第163話 北を目指して

ルールス先生、正確にはルールス理事長は、ぼくを見て、怒りと安堵と喜びを混ぜ合わせたような表情で迎えた。


「わたしの要求したクエストは、謎に満ちた『城』の城主の正体を明らかにしてこい、というものだったんだ。」


「うん。『城』の主は、ギムリウスという神獣だった。」

アデルは、きっぱりと答えた。

「ルウエンとは、昔馴染みらしい。

ただ、ウォルトという別名で呼んでいた。次のクエストは、わたしのパートナーの正体を探るというのは、どうだろう?」


「はいはいはい。」

とんでもない魔道士であるルールス先生は、わりと常識ある人物で、予定外のことをされるのを嫌がるのだ。


今回で言えば、百驍将ヘンリエッタと『城』の幹部で、吸血鬼のドルクさんを連れてきてしまったのがそれにあたる。


「任務達成おめでとう! これできみたには晴れて銀級だな。出来ればこのまま、卒業してくれないか?」


「リウとフィオリナの動きは?」


ルールス先生は、傍らの大きな木箱を指さした。

小柄なルールス先生ならすっぽり入れそうな箱は、手紙でいっぱいになっている。

少なくとも、見える範囲のものは、封すら切っていなかった。


「“黒”も“災厄”も、アデルを渡せと矢の催促だ。なんで、バラしてまったんだ?」

「ロウやギムリウスに会うんですよ。」

ぼくは言った。

「アデルの髪、顔つき、スタイル、話し方。バレないはずがないでしょう?」


「とりあえず、アデルはここにはいない、と返事を出しておいたが、どちらも納得はしてくれない。」


ぼくは、一番上に置かれた手紙を手に取った。

これも封を切られていない。


「うわあ。」

「なんだ? なにかの呪詛でもかかっていたか。」

「もっと悪い。」


ぼくは、宛先であるここの住所とルールス先生の名前が書かれた封筒を指し示した。


「フィオリナの直筆だ。」


ふつう、高貴な方々は専門の祐筆がいるから、自分で文などしたためないものなのだ。

まして、宛名書きなど。


ぼくは封を切った。

ルールス先生は、机の下に隠れた。

「な、なんだ? 全軍をあげてランゴバルドに攻め入るとでも。」


顔だけ出して、ルールス先生はそう聞いた。


「わりと友好的ですよ。

と言うより、アデルを受け入れてくれたことの感謝と、くれぐれもリウには渡さないように、と。もし、リウから無理難題を吹っかけられて、アデルを渡せと言われたら、自分たちがランゴバルドとルールス先生を責任をもって守ると、書いてあります。」


ぼくは、もう一通、黒い封筒を取り上げた。

たしかに、彼はその昔、黒い鎧を愛用していたのだろうが、別に“黒の御方”と呼ばれているからといって、封筒まで黒に統一しなくでもいいだろうに。


ぼくは、封を切った。


日付けは、一昨日のものだ。

ということは、階層主二体まで繰り出した、ぼくのフィオリナの確保は失敗し、ドロシーの長女を誘拐したゲオルグさんたちは、エイメともどもリウのもとにたどり着いている頃だろう。


内容は。

なるほど。

リウを中心に“踊る道化師”を、再結成しようというお誘いがメインだ。

ルールス先生だって、銀灰で擬似魔王と、やり合った際には、ずいぶん活躍してくれたはずだし、準メンバーには違いない。


「そ、そっちは!?」


「リウからの手紙ですか?

