第135話 超越者達の闘い

“不死王”ディガバルガは、フードをずらした。僅かに目が見えただけで、顔立ちは分からない。だが、ルウエンは、「それ」の視線を感じた。

長い前髪に隠された口元が、微かに動いた。


シネ。


それは、そうつぶやいていた。

ルウエンは、死んだ。

呼吸はなくなり、血流は流れることをやめた。心臓の鼓動さえもなくなる。


視界は、すべての識別を失い、ただ、温かい血をもつものへの、憎悪だけが残った。

生者が死者を恐れるように、死者は生者を憎むのだ。


「気分はどうだ?」

ディガバルガは尋ねた。

「とはいっても聞こえはしないだろう。おまえはもはや死人。

生きている者への憎悪で動くだけの屍に過ぎないのだから。

だか、わたしは、そんな死人を操ることができるのだ。」


ゆっくりと、ルウエンに近づく。その鳩尾に。

ルウエンの膝が突き刺さった。


ぐええっ。

胃液を吐き散らして、倒れ込んだ男に、罵声が浴びせられた。

「なにやってんのよ! わたしの出番はなんもないわけ?」

「ああ、ほんと、なんていうか。いまからこいつに毒、流し込んじゃだめかな?」


「まあまあ。」

ルウエンは、両手にもった魔剣たちをなだめた。

「ほら、こいつも対リウ戦においては、大事な戦力だから。」


「な、なぜ…おまえはわたしの術にかかって、間違いなく死んだはず。」


フードがとれて、男は顔を晒していた。

歳はたぶん50代。いや頭髪が少なくなっているのでそう見えるだけで

もう少し若いかもしれない。


「生とか死とかは、存在のあり方の表裏にすぎない。」

「そ、それを誰が。我ら『死人造り』の奥義だ。なぜ、おまえがそれを口にする。」

「ああっ・・・・ええっと、どうだっけかな。知り合いのアンデッドと話しててそういう結論になったんだ。」

「アンデッドになぜ知り合いがいる。あれらはひたすらに命あるものを憎むだけの存在だ!」

「ランクが低ければね。高位のアンデッドはちゃんと話も通じるし、場合によっては仲良くもなれる。」


ルウエンは、男の襟首を掴んで、跳躍した。

いままで彼らがいたところに、プラズマ球が炸裂する。


「なにをやってるんだ、アデル。」

ルウエンはぼやきかけたが、プラズマ球に続いて、失神した大男が降ってきたのを見て、納得した。百驍将“雷槌”のボルルガだった。


「ボボルガほどの豪のものを一瞬で・・・・・」

ディガバルガは、真っ青で完全に死人の顔色だった。

おまえが死んでどうする。と、ルウエンは思った。


「ルウエン・・・・そっちはどうなの? え? あなた、また死んでない?」


ああ。

と答えて、ルウエンは、胸を拳で叩いた。心臓が動き始め、呼吸ももとに戻る。


鼓動を、血流を、ふいごのようになる肺を。

うとましく感じたのは、本当に彼が「死んで」いたからだろう。

だが、それほんの数秒のことで、彼のまだ中性的なかわいらしさを残した顔に血色がもどり、彼は、大きくため息をついた。


「死ぬのが苦しいのは、みんな共通の認識があるんだろうけど、生きるのが、こんなに苦しいのはあんまり知られてないだろ。」


アデルは、剣をぬいてさえいない。

武器をかまえた相手を、殴り倒したのだ。


「さ、さすがにアルデ姫・・・・」

そうつぶやく、ディガバルガの頭をアデルがけっとばした。

こちらも完全に意識が飛ぶ。


「殺しちゃだめだよ?」

「殺そうとされない限りは殺さない。」

アデルは、そう言いながら、こちらも完全に意識が飛んでいるボルルガの体の横に、ディガバルガを放り投げた。

「こいつらはどうする?」


「いい方法があるよ。“停滞フィールド”だ。」


魔法の発動はアデルが、担当した。

もともとは重傷を負った怪我人を、病院まで運ぶための魔法だったが、ラウレスたにの誘拐に、使われてのを見て、思いついたのだ。


「これからどうする?」

「このまま、街に戻るよ。探すまでもない。むこうから仕掛けてくるよ。」


わかった。

と、言ってアデルは、ルウエンの顔を覗き込んだ。

「ところで、ルウエンはアンデットに知り合いがいるの?」

「こっちの話まできいてる余裕があったんだ?」

「というか、ただ単に殴り倒すのって、イチバン簡単なのよ。」

「付与魔法のかかった武具で、武装した相手を、か?」


まあ!いいから。

と言ってアデルは歩き出した。


「アンデットの知り合いって」

「そんな話にも興味があるの?」

「興味があるのは、あなたになんだけどね。」


諦めたように、ルウエンは言った。

「そんなに大勢いるわけはないよ。ミトラの暗き聖女シャーリーか、魔王宮の階層主オロア老師くらいかなあ。」


「どっちも災害級の魔物じゃない。」

アデルは言ったが、言った当人は、“災厄の女神”の娘で、祖母は斧の英雄神の生まれ変わりと言われるアウデリアという。



■■■■



オロアは、空を見上げた。

雲が一欠片、空をかけていく。

風が強い。


オロアが人として暮らしたのは、もう500年は昔のことだった。

生命を投げ出して、魔王宮から疫病の治療薬を持ち帰った彼は、長くグランダの地で聖人として讃えられたが、その後も彼は、その魂を、賢者ウィルニアの作ったヒトガタに定着させ、ウィルニアの弟子となり、その力を認められ、魔王宮の階層主となったのだ。

