第149話 迷宮ランゴバルドの死闘1

場所は『大迷宮ランゴバルド』。

目の前には、魔王宮の階層主と、百驍将の精鋭たち。


ぼくは、ベンチから立ち上がった。

別に意味は無い。

意味は無いけど、座ったままで、戦うのは、オロア老師になんか失礼だと感じたのだ。


ちなみにオロア老師は、グランダの聖光教会にいくとけっこうな確率で、石像が飾られている聖人である。

何百年か前に、魔王宮から特効薬を持ち帰って、グランダを疫病から救った英雄なのである。


これは、グランダから聖人としての申請をミトラ教皇庁へ行い、正式に認定されていた。

もちろん、当の本人がそのあと、死霊と化して、魔王宮の第五層で階層主をやってるなんてことは、内緒である。


まあ、魔法に対する知識ももちろんだが、その人格も、彼の師である賢者ウィルニアや、魔道院の妖怪ボルテック卿よりはるかにまともだった。

ゆえに戦いたくはないのだけれど、必要なら仕方ない。


得物をかまえて、殺到するアンデッドを前に、オロア老師は両の手のひらを、目の前で打ち鳴らした。


おおっ!


無敵かと思われたアンデッドの群れが眩いひかりにさに包まれて浄化していく。

いや、あなたが呼んだアンデッドだけどね。


広場の反対側の建物が、崩れた。

現れた巨大な粘塊を、光の柱が貫く。

ここは、もう完全に人外の闘争となっていた。


「ルウエン殿!!」


カプリスさんはマヌカとパルムトウェッグを抱き起こした。


「お力添えを!!」

「ぼくとアデルに、オロア老師と戦えと? いやですよ。」


「わたしのアンデッドを蹴散らしておいて今さら……」

「そっちが、このでっかい骸骨をけしかけてきたんでしょ?」

アデルが、剣の切っ先で、石畳をガリガリしながら言う。

「それに、アンデッド軍団はあんたが、自分で消したんじゃない。」


オロア老師はなにか、抗議しようとしたが、諦めてくれた。


「わしは、これから“災厄”の驍将どもをたいらげる。」

オロア老師は怖い目で、カプリスさんたちを睨んだ。

「そののち、ミュレスに手を貸して、あのフェンリルめを討伐する。

そして、お主とアデル姫を、陛下のおん元に連れ帰る。」


「リウは、今どこにいるんです?」

ぼくは、そう尋ねたが、これはオロア老師を狼狽させてしまった。



「魔王は、己の居城はかまえていない。」

カプリスさんが口をはさんだ。

「彼は己の暗殺を恐れているのだ。」


「たぶん、それは違うんだろうと思いますよ。」

ぼくは、やんわりと言った。

ぼくをみたオロア老師の目は、瞳を失ない青白い炎が燃えていた。

「どういう意味なのだ?」


「殺し来たやつをいちいち、殺さなければならないのが、面倒くさいんでしょう。側近に被害がでるかもしれませんし。」


オロアさんの炎の瞳が、ひとのそれに戻った。


「・・・・・なぜ、そう思う。」

「ぼくは、なにしろ、“踊る道化師”の失われれたリーダーですからね。彼のことは多少は知っていますよ。」


五人の前に、仔牛ほどもある銀の毛皮の狼が落下した。

爆音をたてて、石畳が捲れ上がり、土煙と石片がとびちった。


美しい毛皮はところどころ、溶解し、緑の粘液が侵食を続けていた。


「つええな・・・・・階層主。」

狼の口が牙をむいた。わらったのだと思う。


「戦い方が下手だよ、フェンリルさん。」

アデルが言った。

「わたしとルウエンがちょっと相手をしてみるから、休んでて。」


「あのなあ。」

オロア老師が困ったように言った。

「わしはどうすればいい?」


「休んでてください。もしくは、百驍将の相手でもしてくれますか?」


「やめておこう。」

死霊のくせに、つかれたように、視線を落としてオロア老師は言った。

「おぬしたちの戦いを見せてくれ。ギムリウスの試しを受けたあの二人の地をひく姫君と、かつて“踊る道化師”のリーダーだったのかもしれない少年よ。」


いくつかの建物を、倒壊させた緑の粘液の津波は、急速に固まり、人の姿をとった。


「おーい、ミュレス! ザックは一休みしたいそうだ。ぼくとアデルが相手をするがいいかい?」


ミュレスは、ゆっくりと歩いてき・・・・いや、違う。その足は歩くように交互に動かして入るが、歩いていない。

地面ごとすべるように、接近してくる。



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