第160話 選抜される戦士たち
「あんまり、いい選択ではないと思う。」
ドロシーは、真っ先にそう言った。
ぼくは、わかってはいたんだけど、なにが?と聞き返した。
「エイメを取り戻すのを最優先にすることよ。」
ドロシーは、サイナを腕にしっかりと抱いている。それは乳飲み子に対する母親の愛情をこえて、狂気じみたものを感じさせたのだ。
サイナはよく眠っているのだから、ベッドに寝かせてやればいい。
それをせずに、ずっとサイナを抱きしめている。
片時でも手放すのが不安で不安でしかたないとでもいうように。
ぼくのせいだ。
ぼくが、ラウレスを子守りに、彼女の子どもたちを別室に待機させてので、誘拐された。そのことが、ドロシーの精神状態に暗い影を落としている。
「別にあなたのせいでないことは、よく分かるし、黒の御方、いえリウくんは、あの子に危害を加えたりはしないいでしょう。」
それでも。
もう、一瞬たりともわが子をその手の中から離さない!!
サイナを抱きしめるドロシーの手は、そう語っている。
だが、話す言葉は冷静だ。
「あまり、いい傾向じゃないな。」
ぼくは、そう言った。
部屋に残ったメンバーは。
アデル。
ロウ。
それにドロシーとぼくだ。
「無理はしてる。」
ドロシーは言った。激情がほとばしるのを懸命に堪えている。そんな表情だった。
「でもするべきことをしなければ、ね。
“踊る道化師”を、リウくんとフィオリナさんに意見できる立場にする、というルウエンの案は、面白いし、有効だと思う。
そのためには、“踊る道化師”を強化するしかない。これまで動かなかっ大物たちも“踊る道化師”ならとのことで、力を貸してくれる公算は大きいわ。一刻も早く。」
ドロシーは、ぐずり出したサイナのために、後ろをむいて、前をはだけた。
白い背中は、ぼくの記憶にあるよりは肉付きがいい。
ああ、ドロシーはお母さんになったんだな、とぼくはあらためて実感した。
それが、必ずしもいい感情ではないことにも、ぼくは気がついている。
銀雷の魔女だの、調停者だの、持ち上げられて、追い回されて、逃げ出たさきが、地図にもないような街の犯罪組織の首領。勇者ものの舞台劇だったら、たぶん早い段階で成敗される小物悪党だ。
あのドロシーが、そんなことになったいる!
「エイメちゃんはすみやかに奪還する。方法は考えてあるし、この方法なら、エイメちゃんは安全、こちらの血も流れない。」
「まさか、自分の身柄とエイメを交換する…とか言い出すんじゃないでしょうね?」
アデルは、不愉快そうだった。
「リウは、あなたを欲しがっていた。エイメはそのための人質だから、交換には応じるだろうけど。」
「わたしも、反対です。」
ドロシーは言った。
「ルウエンは、わたしたちの要なのよ。いなくなってもらっては、すべてがご破算になる。」
「だろう? だから」
「アデル!
あなたが身代わりに人質になる。というのも却下です。」
アデルは、黙って、そっぽをむいた。
相変わらず、ドロシーの頭はよく冴えている。
「ぼくもアデル人質案は却下だよ。なにしろ、親子だからね。こんな状態のまま合わせたくは無い。
その点、ぼくは、エイメさえ戻ってくれば、とっとと、やつの元から逃げ出してこれる。」
「ずいぶん、簡単に言う。」
と、アデルは不満そうに言った。
「相手はあのリウなんだぞ? 伝説の魔王そのひとで、一回は世界を滅ぼしかけ、今回は世界を征服しかかっている。」
「そうだよね。絶大な魔力にカリスマ性、まるで王になるために生まれたみたいだよ。でも、別に監禁のプロというわけじゃないだろう?」
ぼくは、仲間たちの顔を順番に見た。
ドロシーは、壁をむいてサイナをあやしている。アデルは拗ねたのか、壁を見つめている。ロウは楽しそうににやにや笑いを浮かべている。
よし、これが、新しい“踊る道化師”の中核メンバーだ。
「それにやることは一緒なんだよ。実は。」
ぼくは続けた。
「こちらは、黒の御方に連絡をつける方法がないんだから。
ロウ。やつの居場所や、連絡方法は?」
「一切不明。」
ロウ=リンドは、肩をすくめた。
「用事があるときには、使者をたててくる。まるで、話し合いが必要ならそれなりに身分の高いものと、調停者を訪問させる。」
「ということなんだ。」
ぼくは言った。
「だから、実はぼくらは、最初に言った通りに、新しいメンバーの獲得を実行していくしか手がないんだ。
そうして行きながら、むこうからの接触を待つ。接触の時点で、条件などをじっくり伺って対応するよ。」
「それなら、止めはしない。」
ドロシーは、まだ疑うようにぼくを見つめていた。
「でも、あなたとアデル、どちらが人質になってもダメよ。それだけは約束してくれる?」
「約束する。ぼくとアデルのどちらかが人質には決してならない。そして、エルメは無事に連れ戻す。」
これで、いまは納得しといてほしい。
ドロシーは頷いてくれたが、その目はなにか言いたそうにらぼくを見つめていた。
「さて、まず今回のクエストに同行してもらうメンバーだけど、まず、ぼくと、アデル。それにヘンリエッタ。」
おいおい。
ロウが口をはさんだ。
「あれは、災厄の女神の百驍将だぞ?」
「裏切った時点で、さすがに解任されていると思う。」
「うむ。それはそうなんだろうけど、信用出来るのか?」
「信用出来るわけないよ。」
アデルが、オレンジの髪を振り立てながら言った。
「でも、実際に“災厄”をうらぎっちゃったんだから。刺客から守ってやるには、旅に連れ出しちゃうのがいいんだよね。」
アデルは顔もスタイルも頭だっていいのだ。
だが、性格がなあ。
彼女の母上もそうだった。
「これはロウにお願いだ。『城』からドルク参事官をかしてくれないいか?」
「それは……可能だと思う。けど“貴族”が多くなるな。わたしとヘドルクにルーデウスもだろう?」
「いや」
ぼくは首を振った。
「きみは連れていかないよ。なのできみの血液から作った錠剤を飲まないと昼間活動できないルーデウス閣下もお留守番だ。」
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