第164話 選ばれし戦士たち
「い、いやじゃあああっ!」
ネイア先生が、その手を掴む。
ジタバタと暴れ回るルールス先生のスカートがめくれて、下着がみえた。
アデルが、ぼくの目を手で隠す。
「あれは、目の毒だ。」
アデルは、ぼくを抱きしめるようにして言った。
「いくら、おまえが年齢詐称の××野郎だったとしても、あの部分がばっくり割れているような下着をはいてる女はオススメせんけどな。」
「誰が。年齢詐称の××野郎だ!?」
ぼくは抗議した。
「異世界で過ごした期間を、ノーカンにしてるだけどぞっ!」
「そうか、そうか。」
アデルは、拳でぼくの頭をぐりぐりした。
大変痛い。
「異世界の美女は、何人くらいモノにしたのかな?」
「残念でした。知的な生命体はいない世界だったよ。」
「なるほど。女に知性を求めないタイプか。」
「なぜ、そうなる?」
ぼくは、体を捻ってアデルの剛腕から、逃れるとアデルを投げ飛ばした。
注意して投げたつもりだったが、花瓶を置いたテープルが巻き添えになった。
「相変わらず、仲がいいのか、悪いのか。」
貴族家の一子、ドミトラくんが呆れたように言った。
「いや、仲はいいんだ!」
投げ飛ばされたアデルが、そう抗議した。抗議しながらまたぼくに、掴みかかる。
ゆったりとした動作は、その勢いを利用した返し技が使いにくい。
ぼくは、胸ぐらを掴まれて、持ち上げられ…叩き落とされた。その瞬間に、アデルの腕をとり、肩と首を脚で挟んで締め上げる。
そのまま、腕が伸び切れば、技の完成だが、アデルはその金剛力で腕一本で、ぼくの体を支えた。
「仲がいいのかどうかはわからないけど、最高のパートナーだろ?」
そう言ったのは、ぼくたちより三つ年下のエルメくん。ランゴバルドの老舗ギルドマスターの息子なんだけど、それよりも特筆すべきは、ランゴバルド特務戦力『聖櫃の守護者』の最年少に一員、ということである。
たかだか、貴族のこせがれのドミトラくんと比べてもどっちが化け物か微妙な感じではある。
「わたしは、単純に痴話喧嘩のたぐいに見えるが。」
背の高い女拳士トーアさんが、辛辣な口調で言った。
もともと、徒手の戦いが得意だったが、入学後は、武器術も身につけている。今後の伸び代は一番かもしれない。
アデルは、ぼくの体を腕1本で、床に叩きつけ、ようとした。
「待て待て待てええっ!」
ぼくの落下地点に、大事な部分だけ下着の布地の薄い痴女、もといルールス先生がすべりこむ。
「やめろおおっ! これ以上部屋の備品を壊すなあっ!」
ぼくとアデルは、同時に相手を拘束していた力を抜いた。
「いいカップルだな。」
吸血鬼が言った。
「最高のパートナーだよ。」
聖櫃の守護者がつぶやいた。
「アホらしくて見ておれん。」
拳士がのたわまった。
「諦めてください、ルールス殿下。」
ネイア先生が、ルールス先生の足元に跪いた。
「ルウエンの案は、現実的でかつ有効です。最小の犠牲でこの長年続いた戦に終止符をうてるかも知れないのです。」
「最小限の犠牲とは?」
「“踊る道化師”および、殿下の命です。」
「やっぱりいやあああっ!!!」
ルールス先生は、ランゴバルド王室のれっきとした姫君だ。
だが、魔力過剰による成長阻害が見え始めたところで、王室は、ルールス先生に残酷な運命を与えた。
ランゴバルドに伝わる秘宝『真実の目』。その後継者に彼女を選んだのである。
『真実の目』は、通常の視力に加え、対象の本質を見抜くという、大変使い道の多い能力を与えてくれる。
だが、そのかわり、これを埋め込まれたものの目は。奇怪な発光を続けることとなる。
つまり、まともな結婚や家庭生活は望めなくなる(か、著しく相手を制限される)ことになるため、王室にとって、これを誰に継がせるかは、毎回頭の痛い問題ではあった。
