第139話 新たなる百驍将
目を覚ましたドロシーに、ロウはカップを差し出した。
中身は、白湯である。
こくこくと、喉を鳴らして、ドロシーはそれを味わった。
「気分はどうだ?」
「わたしが、気を失ってからどのくらいたちました?」
「一昼夜だ、な。いまごろ、ルウレンたちは、子どもたちを安全に保護している頃だろう。」
「……だろう、と言うことは、まだ連絡はないのですね。」
ロウは、ルーデウスを見やった。
女伯爵はかぶりを振った。
「おまえは、ルウレンの血を吸っている。」
と、ロウは指摘した。
「意思の疎通はできるはずだ。」
「むこうから、こっちへはいくらでも連絡がつくようですが、こちらからの呼びかけはできません。」
「どっちがどっちの支配下に置かれてるんだか。」
という、ロウのぼやきにルーデウスは、体を縮こまられた。
「吐き気はないか。大丈夫ならなにか食べた方がいい。」
「とても」
ドロシーは、白湯の入ったカップをおいた。
それを美味いと思ってしまった自分を責めているようだった。
「あの子たちがどんな目に合わされているかと思うと。」
「お子さんたちを捉えたのは、瞬時展開の“停滞フィールド”らしい。」
その意味をドロシーが理解するまで、数秒間かかった。
「停滞フィールドは、完成までの間に抵抗されるととても弱いはずです。」
「そうだな。たとえ魔法の素養のない幼子でも、気がついて抵抗する 時間があれば容易に免れることができる。例外は、ランゴバルドの上空に張り巡らされた“防空網”用の停滞フィールドくらいで、あれは無数の停滞フィールドが、波が押し寄せるように襲いかかってくる。 」
「しかし、抵抗の機会を与えられぬほど、超高速でフィールドを完成出来れば」
「まあ、ある種の無敵の武器になる。」
ロウは、肩を竦めた。
「以前にミイナがそれで、リウに助けられた。」
「アルセンドリック閣下!! 彼女はどうしてるんです?」
「つい、先日、ルウエンに助けて貰ったよ。停滞フィールドの解除と当時に巻き戻しをかけたんだ。」
「そんなこと、僅かでもタイミングがはずれたら。」
「そうだ。プレスに巻き込まれて、消滅寸前の状態で時間を停めたんだ。おそらく、ルウエンにしか出来ないだろう。
停滞魔法の解除と巻き戻しを同時に使用することは。」
話を戻すぞ。
と、言ってロウは、今度は、粥のはいった器ドロシーに手渡した。
「おまえの子供たちはそのまま、停滞フィールドの中にいる。だから、お腹を好かせまたり。何か、辛いことには一切あっていない。」
「なぜ、停滞フィールドに閉じ込めたみままだと思うんです!?」
「解除する理由がないからだ。」
ロウは答えた。
「言うまでもなく、逃亡の危険もある。下の子はまだ乳飲み子だろう?
