第147話 紛い物と骨董品
「『紅蓮大隊』さん、だよね。」
幼女は、とはいっても九つくらいにはなるのだろうか。少女は、なにが起こったのか理解が及ばずに、ポカンとしている3歳エイメと、これは少なくとも外界の把握そのものがおぼつかない乳児のサイナに比べれば、かなりしっかりしていた。
「…なんだ、あんた。“停滞空間”内で意識があったのか?」
それは、ありえないことではない。年を経た貴族、魔道の真髄を極めた魔導師、古竜などなら、そういうこともやってのける。
だが、目の前の少女はどれにも見えなかった。
「わたしはラウレス! “踊る道化師”のひとり!」
そう言って、誇らしげに胸をはった。
「あの一瞬で、停滞フィールドに閉じ込められるとは思ってなかった。ニンゲンの魔術の進歩は凄いね。
無理やり、時間をやりくりしちゃうと一緒にいたエイメとサイナにどんな影響があるかわからなかったので、大人しくしてました。」
「わたしらは、“踊る道化師”加入希望者だよ、ラウレス。わたしが『紅蓮大隊』のリヨン。こっちは副官のキャス。」
「おおぉーい! エイメは、無事かあ!」
窓から聞こえてきたのは、エッグホッグの怒鳴り声だった。
人質のところまで、案内させる、という業務をさせたあとは、リヨンですら、意識外にあった、エイメとサイナの父親で、ドロシーの夫である。
「パバっ!」
ぼけっとしていたエイメの顔に生気が戻った。
「ババあっ!」
超人ともいえる三人ですら止め損ねた。
エイメは、全力で走ると窓から躊躇無く身を踊らせたのだ。
急いでバルコニーにリヨンたちが、駆け寄ったとき、エイメは既にエッグホッグの腕の中だった。
飛び降りた「愛」娘を、うまくキャッチできたらしい。
「心配したんだぞ? 怪我はないか?」
「大丈夫だけど、ママは?」
「ママは、すこしお病気なんだ。だからパバと一緒にいようね?」
ふざける
「な」までは言えなかった。
天井からを貫き。さらに床からも。
影の矢が彼女たちを襲ったのだ。
リヨンは、辛うじてかわしたが。キャスは。
足を貫かれ転倒するところに、新たな矢が襲いかかる。
ラウレスはその前に、じぶんの小さな体を投げ出した。
ドス!
ドス!
ドスドスドスドス!
矢は一本だけではない。リヨンの位置からでも都合8本の矢が、キャスを庇ったラウレスの小さな体に突き立った。
「ラウレス! キャス!」
窓の外に、ブテルパの姿が浮かんだ。
結跏趺坐の状態で浮遊している。
その顔に、いままでなかった狂気の表情が浮かんでいる。
「ドロシーの子は我が主のもとに連れ帰る。手段は問わない。」
ブテルパは、人間の声帯ではほんらい出ないはずの声を発した。
それが呪いだったのだろう。
背後の空間が避けて。
黒い鎧が姿を現した。
伝説の魔王が着ていたと噂される。
つや消しの黒い金属で、全身を覆うタイプのアーマーだ。
そのまま、ブテルパの体にまとわりついいく。
最後に兜が現れ、顔をすっぽりとおおうと、目の部分が、一瞬赤く光った。
その部分から、赤い光線が放たれた。
リヨンがそれを避けることが出来たのは、偶然の、要素が多い。
光線は、彼女達のいた二階屋を、真っ二つに切り裂いた。
崩れ落ちる建物の中に、キャスとリョン、そしてサイナも巻き込まれていく。
「きさまっ!!」
リヨンの腕から生まれた光の鞭を、ブテルパは、手に持った棍で払い除けていく。
「おーい、『紅蓮大隊』さんよおっ!」
メイナを抱いたエッグホッグが、呼びかけた。
片手はメイナをしっかりと抱きしめ、もう片方の手は、メイナの首を掴んでいた。
「抵抗すると、俺がうっかり手に力を入れちゃうかもなあ。」
きさまあ!