ルールスは、王家の一員ではあったが、継承権は低く。しかも魔力過剰による長寿は、『真実の目』の継承問題を遠い未来に先延ばしできた。
ゆえに。
ルールス先生は、望みもしない『真実の目』を与えられ、名誉職としてランゴバルド冒険者学校の校長の任についてのである。
ルールス先生は、澄んだ空の色の瞳で、ぼくらとアデルを睨んだ。
「わたしは、ここの理事長だし、国家関連の仕事も山ほどある! おまえたちの北への旅なんぞに付き合ってる暇はないんだ!」
「『調停者』の任務はすべてに優先されるはずですけど?」
「はん! その上にもうひとつ、最優先事項があるんだ。『本人がやりたくない。』」
なるほど。
これを盾に、ドロシーは、調停者の仕事を放り出して流浪を続けていたのか。
それにしても、ルールスセンセイ。
昔よりもワガママで子供っぽく見える。
やっぱり、社交性は若いうちに育てとかないとダメなのかな。
そう。
ルールス先生の瞳が、本来の姿を取り戻したのは、いまから20年前。
埋め込まれた『真実の瞳』が変な光を放つのは、単に使用マニュアルを、ランゴバルド王室が失伝していたからどった。
制作者である賢者ウィルニアは、ため息をついて、新しいマニュアルと、いくつかの改良を彼女の目に施したのだ。
だが、時すでに遅し。
社交をぜんぜん、経験せずに、大人になってしまったルールス先生は、知的な大人の魅力とガキのワガママを兼ね備えた、物凄く優秀な魔導師になってしまったのである。
「ルールス。」
貴族の息子であるドミトラの口の利き方は、相変わらず横柄だった。
「それはそれとして、ぼくら三人の校外研修の監督は予定通り頼むぞ。」
そう。
ぼくやアデルと一緒に入学した、ドミトラ、エルメ、トーアの3人は、一緒に「ルールス分校」で学ぶ仲間となっていた。
昔はどうだか知らないが、いまのルールス分校は、ルールス先生やネイア先生のお眼鏡にかなった超優秀(というより、優秀過ぎて普通のクラスに、居させるとあぶない)な連中の集まりである。
「それはまあ。」
しぶしぶ、ルールス先生は認めた。
校外研修は、教師が引率しなければならない。
ぼくとアデルの場合は、まあ、冒険者資格をとっていたので、例外中の例外である。
ルールス分校の専任教師は、ルールス先生自身と、その従者にして銀級冒険者にして子爵にして聖櫃の守護者筆頭のネイア先生しかいない。
あともうひとり、というか1匹いるのだが、これはヤホウといって、ギムリウスの眷属で知性のある牛くらいのサイズのある斑の大蜘蛛である。
いくらなんでも、引率に出す訳にはいかない。
と言うことで、ドミトラくんたちの校外研修の引率は、ルールス先生が、行うことに決まっていたのだが。
「では、ルールス先生。さっそくですが、予定通り、明日から校外研修に出発しますのでよろしくお願いいたします。」
エルメくんがさり気なく言った。
「そ、そうだな。わかった、そうしよう。」
ルールス先生は、逆にウキウキしはじめた。これを口実に、ぼくらとのグランダ行きをキャンセルできる。そう思ったのだろうが。
「行先はグランダで、課題は魔道と徒手格闘術の融合だ。」
トーアは、これも、低い声で淡々と言った。
「今回の校外研修の課題は、生徒の自由設定だったな。いや、ずいぶんと高い目標を設定してしまった。だが、仕方ないな。引率をよろしく頼む。」
え?
ルールス先生は、呆然とぼくら一同を見回し…酒瓶に手を伸ばしたが、ネイア先生に抑えられてしまった。
「いやあああっっ!!」
虚しい絶叫は、学生食堂まで届いた、と言う。
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