食事の世話もいる。何より、ラウレスだ。
あの子はまえにプテルパのパーテイの1人に完勝ている。あれを暴れさせたらとんでもないことになるさ。」
ドロシーはお粥をひと口、口に運んだ。貝柱が煮込んであった。
これは、美味しい…気がついたときには、食べ終えていた。
「食欲もあるようだ。よかった。
じゃあ、少し情報を交換しておこう。あのルウエンことや、今後の計画について話した置きたいと思う。」
「そのお話にボクもくわわってよい?」
ロウは、反射的に腕を振るった。
爪は金属の輝きをもつ、鍵爪にかわっていた。
声の主である童子の顔面をひきさく、直前に、それはカバーにはいった男の手をよって、食い止められ。
流された。
ロウが振るった力は、速度はそのままに向きを変えられた。
そのまま、ロウの体は部屋に置かれた衣装棚に突っ込んで行った。
振るった力をそのまま、投げ飛ばす力に転用されたようなものだった。
「だめだよ、ゲンちゃん。」
童子はのんびりと言った。
「ケンカしに来たんじゃないからね。」
鍛え上げた肉体を持つ、長身の男は、身に武器を帯びていない。胸板。腕や肩の筋肉の盛り上がりを誇示するように、上、袖のないシャツ一枚だった。
倒れロウは、棚の残骸から身を起こした。
それ自体はたいしてダメージがある訳では無かったが、彼女を投げ飛ばした男がなみなみならぬ拳士であることを理解したのだ。
「不動阿修羅拳ゲンガク。百驍将第八席。」
男は名乗った。
「『城』のリンド伯爵だな? 」
「ケンカしちゃだめだよ。話し合いに来たんだからさ。」
童子は、ケンガクをたしなめた。
「ボクは、百驍将第七席ポポロ。」
「“百鬼”ケンガクと、“神羅万象”のポボロ。」
ドロシーは、なんとか身体を起こした。
「わたしの子どももたちを返しなさい。
交渉はそれからです!」
「ありがとう、ドロシーおねえちゃん。」
天使のような微笑みを浮かべてボボロは言った。
「じゃあ、お嬢ちゃんたちを無事に返せば交渉してくれるんだね?」
「しゃべるな、ドロシー。」
立ち上がったロウの両手の爪はナイフの輝きと流さをもっていた。
「こいつの得意なのは、契約魔法だ。やたらにしゃべればそれを『誓約』として、こいつに拘束される。」
「悪いことはしないよ、ボクは。」
少年は傷ついたように言った。
「血が流されずに、みんなが幸せになれれば、それが一番いいと思わない?」
「興味深い話しね。」
と、ドロシーは言った。
「そうでしょ? だったら……」
「ならば、まずこの乱世を沈めてみなさい。リウとフィオリナの喧嘩を辞めさせて、この世界をあるべき姿に戻しなさい。」
「そのために、ボクは努力しているよ。全ては一歩一歩、なんだ。いま、“黒の御方”にドロシーやロウ様を抑えられたら、もう、世界はあの暴君に支配されるしかなくなる。それを防ぐために力を貸して欲しいんだよ。」
「そいつの言葉に耳を傾けるなっ!」
ロウは、ポポロに容赦なく、爪を向けたが、ゲンガクがその間に滑り込む。目標をゲンガクに切り替えたロウの一撃は再び、流された。
今度は、足元の床に頭から突っ込む。
そのまま、肩と肘をキメられて床に、押し付けられた。
「ルーデウス!」
ロウは叫んだが、肝心のルーデウスは、ぼんやりと目の前にうかぶシャボン玉をながめていた。
「キレイ……」
ルーデウスの唇が動いた。
シャボン玉は、キラキラと煌めきながら、ルーデウスの前を漂う。
ルーデウスの視線はそれを追いかけた。
「争いなくないんだ。」
ボボロは、繰り返した。
「血を流すのもいや。戦いもしたくない。だから話をさせてよ、ドロシーお姉ちゃん。ロウ様。」
「無理だよ、ロウサマ。」
ロウを押さえつけたゲンガクは真面目な顔で言った。
「あんたは確かに20人力なんだろうが、人の姿をしている限り、チカラの流れは俺が支配している。
まずは、ポポロの話をきいてくれ。」
話をさせてはダメだ!
いくら知恵もののドロシーでも、ポボロの言葉は違う。それ自体がたちの悪いこと呪いみたいなものだ。
ロウは、体を霧化させようと試み、それすら出来ないことに、愕然とした。
「子どもさんたちを無断で保護したのは、ほんとに、悪いと思ってます。」
ポボロは、ドロシーの手を取った。
ドロシーは甘い匂いを感じた。まるでサイナに感じるような赤子の匂いだった。
わたしが、この子を助けてあげなければ。その思いが、ドロシーの体を貫いた。
「だから、ボクと一緒に話をしましょう。みんなが、幸せになれる妥協点はきっとありますよ。」
甘い囁きを中断してポポロは。
ロウは。
いや、全員が一点の方向を見つめた。
この街からそう遠くない場所で、何者かが凄まじい魔力を開放したのだ。
「オロア、ミュレス……」
ロウは埋めいた。
「リウよ。おまえはそんなモノまで解放したのか。」
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