声にならない叫びは、倒壊仕掛けた建物の梁から梁へと飛び移るリヨンのものだった。その体を、赤い光線がないだ。
「ぎやっふっ!」
辛うじて体を捻った。
左半身を焼いた火線は、そのまま背後の建物に火をつける。
「エッグホッグ。おまえは、ここから逃げろ。また、こちらから連絡をする。」
「へ? プテルバのダンナ。『紅蓮』をぶち殺してゆっくりここを立ち去りましょうよ?」
「やつらは、これで終わりでは無い。」
炎が、さきにブテルパが打ち壊した家屋の残骸に燃え移った。
その残骸が爆発した。
燃える残骸が千々に壊れて、空中に飛び散る。
魔法障壁を張り巡らしたキャスと、サイナをしっかりと抱いたラウレスがそこから浮かび上がる。
「無傷…」
その事実に気づいたエッグホッグは、メイナを抱いたまま、シャロンとともに一目散に走り出した。
追いかけようするギャスを、その目の前に立ちはだかったブテルパが、棍で打ち倒した。
ラウレスは、ゆっくりと地上に降りた。
その行動は、手に抱いた赤子を保護することにあるのは、明らかだった。
「竜の力を宿す少女よ。」
立ち上がろうとするキャスを、蹴飛ばしながら、ブテルパは言った。
「来い。部下の仇を打たせてもらおう。」
声は、兜の面貌の下でくぐもっていたが、そこから、殺意が伝わってくる。
「それは、魔王の鎧か?」
ラウレスがそう尋ねたのは、赤子を抱いたまま、戦うことの危うさを十二分に理解していたからだ。
もっとも人間から遠いはずのこの少女は、この場では、誰よりもまともな反応をしている。
少しでも会話を行い、リヨンの回復を待つ。
もちろん、半分ちかく炭になりかけたリヨンは、回復どころか生死の境をさ迷っているのだろうがそこまでは、この人外少女には通じない。
「そうだ。もちろん、レプリカだが。」
プテルバは、答えた。
彼は、目の前のラウレスを油断なく観察していた。
腕に抱いた赤子も、戦いが始まれば容赦なく捨てると、信じている。
実は、ドロシーの次女サイナが殺されては、一番困るのは、ブテルパ自身であって、ラウレスには、そこまでの義理はない。また、本質的に異生物の彼女には、人間の幼体に対しての慈しみの気持ちもそのまでは、なかった。
ゆえに。
サイナに死んで貰っては一番困るものは、サイナもろともに、ラウレスを攻撃しようとし。
サイナが死のうがわりと構わないラウレスは。ちゃんとサイナを守ろうと決意していた。
助けの手は、意外なところからやってきた。
完全に意識を伸ばしたかに見えたキャスが身を起こしたのだ。
口元から血を流していて、いたが眼光は鋭くブテルパを穿いている。
「こいつは、わたしが相手をする。」
「鎧相手に、短剣じゃ無理だよ?」
「こちらも本気で行かせてもらう。」
突き出したキャスの腕に、見たこともないブレスレットが現れた。
ごつごつとした岩を思わせる意匠は、それが身を飾るものではなく、戦うためのもとだと、教えてくれる。
だが。
どうやって。
キャスは、ブレスを口元に、反対の手もそこに交差させた。
「変身!」
光のエフェクトは、キャスが亜空間から鎧を召喚するためのものだったのだろう。
細かな部品となって、キャスの体に張り付いたそれは、キャスの女性らしい優美な曲線を隠さず。
最後に現れた兜は。蛇の頭部を模したものだった。
「なんだそれは!!」(×2)
ラウレスとプテルバは、当時に叫んでしまっていた。
身にまとった鎧は、ブテルパが着用したようなフルプレートの重厚感はない。全身を鱗模様のタイツで包み、胸や腹部を金属めいたプロテクターが、覆っている。
首元を貼っていた赤い蛇は、右手と一体化しており、威嚇するように頸部が広がっていた。
「毒蛇王具見参。」
おうぐ?
王具だと!
ブテルパは、焦ったように呟いた。
「王の復活以前に、魔族が作り上げていた改造強化人間。致命的な弱点があったため、ごく少数しか作られなかったと聞いたが。」
「わたしは、その欠点を克服した生き残りだよ、ブテルパ。
過去の遺物とどう戦う、いや」
キャスの声に嘲りの響きが混じった。
「おまえのその鎧に至っては、上古の遺物を真似て作ったただの紛い物な訳だが。」
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