第144話 異界召喚

カプリスは、空から降りてきたパルムトウェッグを、軽く睨んだ。

たしか、彼もまた、アデルともうひとりと接触し、これを説得するために、出かけたはずだった。


「なんなのですか、こいつらは!」

言い訳すらなく、バルムトウェッグはそう叫んだ。

“貴族”が蒼白になることなど、ありうるのだろうか。

だが、実際に、貴族にして百驍将パルムトウェッグは、そうとでも言うしかない顔色でアデルを指さした。

「あいつらは」


「女神の御子だ。」


「アデル姫はわかります。あの少年は。」

「20年ばかり前に、カザリームがトーナメントを行ったことがある。」

「“混沌”のトーナメントですか? あの魔王復活祭となった伝説の。」

「それ以前のトーナメントだ。『栄光の盾』というパーティ名を賭けてのトーナメントだ。優勝者は『栄光の盾』といえパーティ名を名乗ることが出来るという。」


もともと、粘液の塊であるミュラスが、打撃でダメージを受けるとは思えない。


だが、半ばうめり込んだ岩塊から、身を起こしたミュラスの表情は、驚愕したもののそれだった。


「ザックとか言うのか? おまえもちょっと待ってくれ。」


ザックは、大人しく尻尾をふって応えた。


「名前はきいたことがあります。たしかカプリスさまも参加されていましたな。

しかし、わけのわからないトーナメントでしたよ、あれは。」

パルムトウェッグは、言った。

「このご時世に、魔王の敵対パーティだった『栄光の盾』を名乗りたがるヤツらは皆無ですが、その昔は、伝説の初代勇者パーティにあやかって、『栄光の盾』を名乗るものはいくらでもいたはずです。

それを名乗ることを正式に認めるかどうかなんて、わざわざ試合をして決めるものでもないでしょう。しかも単なるいち地方都市が。

そもそも、カプリス殿はなんでそのトーナメントに参加したのです?」

「わたしは、己の仕える神を探してさ迷っておった。参加したのは単にに名を売るためだった。」


「あなたが、“黒の御方”と“災厄”の御子なのか?」

オロアは、静かに尋ねた。


ザックの咆哮ひとつで、死者の軍団を吹き飛ばされたにも関わらず、動じ様子は無い。

それどころか、そのことをなにか不快に感じたりしてすらいないようだった。

つまり、本当に、オロアは、高位アンデットも含む死者の軍団を、マヌカに戦闘を諦めさせる為だけに、召喚したのだ。

その目的を達成することが出来なかった以上、死者の群れにたちに、もう関心はなかったのだ。


「喜ばしくはないが、どうもそのようなんだ。」

アデルは、真面目な顔で言った。

「リウとフィオリナは、どちらもわたしを手元に置きたがっているようだけど、それは間違いないのか?」

「問答のまえにひとつ。」


オロアは、静かに手を挙げた。


「そなたは、ギムリウスの“試し”を受けたのか?」

「そうだよ。わたしたちはこの前まで、『城』にいたんだ。冒険者学校の校外研修中に、動乱に巻き込まれてね。

ロウ=リンドも一緒だよ。」

「なるほど。」


オロアの視線には、もし普通の人間ならば、それだけで、精気をすべて消失し、命まで絶たれるような危険なものが、混じっていたが、アデルはその力を、簡単に言うと「無視」した。


