第141話 狼と階層主

冒険者のザックとは、どんな男だったのだろうか。


例えばその昔、彼のパーティに所属していた駆け出し冒険者は、こんな風に言っていた。


まあ、頼りがいはある兄貴肌ではあるんだけど、すべてにだらしなくて、いつもパーティの魔法士にガミガミ言われてたな。交渉事はだいの苦手で、これも魔法士に丸投げしていたな。

勇敢ではあるし、仲間を見捨てるなどということは、考えもしない点、冒険者パーティのリーダとしては立派だったのだろうと思う。

ただ、いつも酔っ払ってたな。


ザックは、このときは酔ってはいなかった。

足元がすこしふらついていたのは、マヌカが、巨人たちの体躯と魔法障壁でかろうじて防いだ衝撃波にやられていただけのことである。ちなみにその衝撃波は、彼自身の放った「白狼聖牙斬」の余波であったから、自業自得というか、それはそれでマヌケな話ではあった。


マヌカが、円筒状の障壁を立ち上げた。

僅かな真珠色の燐光をはなつ、それに、ゾンビ化した彼女の巨人が触れた瞬間、燐光は虹の7色に変化し、ゾンビの指を砕いた。


あおあ。


言語として意味は通らなくとも、少なくとも勇猛果敢であったそれまでの雄叫びとは似ても似つかない。

構わず、巨人ゾンビは、うでを差し込んだ。

指が、さらに、手首が、腕が、ボロボロと急速に崩れ落ちていく。


マヌカの障壁は、生ける死者を消滅させるものだった。


だが、ゾンビの行動は止まらない。

崩れた腕が、見るまに再生していく。

腐食して崩れたとこから、復元されていくのだ。そして、破砕よりも再生のスピードの方が早い。


マヌカは、血が滲むほど唇を噛んだ。

彼女の判断が間違っていたわけではない。

赤涙族の巨人は、間違いなく、マヌカのもつ最大戦力だった。それが役にたたない。

攻撃は効果がなく、二体はあっというまに、屠られ、残りの一体は、相手の下僕となって彼女を襲おうとしている。

取り出した試験官は、逃走用の魔獣を用意してある。

飛翔能力のある鳥型の魔獣だ。


ザックとともに、いったんここを離れる。


災厄の女神の陣営で最高の実力者である彼女ですら、魔王宮の階層主には歯が立たないのか。


そのザックは。


両手を地につけた。


構わず巨人は歩を進める。

ザックの口が開いた。



発した咆哮は、人間のものではなかった。


その咆哮だけで。

7メトルを超える巨人の全身が吹き飛んだ。

再生もなにもない。

吹き散らされる砂のように、あとたかもなく吹っ飛んだのだ。


「ザック!!」

マヌカは、逃走用の試験管を握りしめた。

そうか。やる気になってくれたのか。



それならば、いっそう彼女はこの場を去らねばならない。


「もう少し離れてくれ。で、できればここと街の間に障壁を」


そう言ったザックの姿は、くたびれた中年冒険者のものではない。


子牛ほどもある一頭の狼。

その全身は白銀の毛で覆われていた。


これが、かつて名を馳せた冒険者パーティ“フェンリルの咆哮”のリーダー、ザックの真の姿だった。


ゆっくりと。

歩いているふうにみせてはいるが、現実には足元の地面ごと動いている。

第四階層主ミュレスが、歩みを止めた。


「なるほど。本気でわたしを止めたい、と。そういうことですね?」


「そういう事だ。」

狼の口だったが、発音は明瞭だった。

「この姿ではどうにも、手加減がしにくいので、やりたくはなかったんだが、しょうがない。」



ミュレスは、手を差し伸べた。

足元が沸き立ち、粘液の槍が飛ぶ。

さきほど、マヌカの巨人たちに対して放ったものより、数敗の大きさと速度を備えていた。


ザックは跳躍した。

そのあとを追いかけるように、やりがい角度を変えて、ザックを襲った。


ドン!


とい音は、ザックが、空気を蹴りつけた音。

それだけで、空中で方向転換したザックは、そのまま、空を駆ける。


ミュレスは、新たな槍を生み出して、ザックを攻撃する。ザックは次々と空中でジャンプして、それをかわしていく。


それ自体は見事だったが、ミュレスの攻撃を一方的に受けていることにはかわりがない。


「遊んでないで、はやく片付けて!」

マヌカが泣き言を言ったのは、冗談ではなかった。


オロアは、地中から死者の群れを呼び出していたのだ。数はわからない。

少なくともマヌカの見えるところからはすべてが、死者に覆われていた。

マヌカは、破邪の障壁を、広げる。


その輝きにふれた使者たちは、光に下かれるように消滅していく。

だが、その数はあまりにも多く、またあとからあとから、いくらでも補充がきくようだった。


マヌカは新たに取り出した試験管を割った。現れたのは、一本角を持つうさぎに似た魔獣。

その角から、真珠色の光を放つと、ひかりに触れた死人は、悲鳴をあげて、焼かれていく。


マヌカは、次々と試験管を砕いた。

水流をはく、亀に似た魔獣。電光を纏った獅子。そして炎をまとった大蛇。


死者の群れは無限に湧き続け、マヌカの魔獣もまた次々とほ中されていく。



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