ルールス先生を“踊る道化師”に勧誘するお手紙です。」

「リウは。」

理知的な美貌を曇らせて、ルールス先生は、つぶやいた。

「踊る道化師を復活させるつもりなのか。」


ルールス先生は、美人だし、もともとランゴバルドの王族だったから気品もある。でも、机の下に隠れたまま、、首だけ出して、憂いでも台無しである。


「リウも、フィオリナもあらゆる権威を、認めませんからね。

あの二人を説得できる権威があるとすれば、“踊る道化師”だけですよ。

まあ、その名乗りはぼくがもらいましたけど。」


「な、な、な、にを!!!」

ごちん。

と、音がして机が揺れた。

ルールス先生が、机の下で立とうとして、頭をぶつけたらしい。

「なにをやってるんだ、ルウエン!」


「“踊る道化師”なら、リウとフィオリナに喧嘩をやめるように説得出来るかもしれないんです。」


「だから、と言って、おまえが踊る道化師を名乗っても」

ルールス先生は机の下から、這い出した。

ぶつけた頭が痛かったのか、涙目である。

「いったいどうなると…そうか、アデルがいたか。」

「はい。あと、ロウとギムリウス、ドロシーも加わってくれます。」


そ、それじゃあ

立ち上がろうとして、今度は背中をぶつけた。


アデルが、さっと歩み出て、ルールス先生を支えた。

よろよろと、ルールス先生は立ち上がった。


「それじゃ、本物の“踊る道化師”じょないかあ!」

「だからそう言ってます。」


ルールス先生が、ちらりと本棚におかれたお酒の瓶に目をやったので、ぼくは、それを先に手に取った。


「お酒はネイア先生がきてからにしましょう。」


ぐむむ、とかうぬぬ、とか、そんな声でルールス先生は唸った。ルールス先生はあんまり、酒癖がよくない。


「で、“踊る道化師”が再結成できたわけだな。なら、黒と災厄を説得に向かうか?」

「残念ながら。」

ぼくは、答える。

「リウを説得してみたんですが、相手にされませんでした。」


ううん。

ルールス先生は、眉間に皺を寄せて考え込んだ。

もともとが思索と探求のひとである。

作り笑顔よりもこのほうがよほど、このひとらしかった。


「……単純に力不足、かな。」


ルールス先生は解答を導いた。


「踊る道化師のなかでは、少なくとも黒は、傍若無人でワガママだったが、世界征服などは考えなかった。

おまえが、あげた現在の“踊る道化師”では、コマが足りない。」


それは、ぼくの出した結論と一緒だった。


「おまえは、“踊る道化師”をさらに強化しなければならない。古竜たちとは、連絡するすべはないが、あいつらのことだ。竜王の命をきかずに、まだ西域、中原にとどまっているものもいるやもしれぬ。

あとは、ドゥルノ・アゴンやサノス、オルガ、ジウル…」


「まず北に行こうと思います。」


「たしかに、魔道院のジウル・ボルテックは、“踊る道化師”に勧誘するのには第一候補だろうな。」

ルールス先生は、腕組みをして、考え込んだ。

ぼくは、実を言うと、こういう思索にふけってるときのルールス先生が一番好きだ。

昔は、酔っばらうと、下手な色仕掛けをされて困った記憶がある。いや、上手ないろじかけだったら、それはそれで困るのだが。


「問題点はなくも、ない。」

ルールス先生は、言った。

「黒の居所は、公式には不明だか」


「恐らくは、グランダ、だな。」

アデルが言った。口元は笑みの形に釣り上げり、犬歯が牙のように見えた。

「あいつが、この前、接触してきたとき、背景に酒場が映っていた。どこかまではわからないが、北方式の作りだった。飲んでいたのは、白酒だ。あれはグランダの銘酒だ。」


「そこで、なんですが。」

ぼくは、目いっぱい愛想良く笑った。

「なんらかの形で、リウとの接触が発生する可能性が高い。

ぜひ、『調停者』に同行いただきたいのです。」


「それは、難しい。全世界に『調停者』は7名しかいないのだ。そもそも、一国の王でもない限り、連絡をすてける方法すらわからない…」

ルールス先生は、ふと遠い目をした。

あたりをキョロキョロと見回した。けど、助けてくれるものはいない。

「わ、わたしっ!!」


「そうですよ。決まってるじゃないですか。」



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