第161話 ランゴバルドの街

ロウと、アデルはふてるし。

まあ、そこまではわかるんだけど、ヘンリエッタさん、なにもしてないあなたが、ずっと顔色が悪いのはなんで?


「谷を。」

と、言いかけて、ヘンリエッタさんは、体を2つにおって、嘔吐いた。


「うん、確かに最寄り駅までの最短距離を歩くのに、少し無理をさせたかもしれない。」

「あ、あ、歩いてないし!」

「少し走ったところもあったよね。」

「の、のぼる、かおちる。あと泳ぐ。放り投げられる。まともに歩いた道なんてほとんどない!」


だって、街道なんてまったく整備されてないんだし、それはしかたないじゃないか。

街道(正確にはむかし、街道だったところ)なんか歩いたら遠回りになるし。


ぼくは、決して焦っているわけではない。

万が一にも誘拐されたドロシーの長女エイメが、酷い扱いをうけることはない。

だが、一方で、母親のもとから切り離されるというそのものに、苦痛も感じてるはずなのだ。

少しでも早く。

エイメを救出したい。


だから、最寄り駅間で、最短で移動した。 うん、あってる。どこも人外の行動はとってない。

谷をおりて、登る手間をはぶいて、アデルが反対側まで、ヘンリエッタを放り投げたくらいは大目に見て欲しい。


「あの…ヘンリエッタさん。」


ヘンリエッタさんは、ひいっと声を上げて体を縮こまらせた。


体術、剣術、ついでに、魔術だって、水準以上なのに。やっぱり鍛えるのは精神からだろうか。


「アデル?」

「……」


こっちもアルゴスからずっとふくれている。


列車は。

ギシギシといやな音をたてて、ランゴバルド駅のホームに滑り込んだ。


いろんな設備が老朽化しているのだろう。



ぼくとアデルは、まず、ランゴバルドに戻ることにした。

なんだかんだと、冒険者学校を離れてだいぶたってしまっている。

『城』から、ドルク参事官を派遣してもらって、合流するのにも、ランゴバルドは位置的にちょうどいい。


「おーーーっ! 懐かしのランゴバルドっ!」

ぼくがそう言って、ホームで手を広げて叫ぶと、やっと、アデルは笑った。

「どこの生まれでほんとは何歳かも分からないおまえもそんな風に感じるんだな。」


「ランゴバルドは、ぼくには特別なんだ!」

ぼくは、アデルの手を取った。

「アデルもそうなってくれると嬉しい!」


アデルは、ぼくの胸にごつん、と額をぶつけた。

愛情表現なんだろうけど、痛いぞ。


駅の改札を出ると、ドルク参議官が待っていた。

サングラスにトレンチコート。

まだ、日は高いのに、帽子とサングラスだけの軽装だった。


「お待たせしました、ドルク参議官。ギムリウスは変わりないですか? ロウランさんの様子は?」

「活躍は、真祖さまから聞いてるよ。

城主殿もアルセンドリック侯爵もお元気だ。ただし、きみの旅の仲間に、選ばれなかったことには、非難轟々だ。これは、真相さまもご一緒だな。」

ドルクさんは、さっと握手を求めてきた。さりげない。が、いわゆる人間らしい仕草だ。

少なくとも多少の好意は持たれているようで、ぼくは安心したのだった。


「“踊る道化師”のメンバー探しの旅に、俺を指名していただいたのを感謝するべきなんだろうな。」


「危険も伴いますので。」

ぼくは注意深く言った。

「それに、必ずしも名誉につながるかも今の時点では何も。」


ぼくらは、ランゴバルド冒険者学校行きの、馬車に乗り込んだ。

駅から、学校まではけっこうな距離がある。

そういえば、アデルと入学試験をうけたときには、馬車にのるお金がなくて、歩いたのだった。


それを思えば、いまは少しでもマシ、というところだろうか。


「そちらは?」


と、車内でひとしきり、『城』のことを話してから、ドルクさんがおもむろに尋ねた。


「元百驍将のヘンリエッタさんです。」

「ほう?」

ドルクさんの瞳がサングラスの奥で、赤光を帯びたようなきがした。

「たしか、北方の独自流派を使う剣士ときいている。」


「いえ、これがなんとも未熟者で。」

「な、なぜ、ルウエンがそんなことを!」

「ドルク参議官は、剣の達人でしょう。旅の間に、ヘンリエッタを仕込んでやってくれませんか。」


ぼくは頼んだ。


「ヘンリエッタは、筋は悪くないと思いますし、はっきり言って天才です。ですが、トリッキーな動きの多い彼女の流派には、あまり才能が馴染んでいないような、気がします。

その点、ドルク参議官なら、研鑽にかけた月日の厚みが、遥かに違います。どうか、もうひと皮、むけるまでヘンリエッタに剣を教えてやって欲しいのです。」


ドルクさんは、うーむ、と唸って、サングラスを外した。

茶色のわりと優しそうな目だった。


「俺を度の同行者に指名したのは。」

「まあ、ヘンリエッタの剣の師匠になってもらえるようお願いはするつもりでしたが。」


これには、ドルクもヘンリエッタも嫌な顔をした。

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