第九章 決断の刻
第133話 魔王サマは友だちが欲しい
「以上が、わしからの報告じゃ。」
竜珠のなかの人影は、小さく。画像は乱れていた。
連絡用にと、“黒き御方”が、ゲオルグに持たせた竜珠は、近年ますます、貴重品となっている。
理由は単純で、古竜がこの世界からほとんど姿を消してしまったからだ。
竜珠を作れるのは古竜だけ。
人間は、その消費魔力のあまりの多さにぶったまげ、スペックを落とした模造品を作ることに成功した。
現在、高価ながらも出回っているのは、そうした模造品ばかりだった。
黒き御方は、ゲオルグとの通信用にと、本物の竜珠を持たせた。
気前のいいことだし、あるいは、ゲオルグからの密な連絡を期待したのかもしれない。
だが、通信に必要な魔力量は、海千山千のゲオルグにも二の足を踏ませるものだったので、こうして、彼はいくつもの術式の同時発動で、竜珠のスペックをなんとか人間に扱えるものにダウンして、“黒き御方”に連絡している。
「よっく、わかった。」
画像は、荒く輪郭はぼやけていたが、ゲオルグは、彼が酔っているのではないかと疑った。
このところ、酒量が増えている。
と言う相談を、側近たちから何度かうけたことのあるゲオルグだった。
「わかったのか? 本当に。」
ゲオルグは、そう問いをなげかけてみた。
「もちろんだ。」
酒だろうがもっと悪質な毒物だろうが、“黒の御方”には、意味が無い。
彼を屠るほどの毒となると、彼の失われた魔剣ニーサ・カーダのものくらいではないか。
だが、本人が“酔っ払う”ことを求めているとなると話はべつだ。
“黒の御方”は、手元のグラスを空けた。
「俺の目的は、“踊る道化師”を再結成し、フィオリナを屈服させることだ。
そのために、ドロシーをオレのところに連れてくるように命じたわけだが……。」
瓶から酒を注ごうとして、空になってるのに、気づいて、瓶を投げ捨てる。
「だが、ドロシーは、出産したばかりで、母子共々、長旅には、問題がある。
そこで、現地で“踊る道化師”を結成し、ドロシーもそこに参加を表明した、と。」
ゲラゲラと、“黒の御方”は笑った。
酔っ払い特有の感情の制御のきかない笑い方だったが、ほんとうに愉快そうだった。
「素晴らしい! 満点以上じゃないか!
ゲオルグ。あんたの筋書きか? ジェインじゃ、とてもそこまで出来まい。」
「わしではないな。」
ゲオルグは答えた。
「あんたの娘は、ランゴバルド冒険者学校から、とんでもないものを連れてきた。
…魔道士のルウエンだ。筋書きを書いて演出したのは、やつの仕業だ。」
「ああ?……そうか! カザリームの“栄光の盾”トーナメントにいたあのルウエンなのか!?」
「ロウ=リンドがはっきり、そう認識している。間違いなかろう。」
「それは、なおのこと面白くなってきたな。」
“黒の御方”は、隣の席の若者に賛同を求めた。
そうですね、まったくそのとおりですね。
顔は画像の乱れでわからぬが、20そこそこの若者に見えた。
“黒の御方”の新しい側近なのだろうか。ゲオルグにも見覚えがなかった。
「ゲオルグ。ルウエンは、あんたが言っていたオレたちが失ったリーダーとやらの第一候補だ。実際に会った感想はどうだ?」
「ジェインは、彼をグランダのハルト王子だと、認識した。」
ううむ。
“黒の御方”は座り直した。
どうも場所は、玉座ではない。下町の居酒屋のようだった。
「それもお前の説だったな。ハルトがオレたち“踊る道化師”の誕生に関わっている、と。」
「そうだな。今回の件でそれは、ほぼ実証されたとは、考えている。
グランダの王子ハルトは、王位継承権をめぐっての争いに生き残るために、お主たちを魔王宮から連れ出し、“踊る道化師”を結成した。ランゴバルド冒険者学校を根城に、お主たちに人間界で生きる術を教えながら、世に出るチャンスを伺っていたのだ。」
「ならば、急にオレたちの前から姿を消したのは?」
「おまえと“災厄”が恋仲になったからだ。」
「それが、なにか関係があるのか?」
「ハルトは、クローディア家の一人娘と婚約していた。」
ぶつぶつと。
独り言のように、“黒の御方”はつぶやいた。
そんなバカな。
そんな、ことはない。
だいたい、そのことはフィオリナ自身が否定しているんだぞ。
「“災厄”の記憶を引き継いでいるはずの、ベータとジェインが、ハルトと自分との婚約を匂わせている。」
黒の御方は黙り込んだ。
ゲオルグは、少しイライラした。
意図的にスペックダウンしたとはいえ、竜珠の魔力消費はすさまじい。
ややあって、から“黒の御方”はボツりと言った。
「ゲオルグよ。あんた友だちはいるか?」
はあ?
貴重な魔力がごりごりと削られていくのを感じながら、彼は思った。
“何言ってんだ、このバカは。”
「オレは生まれついての王でな。友人には恵まれなかった。」
いやだなあ、ボクらがいるじゃないですかあ。
若い男の声がした。
ミュレスよ。わしらもまたある種の臣下には違いないな。友人というわけにはいかない。
年配の男の声だった。
珍しく、“黒の御方”の飲みの席に同伴者が、いるのか、と、ゲオルグは思った。
「オロア、ミュレス。おまえたちはよくやってくれている。だが、とどのつまり人間では無いからな。」
“黒の御方”は、ゲオルグを向き直った。
「オレは、そのルウエンを友人にしたい。ヤツをここまで連れてこい。」
「……お主らしいわがままな注文だ。ロウもいる。お主の娘もいる。己の意思に反して、お主のもとにルウエンを連行させるなど。とても、無理だ。
まして、情勢は混沌としている。あらたな“災厄”からの応援もあるかもしれん。」
なら。ぼくらが行こう!
青年の声が言った。
これ。勝手なことを。
年配者が窘めた。
「悪くは無い、な。」
“黒の御方”がつぶやいた。
「お主らに託すか。」
強大な魔力をもつゲオルグも、通信はそろそろ限界だった。
「まて。中途半端に戦力を投入しても」
唐突に、ゲオルグは思い出した。
ミュレス。
オロア。
それは、魔王宮の第四層と第五層の階層主の名前だった!
おまえは、災害級の魔物を解き放つつもりなのか!!
ゲオルグは、止めようと口を開きかけた。
そこで、彼の魔力は限界を迎え、竜珠は、物言わぬオブジェに成り果てた。
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