第10章 北帰行

第159話 次なる使命

ドロシーは、サイナを手に抱いている。

おっぱいをたくさんもらったサイナは、幸せそうに眠っていた。


ドロシーが、直前まで歌っていたのは、ランゴバルドの古い子守唄で

あまり、歌には自信のないドロシーは、まわりのものたちの顔色を伺ったが、だれもが好意的な視線を送っていた。

そんな、状況は久しぶりだったので、ドロシーは心のそこから、ほっとしてた。


「では、あらためて、わたしたちは“踊る道化師”の再結成を宣言するわ。」


何人かがパチパチと拍手してくれたが、そんなに盛り上がらなかった。

言い方? 口調? もう少し、腰に手を当てて、胸をそびやかしたほうがよかったのかしら。

いずれにしてもサイナを抱いたままでは、無理だし、ドロシーは、サイナを一瞬でも手放すつもりはなかったので、ほかに選択肢はなかった。


「現在のメンバーは、わたし。

ロウ=リンド、ギムリウス、ルーデウス伯爵、それに、アデルとルウエン。」

「わたしはどうなる?」

ヘンリエッタが、不満そうに言った。

「わたしは、女神さまと百驍将を裏切ったんだぞ。」

「組織の構成は、リーダーのルウエンが説明してくれるわ。」


と言って、ドロシーは、視線をルウエンに向けた。

アラゴンの街の一番、いい宿の一番大きな部屋を借り切ってはいるが、「紅蓮大隊」の幹部や、ドロシー自身の組織の幹部連中も呼んでいるので、けっこう手狭だった。


「以前の“踊る道化師”は、その道半ばで、瓦解してしまったんだ。」


ルウエンは、ちょっと、ドロシーを睨んだが、なめらかに続けた。

ドロシーとは、事前になんの打ち合わせもしていない。

昔は、こんなふうな会話の流れもあったが、いまは、いまだ。

そもそも、ドロシーの記憶からは、踊る道化師を率いた少年のことはきれいさッばりぬけおちている。

それでもなお、昔のように話を振り、そのまま、昔のように話始めるルウエンであった。


「力のあるところに、人は集まる。

実際のところ、3人から8人程度のいわゆる冒険者パーティという形の組織ではなくなりつつあった。」


「なるほど。」

ドロシーが言った。

「では、それを参考に、現在の“踊る道化師”は、どう運営させるの?」


「まず、本拠地は、ここアルゴスに置く。冒険者ギルド“紅蓮の天秤”が街を実質的に支配する。ここを拠点に活動する冒険者や傭兵団は、“紅蓮の天秤”に所属し、任務をこなすこととなる。

もちろん、“踊る道化師”もここに所属する。」


「俺たちはどうなるんですかい?」

目つきの悪い小男が言った。

ドロシーが、裏ボスを務めていた賭博組織の幹部だ。

見るからに「小物悪党」と、額に刻印されているかのような顔だが、腕はたつ。

「いま、“紅蓮大隊”がやっている店とその一帯のしきりを担当してもらう。ギルドそのものの運営は、紅蓮大隊からが行なう。」


目つきの悪い小男……ラッツは、腕組みして考え込んだ。


「うむ…悪くない。悪くない案ですが、実利をこっちが貰いすぎませんかね?」


「この街は傭兵の街になるのよ、ラッツ。」

ドロシーが言った。

「呑む、打つ、買うは、傭兵たちには必要悪。だから、あなた方の仕事は、普通の市民が、賭場に入り浸りにならないように監視する仕事も増える。

一方で、傭兵たちに有利に仕事を斡旋してやらなければ、ひとは集まらない。それは紅蓮大隊のほうが向いていると思うわ。」


「うちは、文句はねえです。警護は、街周りは俺ら。対外的な戦闘は、紅蓮のだんな方でいいですかい?」


「それは、原則で例外も出てくるよ。ラッツさん達の中にも腕がたつものは、いるだろうが、装備は紅蓮の方がいいに決まってるからね。」

ルウエンは、言った。

ラッツは、頷いて、リヨンのほうを見やった。


「紅蓮の姐さんもそれで、問題ないですかね?」

「かまわないと思う。事務的な引き継ぎは、キャスと相談してくれ。」


リヨンは、百驍将プテルバとの戦いで、半身を炭化に近い状態まで焼かれたはずだが、その傷跡は何処にも見えなかった。


「紅蓮大隊、特にキャスには、ドロシーとサイナの護衛を頼みます。」


「承知した。」

キャスはそう言った。同時に首に巻かれた真紅の蛇が頭を下げた。


「次に“踊る道化師”の目的だが、これは、リウとフィオリナ、両方を説得して、この再現のない戦を止めさせることだ。」


これには、一同の目が懐疑的になった。


アデルが、首を振りながら言った。


「いや、無理だよ、ルウエン。

実際に、あの迷宮で、“踊る道化師”として黒に呼びかけたけど、全然通じなかったじゃないか。」

「“踊る道化師”の言うことならば、きくよ。リウもフィオリナも。

聞き入れてもらえないのは、ぼくらがまだ弱いからさ。」


ルウエンは、立ち上がってぐるりと部屋の全員を見回した。


「“踊る道化師”は、さらなる強化が必要だ。」

「賛成ですね。」

ドロシーが答えた。

「わたし、ロウさま、ギムリウス、アデルさまの参加で正当性は担保できたといえるでしょう。

あとは、さらに強力なメンバーを加え、あの二人に聞く耳を持たせること。

わたしは、確かに踊る道化師の1人ではありましたが、戦うことは専門ではありません。

本当なら、アモンが入ればベストなのですが。」


「現在、“踊る道化師”の中核メンバーとして参加できそうなのは?」


ヘンリエッタが立ち上がって手を上げたが、全員から無視された。


「カザリームのアシット・クロムウェル卿。同じくカザリームの魔道士協会会長のドゥルノ・アゴン。その師である“血の聖者”、嵐竜使いザクレイ・トッド。

銀灰国では、“闇姫”オルガ元帥、若いが“聖魔”の異名をとるシャルル。

ミトラならば、勇者クロノ、剣聖カテリア。

ランゴバルドは、“真実の目”ルールス、“聖櫃の守護者”筆頭ネイア子爵。

鉄道公社は、はっきり言って人材の宝庫。あそこの絶師ならば、だれをスカウトしてもはずれはありません。

北へ目を向けると、まずはアデル姫のご祖母に当たられるアウデリアさま。グランダの魔道院には、運が良ければジウル・ボルテックとベータがたいざいしてるはずです。

『城』にも戦闘力に優れた貴族が多数いるはずです。」


ドロシーの長広舌に、眠っていたサイナがぐずりだした。


「よしよしよし、ごめんね。」


ドロシーは、ゆっくりとサイナをゆすってやる。

それ以上、泣き止むことも無く、赤子はふたたび、眠りについた。


「さあ。」

ドロシーは、真っ直ぐにルウエンを見た。

「どうします? なにからはじめます?」


ルウエンもまっすぐにドロシーを見返した。


「エイメを奪還することからだよ。」



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