーマンスが大好評だった…らしくてね。」

「いまでは、やってないのね。」


アデルは、すこし残念そうに言った。


「あまりにも有名なパフォーマンスだってんで、それをやったら、あっという間にバレてしまう。それに彼は調理に魔法を使うんで、そっちの筋からも目をつけられるかもしれない。」


「はあ。」

アデルは、頭を抱えた。

「つまり、分かりやすくいうと、彼の主筋っていうのは、竜王ね。有名なレストランは『神竜の息吹』」で、彼が“あの”ラウレスなのね。」


「そうだよ。」

ぼくは答えた。

「だから、ぼくらが死骸から救ったあの竜に、きみが“ラウレス”ってつけたときは困ったもんだと思ってた。

本物の居場所を知ってたしね。」


「ところで、ルウエンはラウレスを知ってるの?」

「よくある事なんだけど、ラウレスは有名だから、ぼくはむこうを知ってるけど、むこうはぼくを知らないとか、よくある話なんだよ。」

「その言い回しをよく使うんだけど、それはつまり、むこうの記憶からあなたが消されているってこと?」


剣を構えて、敵に突っ込む勢いで、真実に向かって突進するアデルは、しかし、次の瞬間、うーんと唸った。


「でも、古竜に魔王、災厄の女神、神獣、真相、ランゴバルド冒険者学校のルールス先生。そんな面子から記憶を改変するってできることかなあ。

クローディアのじっちゃんたちからも、あなたのことが話題に出たことは1度もなかったように思う。じっちゃんはあれでも普通の人間だけど、バっちゃんは、アレだから。」



「まあ、悩んで考えるんだね。」

あんまり、真剣にアデルが考え込んでるんで、ぼくは言った。

「それより、これから、魔拳士ジウルと、ベータを口説き落とさないといけないんだ。そっちもけっこうな難ごとだぞ。」

「あ、えっーと、ジウルとベータはあなたを知ってるの?」

「有名人だからなあ。ぼくはむこうをしっててもむこうはぼくを知らないんだ。」


ぼくと、アデルはかなりの速度で歩いていたので、山越えの旧街道に差し掛かったときまだ日は高かった。

一応、馬車も通れるように整備された街道のはずだったが、地面のでこぼこ具合や雑草の生えしげり方から、それはもう難しくなっていたかもしれない。


実際に使うものは、少ないのだ。

この街道筋に入ってからは、ぼくたち以外に通る人もなく。


ぼくとアデルは、顔を見合せた。


「あれは?」

「悲鳴、だね。旅の一行が賊に襲われている。」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る