第146話 人実奪還作戦2

災厄の女神の“百驍将”11席。

“貴族殺し”の二つ名は、ブテルパが好んで名乗ったものでもない。確かにその戦歴には、名のある貴族が何人も名をつらねている。それらをすべて、ブテルパは打ち破ってきた。


罠ではない。搦手ではない。

正面から正々堂々と打ち破ってきたのだ。


貴族は強い。

かつては“吸血鬼”と呼ばれ、亜人のなかでも魔物より。地域によっては問答無用で討伐の対象になる相手だ。

貴族は、恐ろしく力が強い。

だが、プテルバはもっと強かった。

貴族は、不死身かと思われるほど再生能力が高い。

だが、プテルバも負けてはいなかった。

貴族は人間より遥かに強力な魔力をもち、高度な魔術を使いこなす。

だが、それもこれもブテルパが上だ。


相手のあらゆる長所を、その全てにあいて上回る。確かに苦手な相手には違いない。


もともと、彼はパーティを組んでいた。

女神の命令には、パーティで参加するのが常だった。だが、今回、仲間はいない。

前回の任務で、全員が負傷してしまったのだ。いま動けるのは、貴族に勝る回復力をもったブテルパただひとり。


しかも、この場をともに受け持ったはずの、百驍将筆頭のカプリスまでも、ここを離れてしまっている。

人質であるドロシーの子供たちを見張るというのは、たしかに気の滅入る仕事ではあったが。


それでも、プテルバは、空中に浮遊したまま、ふたりの冒険者を睥睨する。

ひとりは、士官の赤い軍服を身につけた女。に限りなく白い肌。首には赤より赤い蛇を巻き付けている。

おそらくは、迷宮探索や護衛といった任務より、傭兵に近い仕事をしているのだろう。

もうひとりも女だった。こちらは赤い蛇の女よりさらに若い。髪を短くし、手足をほとんどむき出しにした貫頭衣の腰を紐で縛っている。

一見、粗末な身なりではあるが、そうでは無い。

女の肌は、顔から、服に隠された部分まで、紋章で埋め尽くされていた。

おそらくは紋章から、力を引き出して戦うのだろう。


あるいは、紋章そのものに魔術的な仕掛けを施していることも考えられる。

ならば、いつでも脱ぎ捨てられる衣服のほうが都合がいい。

二人共に、かなりの実力を秘めている。


「大人くしく、子供たちを返して、無傷でここを立ち去るって、手もあるんだけどねえ。」

笑った顔は、入れ墨をないものと仮定すれば、可愛らしいほどだった。

「うんうん。百驍将貴族殺しのプテルバさんね。わたしは、『紅蓮大隊』のリヨン。こっちは副長のキャス。

そっちは、1人だけなんだね?

でも1対1なんてケチなことは言わないでよ。ことが始まったら可及的に速やかにことを終了させてもらうのが、わたしたちのんだからね。」


ブテルパは、影の矢を放った。

赤い軍服のキャスは、抜きはなった短刀でそれを避けた。

リヨンの腕が振られると、彫り込ませれた紋様が、ムチとなって飛び出して、ブテルパを襲った。


空中のプテルバは、さらに高度を上げた。あげようとしたのだが、その足首に、リヨンの鞭が巻きついていた。

同時に、キャスが跳躍した。風の魔法を応用したジャンプは、プテルバのいる高さまでゆうに届いた。


プテルバは、取り出した鉄棒で、キャスの短刀を捌きつつ、影の刃を飛ばしてリヨンの入れ墨の鞭を切断した。


迅い!

キャスの短刀捌きは、速く、そして正確。空中で体を回転させながら、プテルバに切りかかる。


その全てを捌ききった、と思った瞬間キャスのブーツの先端が、プテルバの腹部に叩き込まれた。

プテルバは、熱いものが腹から広がるのを感じた。

キャスのブーツの先から刃先が、生えていた。


後退をしながら、治癒を行おうとしたその、プテルバに首筋に、キャスの赤蛇が牙を剥いた。

流し込まれる毒が、致死性のものでなかったことに。僅かに驚きながら、解毒と治癒のを紡ぐ。


攻めるキャス。守るブテルパ。

しかし、風を利用して跳躍の高さを稼いだだけの、キャスの魔法と、ブテルパの浮遊魔法とは雲泥の差があった。


初速を牛ない自由落下に入ったキャスに、プテルバは、影の矢を続けざまに放った。


地上から、放たれたリヨンの入れ墨の鞭がそれを迎え討つ。

地上に落下するかに見えたキャスは、リヨンの肩を踏み台に再び、跳躍した。


距離を稼ぐために、さらに高度を取ろうとしたブテルパだったが、リヨンが大きく口を開けているのに、気づく。


ブテルパの強化された視力は、リヨンの口腔内にまで、施された紋章をみた。

そこに、強大なエネルギーが集約していることも!


キャスの刃物の口撃。落下から再度の跳躍を見せられてプテルバがさらに高度を上げたこと。すべてが、この攻撃への布石だったのか。


プテルバが、精々屋根の高さにあれば、この攻撃は、この村に大損害を与えてしまう。この角度ならば、ブテルパを討った余剰のエネルギーは、空に消えるだけだ。


戦い慣れているな。

流石は傭兵。


とっさに、展開した魔法障壁を軽々と貫いて、リヨンが吐いたブレス(そう、そらは威力の点を除けば竜のブレスに似ていた)は、軽々と、ブテルパの腹から胸に大穴をあけた。


ブテルパは、落下した。


ブテルパ以外なら即死の傷であった。


そのまま、自分のいた部屋のバルコニーに、バウンドして、部屋に転げこんだ。

まだ生きている。

まだ、戦える。


リヨンとキャスは、二階の部屋まで軽々と跳躍してきた。


ダメージを与えたことは確認しているはずなのに、まったく油断した様子はない。

リヨンは、ブーツを脱ぎ捨てて素足だった。

足の爪は黒く染められている。その黒い爪から、毒蛇が這い出た。


ブテルパは、雷の魔法でそれらを、潰した。


「しぶといな。」

リヨンは褒めた。

ブテルパの傷は塞がりつつある。


キャスは、手の長さほどの棒を取り出すと、短剣の柄をそのに取り付けた。

短槍の完成だった。


ブテルパは、ドロシーの娘たちを閉じ込めている“停滞空間”を背にした。


「ほうほう? それが、誘拐したドロシーの娘さんたちが。」

リヨンが、言った。

「それを背にしたら、攻撃魔法をこちらからは撃ちにくい、とでも思ったか?

わたしらは傭兵だからね。ドロシーのお嬢さんを無事に取り返す、という任務は忠実にはたすよ。でも。」

その両手の爪が、歪曲して、伸びた。

口元からも、獣の牙が生える。

「もともと停滞空間内にいるんだったら、暴力も魔法も影響無いんじゃないかな?

人質として盾にとるには、あんまり相応しくない状況だよ。」


確かにその通りだ。


停滞空間内にいるものの、喉元に剣を突きつけて、相手を脅すことは出来ない。


ブテルパは、停滞空間を、解除した。

傷の修復までいま少し時間が欲しかった。

人質をとって、相手の動きを封じるその行為をかれは、本気で嫌悪したが、背に腹はかえられぬ。


だが。

解除した停滞空間の中から。


「ドラゴンばーんち!」


気の抜けた幼女の声とともに、突き出された拳は、かれの後頭部に炸裂し、意識とともに、彼の体もまた、窓から外に吹っ飛んで行った。



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