「あなたを手元に置きたいのは、嘘偽りもない本心だろうが、別に“黒の御方”は、あなたやあなたの仲間を害そうという気はない。」

オロアは、静かに。淡々と言った。

アデルのようなタイプには、そのほうが信頼を得られるだろうと、彼なりに考えたからだ。

「ただ、いまあなたは、冒険者学校の学生なのだろうが、卒業したあと、今後について、御方様は大変気にかけておられる。

あなたの自由や意志を拘束するおつもりは無いが、一度、父上のもとにお越し願えないだろうか?」


「お待ちを! アデル姫。」

カプリスは、必死に声をかけた。

「我が主たる女神は、心からあなた様を案じておられます。“黒”のもとに行ってしまえば、あなたの意志を縛ることなど、あの魔王にとっては、容易なこと!」


「カプリスよ。それならば同様なことは災厄も可能であろう。」


死せる魔導師と生ける神官は睨み合った。

アデルは、困ったように、おおげさに両手を開いた。


「ああ、将来のことは、もういいよ。わたしは冒険者になる。といつかもう正規の冒険者資格もとった。

パーティも組んだよ。“踊る道化師”っていうんだ。」


「それは」

死せる魔導師も生ける神官も顔をしかめた。

「かつて、存在した冒険者パーティの名だ。いたずらに名乗るべきではない。」

「その名を名乗ってよいのは、“黒の御方”かまたは“災厄の女神”のみであろう。」


「メンバーは、わたしとルウエン。」


「確かにあなたは、二人の御子なのだろうが……」


「それに、ロウ=リンド、ギムリウスにドロシー。」


オロアは黙った。

カプリスもうつむいた。

そのメンバーなら、むしろ、“踊る道化師”を名乗らないことが不自然だ。


「実を言うとまだ、メンバーは増える予定なんだ。リウのところの貴族のなかで参加を申し出てるものがいるんでね。

具体的な活動は、わたしたちが冒険者学校を卒業してからになると思うけど、んなわけでわたしの将来は、ちゃんとかんがえてあってしかも前途洋洋たるもんだから、つまり、端的に言うと。」


アデルは牙をむき出すようにして笑った。


「いまさら、保護者ヅラして首を突っ込むな! ひっこんでろ!」



ザックは、アデルのことが気に入った。

話し合いをしたい、と言っておきながら、自分から交渉を決裂させたしまう無茶苦茶さは大いに彼を楽しませたのだ。


傍らのマヌカの体を支えるように、そっと自分の体に彼女をもられかからせてやった。


「いいな! アデル。おまえはいい。」


ザックは吠えた。


「ならばこれで話し合いは終了。あとは、それぞれ自分の陣営におまえを連れていきたい我々と、おまえの三つ巴の戦い、ということだな!?」


「仕方あるまい。」

オロアは、頷いた。

「無駄な破壊は行いたくないが、それ以外に方法がないのであれば」


どおおおんっ!


突如、彼らから数十メトルはなれた場所で火柱が上がった。

それは、派手、ではあったが、彼らの誰一人として、それによるダメージをおったものはいなかった。


全員の注目を集めた少年の。

マントはちょっと焦げていた。

前髪も火の粉を浴びたのか、ちりちりになっている。


視線を集めるための放った火炎魔法で被害を被ったのは、術者自身だった。


「ルウエン!」

アデルが笑って、手を振った。

「ダメなんだ、こいつら。どうしても戦いたいみたいでさ。」


「そりゃ、アデルの説得が下手すぎるからだよ。」

柔和な笑みを浮かべて、ルウエンは、一同に頭をさげた。

「うちのアデルが失礼しました。」


「ルウエン殿。」

カプリスが、頭を下げた。

「カザリーム以来ですな。どこに行かれていたのかは、存じませんが、戻られるのは遅すぎたようです。

世界は混沌に堕ち、回復の手立てはありません。いま、この瞬間にも我々、百驍将と、階層主さまたちの戦いで、周辺の村々や街は壊滅的な打撃を受けるでしょう。」


「でも、ルウエンなら、なんとかするよね?」


アデルが言った。


「ルウエンか。」

ザックが歯をむきだした。狼の顔なので分かりにくいが、笑ったようだった。

「たしかに、遅いな。階層主どもを相手にするには、俺も全力を出さにゃあならん。そうすると俺の得意なのは、竜どものブレスに似た放射魔法でな。軸線上のものを消し去ってしまう。その延長上に街があれば。」


「お主も試しを受けているのか、ルウエンとやら。」

ミュレスが尋ねた。

「そうだとしても、我々の闘いを止めることはできないがね。」


「ザックさんといい、ミュレスといいなにを愉快な勘違いをしている?

こんな状況、戦わずに解決なんてできるはずもないだろ?」


一同は。

アデルまでも呆然と、ルウエンを見つめた。

この少年が戦いを止めるために来たのだと、信じていたのだ。


「そ!それはいったいどう言う…」

マヌカが恐る恐る尋ねた。


「こういうことだよ。」

少年は、片手を空に差し伸べた。

「来たれ、大迷宮ランゴバルド!」

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