第145話 階層主と失われた少年
全員が感じた感覚は、落ちる、に似ていた。
そこにいる多くのものは、飛翔の魔法が使えたが、有無を言わさずに、「落とされた」のだ。
実際にはそれは転移に近いものだったのだろう。
集団を一斉に転移させるには、転移陣しかない。おそらく、このルウエンという若者は、アデルに戦わせながらその時間をもって、転移陣を完成させてのだ。
それにしても。
階層主であるミュレスとオロアも舌を巻くしかないとんでもない業前だった。
「なにここ!? ランゴバルドの」凱旋門広場に似てるけど!」
そう。周りを5階建ての建物に取り囲れたそこは、まさにランゴバルドの凱旋門広場に、そっくりだった。
ただ、人は一人も居らず、そらは厚く雲がかかって、薄暗い。
「ランゴバルドを模して“踊る道化師”が作り上げた迷宮だよ。そとの世界とは断絶している。」
ルウエンは、アデルを誘って、ベンチに腰を下ろした。
「オロア老師、カプリスさん、ミュラス、ザックさん。」
ルウエンは、呼びかけた。
「ここでしたら、いくら壊しても大丈夫です。好きなだけ殺し合うといい。」
突然、別世界に転移させられたら、人間ならば呆然自失しかないだろう。大半はパニックを起こしたかもしれない。
だが、さすが、といつべきが、ひとの存在をこえたものたちは、興味深そうに、周りをみまわしていた。
「これが大迷宮ランゴバルド。」
感慨深げにオロアは、あごひげを撫でた。
「我が主と、同胞たちが現実のランゴバルドに重なり合う形で作った迷宮。話にはきいていたが。」
「階層は一階層。ここだけだ。」
ザックがオオカミの鼻に皺を寄せてつぶやいた。
「魔物はいないようですね。」
ミュレスは、足首から下を石畳に溶け込ませていた。
「迷宮ランゴバルドへのキーを持つものは、我が主バズス=リウ、ギウリウス、ロウ=リンド、リアモンド…の5人しかいないはず。」
オロアは、誠に人間臭い仕草で首を振った。その目が見開かれた。
「いま、わしはなんと?
5人? 5人だと!?」
「災厄を忘れている。」
ミュレスが言った。
「我らの黒の御方は、蜜月の刻に災厄の女神にも、きっとここへの侵入キーを渡しているのだろう。だから5人であっている。」
「い、いや。災厄が合流したのは、最初に“踊る道化師”の結成から半年ほど経過したあとだときいた。迷宮ランゴバルドを作り上げたのは初期メンバーだったはずだ。」
「ならば、ドロシー嬢だろう。」
ミュレスは淡々と言った。
「彼女はランゴバルド冒険者学校へ、主上が入学してすぐに加入している。」
そんなはずは。
ドロシーは、単純な魔力の強度については、常人より優秀だという程度だ。
それは単純に弱いとは、言いきれない。
オロア自身がかつて、“試し”を行ったグランダの少女は、光魔法に高い適正をもっていたが、かなりよくオロアに食い下がっていた。
だが、迷宮を作り、維持する魔力とはそんな物でないのだ。
まさか。
オロアは、苦悶するように、ルウエンを見た。
「あなたが五人目の道化師、だとでもいうのか?
ゲオルグが提唱していた『失われたリーダー』だとでもいうのか?」
「誰一人、名前も思い出せないとは、ずいぶんと影の薄いリーダーなんですね。」
ルウエンは、ベンチを腰を下ろしてくつろいでいる。
アデルもその隣りに腰を下ろし、こちらは足を組んで、ルウエン以上に寛いでいるように見えた。
「さあ、ここならいくら暴れても周りに被害が及ぶことはありません。好きなだけ戦ってくださいね。」
「まて!」
マヌカが食ってかかった。
「わたしたちがまきまれるぞ!」
意外にもアデルまでもがくってかかった。
「わたしたちが戦えないじゃないか。」
ルウエンは、流石に困った。
「そこにいる貴族の百驍将さん。」
「パルムトウェッグ!」
「そうそう、そうでした。アデルの相手をおねがいできますか?」
貴族は、霧になって遁走し、かけた。
ルウエンの光の矢が、その影をぬい止めていた。
「アデルは、暫く我慢だ。」
ルウエンは、忠犬に待てを宣告する主人の口調で言った。
「まずは、階層主と神獣の闘いを見て、学ぶんだ。」
ドンッ!!