現在は、ヒトガタのような依代がなくとも己の存在を霧散させてしまうことはない。

その結果、一種の魔物になってしまってのだが、そのことは、あまり気になっていない。


「オロア、浮いてるますよ。」

と、隣を歩く青年が指摘した。


二人は、エザルに向かう道中だった。

オロアは、おお、そうか、と言って、足を地面に下ろした。無意識のうちに、0.1メトルばかりうかしていたのだ。

本当に人間のふりをしたいときには、ヒトガタを使った方がよいのだろうか。

以前、“踊る道化師”のメンバーが選ばれた時に、オロアと隣りを歩く青年ミュレスは、「人間のふりが話にならないくらい下手」という理由で、魔王宮に残されたのだ。


「ミュレス。歩けてないぞ、お主。」


「ああ、しまった。歩くというのはこの足を交互に動かすのでしたね。」


ミュレスは足元をみた。その足元は、緑の粘液と化し、それは地面そのものと同化しつつ、彼を移動させていた。


もともとが、知性をもった粘体状の生き物であるミュレスに並ぶくらい、人の真似が下手というのは、どういうことなのだろう。

オロアは、暗澹たる気分になった。


二人はエルザに向かうために、まず駅に向かったが、魔道列車への乗り方が分からなかった。

オロアが人間としての生きていた時代に使われていた金や銀を使った硬貨は、とっくに使われなくなっていた。

ミュレスのほうは、とくかく、鉄製出できた怪物の腹の中に呑み込まれて移動すると言うこと自体に、肝を潰して(もちろん、比喩的な意味であつて、ミュレスには肝は無い)いたので、話し合ったふたりは、徒歩で、エルゼを目指すことにしたのだ。


この時代、“黒き御方”と“災厄の女神”が招いた乱世のため、街道は、傭兵二守られたキャラバンでも無ければおいそれと、旅行客が行き来できる所ではなくなっていたが、二人の妖人は、街道など使うつもりはなかった。

なにしろ、すみやかに、主が友人にするためにさらって来いと命じた少年の確保のためには、 可及的すみやかに、目的地に到達せねばならない。


これは、よいことだった。もちろん、街道に跋扈する盗賊共にとって、である。災害級の魔物との遭遇は、天災に抵抗しようとするのと一緒にだからだ。


ふたりは取り敢えず、エルぜまでの直線距離をもって、まっすぐに進んだ。

旅は実に順潮であった。

そこらの肉食獣や魔物などは、本能的に二人を避けてくれた。

嵐竜…知性を獲得しないままら千年の寿命を生きてしまった竜は、まだこの世界にも残っていたが、彼らすら、二人に怯えた。


もともと、協調性のあり、常識豊か(と自分では思っていた)二人はとくに諍いもなく、歩みを進めた。


峻険な山脈が行く手を遮った時に、飛び越すか、貫通するかで多少口論があったくらいである。



目的地までは、もう一息だった。


もちろん、これもまた比喩的な表現であって、二人ともに、呼吸など必要としなかったのであるが。


目の前の小高い丘を超えれば、もう街が目視できるはずだった。

この程度の丘なら、歩いて超えるか

貫通するか、それとも地ならしして平地にするが、などという論争はおきようもない。

ふたりは、丘を超えるべく、そのまま歩みを進めた…。


すべては、順調だった。


二人が丘への上り坂でまつ、人影を確認するまでであったが。


ひとりは、無精髭に使い込んだ皮鎧を着込んだ冒険者。

もうひとりは、黒いジャケットとバンツの女だった。


「よう! オロアの旦那に、ミュレス。」

気さくに男は手を挙げて、挨拶した。


「魔王宮の階層主が、なんの用でこの西域まで?」

女が冷たい声で言った。


「やあ、ザックさん。それに“聖者”マヌカさん。」

ミュレスは、にこにこ笑っている。

「わたしとオロアは、この先にいるはずのアデルという人間の女の子、“銀雷の魔女”ドロシーや我らの仲間ロウ=リンド、それから特にルウエンという少年に用事があるんです。」


「なら、わたしたちの目的と一緒よね。」

マヌカは、内ポケットから青黒い試験管を数本、取り出した。

ザックが身を沈めて、剣に手をかける。


「街に被害が及ばないよう、ここで決着をつけておくか。」


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