第140話 聖者対階層主

マヌカは、素早く後退した。

自分の力を、歴戦の戦士である彼女は、よく把握していた。

正面から戦うことは無理だ。


これは、彼女の能力とか努力の不足ではない。生き物としてのランクが違うのだ。

だから、使役獣を使う。

彼女自ら育て上げた希少な魔獣たちだ。


下がりながら投げた試験管は、地面で割れ、汚穢な紫の煙とともに三体の巨人が現れた。

身の丈は7メトルを超える。

人間型だか、顔が大きく、胴と足が極端に短い。その分、腕は長大で、そのままでも拳が地面につきそうだった。

その手に、これも巨大な剣を握っていた。


いまは、閉ざされた『悲鳴宮』。

その最下層にのみ、存在したと言われる『赤涙族』と呼ばれる巨人であった。


その皮膚は、金属の光沢をもち、竜鱗ににた特性をもっていた。すなわち、魔法にも打撃にも極めて強固な耐性。


ぐあるるるるるっう!!


三体が一緒に吠えた。


そのまま、ずんずんと前にすすむ。

その仕草はどことなく、ユーモラスですらあった。

互いに話でもしているように、唸りを上げながら。

突然いっそう、大きな唸り声とともに、その一体が剣をふるった。


巨体に似合わぬ俊敏な速度。


そして、タイミングは、完全にミュレスとオロアの虚をついた。無惨にも上半身のみが吹っ飛び、地面に転がる。


もう一体の巨人が、口から粘液を吐いた。


灰色の濁った液体が、ミュレスとオロアの死体を覆い尽くしていく。


三体目は、両手を高く掲げた。

その間に火球が構成され、直径が彼らの身長をこえる大火球になる。


その状態で投げつけた炎は、ミュレスたちの体の残骸も、すべて取り込んで、爆発した。


「時間は稼いだぞ、ザック。」

表情をかえぬその顔に苦渋の汗が滲んでいた。、

対するザックは。

ベテランの冒険者にみえるが、それ以上でもそれ以下にも見えないこの男は、自分の得物である剣を、目の前に捧げるようにもっていた。

その剣に光が凝縮されていく。


剣そのものが内側から、輝き、目視できないほどの光を自ら放ち始める。

さらに、剣そのものが、巨大化してあく。

片手持ちの短めの剣だったそれは、その長さとふとさをまし。

剣というよりは、柱でも振り上げているようになった。


「行くぞ! 究極奥義“白狼聖牙斬”!!


振り下ろした剣は、その実体。失い。

光の放流となって、未だ、爆炎に包まれている、ミュレスとオロア。その遺骸がある当たりを襲った。


起こった衝撃と爆風は、巨人の火炎球の比ではなかった。

間に丘を挟んでいなければ、その余波だけで街を壊滅させていたであろう。

マヌカを庇うように、巨人たちは彼女の周りに跪いた。

マヌカもまた、自分と巨人たちを守るために最大限の障壁を張る。


衝撃波が、障壁を揺らし、巻き上がった土砂が、マヌカたちを埋めつくした。


ごるあつつつつっ!!


土砂をはね上げて、巨人たちが立ち上がる。同時にマヌカは、風を起こして土けむりを薙ぎ払った。

同時に風の刃を吹き散らすことも忘れてはいない。


階層主である、ミュレスたちに、致命傷は無理でも当たれば、牽制にはなるだろう。

そう、思ったからであったが


「い、いてえっ! どこに撃ってやがる!」


そう叫んだのは、味方のザックだけだった。

自分の魔法が起こした破壊の余波で、革鎧は無惨に吹っ飛び、ほぼ、下着だけである。


「なにをやっている!」

マヌカは怒鳴った。


「なにをやってるんです?」


どこから、聞こえてくるのかわからない声は、あの陽気な青年ミュレスのものである。


「真面目にやらんか。真面目に。」

老人の繰り言のようなぼやきは、これも姿は分からないがオロアのものだろう。


敵からも味方から非難を浴びたザックは、憮然と立ち尽くした。

きちんとしていれば、それなりに精悍さもあるのだが、泥まみれで下着姿のザックは、かなり、みっともない。


「真面目にやっている!」

ザックは言い返した。

「あれは俺様が編み出した究極奥義なんだぞ!

あれ以上の攻撃は、ない!」


「それはその姿では、だろう。」

マヌカは冷たく言った。

「多少の準備時間は必要だと思って、ひとが苦労していれば……」


「ザックさん。」

地面の一部が、粘液に変化し、そこから、傷一つないミュレスの姿が立ち上がった。

「いくらなんでもなめすぎでしょう。」


「いや、お主のかんがえもわからんではない。」

ふわりと、オロアも姿を現した。

だが、その姿は半透明だ。

「近隣の街に被害が及ぶのを恐れたのだろう?

そして、実際にお主のナントカ斬は」

「白狼聖牙斬。」

「はくろおせいがざんは、わしのアストラル体の18パーセントを削っていった。

おそらく、ミュレスの全質量もそのくらいは消滅しているはずだ。」


「8パーセントといったところですよ。ちなみに回復には2秒かかるダメージですが。」

「そうか。わしは1秒で回復できるがな。」


人外共の不毛な言い争いに、マヌカの顔色はいよいよ悪くなった。


「わしはもとは人間だし、無闇に生命を奪いたくなはない。ミュレスも人間の知己はいるし、同意見だろう。」

オロアの言葉に、ミュレスは頷いた。

「マヌカ。あなたは、わたしたちの“試し”を受けてはいない。あなたの生命を奪うつもりはないが、」

浮かんだ笑は悪いの欠片もなく、恐ろしかった。

「通ったときにうっかり踏み潰したらゴメンだね。」


ごろあっっ!


マヌカの巨人が、吠えながらあゆみ出た。

攻撃ではない。

マヌカを救うために時間稼ぎのための突撃だった。


「やめろおっっつ!!」

マヌカは叫んだ。クールで非情さも感じられる美貌が歪んでいる。


ミュレスは手を差し出した。

粘液が濁流のように、飛び出した。途中の瓦礫を軽々と撃ち抜いて、巨人たちに到達した粘液砲は、巨人の外皮に跳ね返されて、しぶきをあげた。


「ほう? これはなかなか。」

感心したように、ミュレスは呟いた。

パチリと指をならすと、巨人たちの足元が泥濘と化した。あっという間に巨人たちが腰まで沈む。

ひとりの巨人が残り二人を自分の形に担ぎあげる。

自分が沈むのも構わず、二人を自分を土台にジャンプさせた。


2人の巨人は、剣をふりあげ、ミュレスとオロアを一刀両断しようとする。ミュレスの手が伸びて、巨人の口のなかに入り込んだ。

巨人の顔が苦悶に歪んだが、次の瞬間、かれは、耳から目から鼻から粘液を吹き出して絶命した。


最後の一体は、オロアの目の前に。あと一歩まで迫った。オロアは顔をあげ、巨人を見つめた。

「死ぬがよい。」

静かなひと言であった。ただ、それだけで、巨人は動きを止めた。

それだけではない。

剣をもったまま、ゆっくりと振り返ったほの顔にはなんの生気も残っていなかった。


「くそっ! 赤涙族の、巨人のゾンビか。シャレにならん。」

罵って口撃魔法を紡ぐマヌカの足元の地面があっという間に粘液にかわった。抵抗しようもない。迫り来る巨人には、マヌカへの愛情など欠けらも無い。

マヌカの紡いだ風の魔法には、巨人のゾンビはなんの反応もなかった。


だが。

ザックが。

剣も鎧も、失った冒険者が。

立ちはだかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る