それは、立ち上がったアデルの踏み込みの音だった。
それはなんという踏み込みだったのだうろ。
アデルの足元の石畳は、身の丈10メトルの巨人の足跡のように、放射状にヒビ割れしていた。
それと同時に放たれた、彼女の斧剣の一撃に、身長3メトルを超える骸骨の巨人は、その具足甲冑ごと切り割かれて、崩れ落ちた。
「フェリンリルの相手は、ミュレスで充分でしょうな。」
オロアは、ゆっくりと歩いてくる。
だが、その足は地面から、微妙に浮いていた。
「あなた方の“確保”は、わたしが行います。」
「わたしは、ギムリウスの“試し”を受けている。魔王宮の階層主殿は友人だと思っていたんだけど?」
アデルは、悲しそうに言ったが、ものすごい大根だった。その頬はかすかに上記し、戦うことができる喜びに満ち溢れている。
「ぼくは、もしかすると、“踊る道化師”の忘れられたリーダーなのかもしれないよ。それでもいいの?」
ルウエンは立ち上がりすら、しない。
オロアの背後には数十体のアンデットが、新たに召喚されていた。
身の丈3から5メトルの骸骨たち。
全員が、武具を携え、鎧を着込んでいる。
雑魚をいくら召喚しても、ザックの咆哮1つで雲散霧消してしまうので、そうはならないような高位のアンデットを揃えたのだろう。
「それは、ゲオルグが唱えた幻想だよ、坊や。」
悲しそうに、オロアは言った。
「“黒の御方”と“災厄の女神”。その狂愛と確執になんとか、合理的な意味合いを求めようとしたゲオルグ殿の妄想の産物だ。現実には、“踊る道化師”は、崩壊するべくして崩壊した。
あの二人の争いは、中の深い愛情が憎悪に変化に男女によく見られる一般的なものだ。
彼らをうまく導いていたリーダーなどは、最初からいなかった。だから我らはこの混沌の中でもなすべきことをなさねばならん。」
オロアは手を挙げた。
後ろのアンデットたちが、ゆっくりと剣を、斧を振りかぶる。
「きみは、人の身でありながら、竜の“ブレス”に似た魔法を使ったそうだな。わたしはその対策をわたしなりに考えた。
カザリームの戦いの後、竜たちは、姿を消した。まったくの無駄に終わるかと思っていたこの研究の成果を本人の目の前で、試せるとは探求者冥利に尽きる。
わたし、自身と召喚した上位アンデット88体。これらが作り出す瘴気の障壁は、ブレスに対しても十分に有効なはずだ!」
ベンチに腰掛けたまま、ルウエンは、オロアを見上げた。
「あなたは、ウィルニアの弟子筋らしいが、確かにウィルニアなら、あなたを気に入っただろう。似ている。」
「!?」
「その飽くなき探究心と、場所と時をわきまえずにそれを発揮したがるところだ。」
オロアの背後の骸骨兵が、巨大なバスターソードを振り下ろした。
オロアの現在の体を構成していたアストラル体は、揺らぎ、切断され、千々に砕けたが、一瞬でもとに戻った。
だが、オロアの顔には驚愕しかなかった。
振り返った彼の目の前で、87体の骸骨兵がそれぞれの大段平を振りかざし、オロアを狙っていた。
「な、なんなのだ、おまえたち…ま、さか」
オロアは、また振り返って、少年を見つめた。
「顎が落ちそうだし、目玉が飛び出そうだな。」
少年はとなりのアルデに言った。
「そんなところまで、人間に寄せなくてもいいのに。高位のアンデットってすごいものだろ?」
「お、おまえが」
そのあとは声にならなかった。
悲鳴に似た思念派が、迷宮に響き渡った。
“おまえがアンデットの制御を乗っ取ったのか!!”
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