<第9章最終話>第157話 黒き王と調停者
黒の御方は、相変らずだ。
ざっくばらんで、威はあるが、それでも親しみやすい。
いや違う。親しみやすいかどうかは、相手による。
例えばゲオルグなどについては、その通りだ。
今日の彼の謁見室は、風光明媚な郊外に建てられた山荘だった。
それ自体、贅沢と言えば贅沢なのだろうが、王ならば離宮として、もう少しマシなものをちゃんとつくらせるだろう。
「ご苦労だった、ゲオルグ。」
そう言ってから、この部屋の主は、縮こまっているジェインに笑いかけた。
「おまえもよくやった。ジェイン。」
魔道人形は、うれしそうな顔はしなかった。
「任務は果たせませんでした、陛下。」
「ドロシーの居場所をつきとめ、災厄の魔手から彼女を守ったのだ。こちらとしても不足は無い。」
「それは、褒めすぎでしょう。」
ゲオルグが、ぼそり、と言った。
目の前には、肉に薄切りにたっぷりのタレをかけたもの。珍しい香料が食欲をそそる煮込み、酒にぴったりの辛いソースにからめた鶏肉など、その他世間では「高級」とは呼ばれないが、なかなかの品ぞろえの料理が、テーブルいっぱいにならんだいたが、ゲオルグもジェインも手をつけていなかった。
「なにか問題でもあるか?」
「我々が、エイメを誘拐同然に連れてきてしまったことです。
これで、ドロシーへの心象は、120%悪化しました。もはや、あなたが主導する“踊る道化師”に参加することはありますまい。」
「たしかに、無理に参加させてもそれでは、“踊る道化師”を最結成できたことにはなるまい。」
「ならば」
「もともと、ドロシーの娘を誘拐したのは、災厄の百驍将だぞ?」
リウは、鶏のもも肉を手に取って、豪快に食いちぎった。
「ドロシーの心象は、俺と災厄、双方に対してだいぶ、悪化しただろう。どちらかに与することなど、検討もしてもらえないほどに、な。」
「それでは」
「おまえらも、食え。これでもおまえらの好物を吟味してるつもりなんだが。料理は出来たてを食わないと味が落ちるぞ。」
ジェインは、煮物を口に運んだ。
もう一口。
もう一口。
食べながら、ポロポロと涙を流している。
「おい、だからおまえは充分責務を果たしたと。」
「おいひイ。」
「は?」
「おいしいです、これ。」
その様子を微笑ましく、見つめながら、ゲオルグも、香辛料を聞かせた鶏肉のジャーキーを食べ、その突き抜ける辛さを、白酒を炭酸水でわったもので、流し込む。
「我らは、百驍将にさらわれたドロシーの長女エイメが、怪しい男にさらわれる所を阻止してのだ。」
かつて、神をも謀ったといわれる魔導師は、そう嘯いてみせた。
「ところが、そいつはなんとエイメの父親だという。やつが、“黒の御方”のもとへの亡命を切望したので、エイメ共々、保護したのだ。」
「そうだな。父親だけ保護して、3歳児を放り出すこともできないからな。」
「3歳児はどうしています?」
「それくらいの子どもを対象にした養育施設がある。そこに通わせてる。」
「父親とその情婦は?」
「街の目抜き通りに、酒場をもたせてやった。女の方は酔った客のあしらいはなかなかだ。だが、あの、へんな名前の」
「エッグホッグですか? あれは…」
「本当にドロシーは、あれを夫にしたのか?」
ゲオルグは、笑った。
「お主らのように、似たもの同士が夫婦になるとは、限らんのだ。」
「しかし、おまえからの報告では決してうまくはいっていないだろう?
ほかに女をつくり、やつの持っていた賭博の組織は、結局、ドロシーが仕切りをしたいた。なにもせずに、若い女に入り浸り、あげくには、ドロシーを殺そうとした。それも果たせず、子どものひとりを誘拐して、逃げ出した。」
黒の御方は、分厚く焼いたステーキを、カットもせずにかぶりついた。
肉汁がしたたるのを、手で拭いながら、一口で、巨大なステーキの3分の1を咀嚼する。
「あれが“祝福”を授ける銀雷の魔女、とか呼ばれてるのは、知っている。もともと、ジウルと付き合っていた。年齢差はざっと百歳だ。
あれは、男を見る目がない。」
「価値基準が違うのだよ。他人がとやかく言う問題ではなかろう。」
わかった。
と、言って黒の御方は、クロスで口元を拭った。
それ以上、男女間のことに口を出すと、どっちも傑物であり、気性も、戦闘能力もよく似ていたのに、うまくいかなかった自分と災厄の女神のことを、指摘されると分かっていたのだろう。
「ところで、この一件で、もっともうまく立ち回ったあいつのことだが。」
「ルウエン、ですかな。」
「そうだ。“踊る道化師”を再結成したとかいうふざけた事を、ほざく坊やだ。」
「ふざけておりますか?」
「あたりまえだ。アデルがいようと、ドロシーがいようと、ロウやギムリウスが参加しようと、俺も災厄もいない“踊る道化師”など紛い物だ!」
「紛い物、ですか、な。」
「そうだ。ドロシー、ロウ、ギムリウスはもともとのメンバー、アデルはまあ、俺と災厄の血を引いている。
だが、あのルウエンという小僧はなにものだ!?」
「かつて、カザリームのトーナメントでは、竜のブレスを模した魔法を使い、あなた様しか使えぬはずの“迷宮ランゴバルド”の門を開き、ロウからもギムリウスからもドロシーからもアデル姫からも慕われている少年です。」
ゲオルグは、いったん言葉をきった。
それから黒の御方の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「彼こそが、あなた方の失われたリーダー、でしょうな。」
ゲラゲラと、黒の御方は笑った。
「お前が、昔から唱えていた説か!
なるほど! それが本当なら正当な“踊る道化師”はやつのもので、オレが組織しようとした踊る道化師など、ただのまがい物、ということになるな。」
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