【第8章最終話】第132話 磐石の布陣

「フィオリナ!!」

ドアをノックするどころか、ドアごと吹き飛ばす勢いで、彼女はドアを開いた。

あまりの彼女の勢いに、集まった100驍将のひとりが、立ち上がって、彼女をとめようとした。

が、そのまま床に倒れ込んだ。

起き上がろうとするのだが、手も足も滑るばかりで、まったく力が入らない。

「フィオリナ! どういうことなのっ!?」


彼女の仕える女神は、玉座でゆったりと微笑んだ。


「フィオリナ!」

「ミュラ。わかっている。」


女神は、女官長に手を振った。


「わたしがあちこちから、百驍将を引き抜き過ぎだ、というのだろう?」

「自覚はあるのですね。」


ミュラは、床に倒れた百驍将のひとり、シュタイン侯ダロスに手を貸してやった。

本来、あるべき摩擦を限りなく、ゼロにする。あるけるはずの床が急に氷に変わったように、力がはいらなくなる。

ミュラの得意とする魔術であって、この魔術で彼女はひとりで、竜人の一分隊を退けたこともある。

術はとけても、かけられたものは、軽いパニックになってしまって、立ち上がることもできなくなるのだ。


「ミュラ殿の魔術の冴えは、お見事。」


そう言った白髪の老人は、会議のテーブルにおいて、席につかず、まがった気の枝を床に立て、その上にあぐらをかいていた。


「“百驍将”ロダン殿。あなたまで!」

「まあ、わしの担当区域は、しばらく放置しても問題なかろう。この十年の戦で、街をとって、とられてを繰り返して結果、ほとんど無人の荒野じゃ。」

ロダンと言われた老人は、嘯いた。

「“黒”が欲しければくれてやるわい。」


「いや、ミュラ殿。これは…かたじけない。」

ミュラに手を借りてなんとかたちあがり、椅子に座り直したシュタイン侯ダロスは、その名の通り、しばく前なら吸血鬼と呼ばれた種族である。


だが、ミュラを見る目は、好意的とは、言わないまでも、十分冷静であり、助け起こしてもらってことへの、感謝さえ感じられた。

「ダロス様…」

ミュラの眉間のしわは深くなるばかりである。


ぐるりと部屋を見回す。集まった男女は20名を超えていた。年齢も背格好もまちまちだが、その全員が、『100驍将』である。

それも全員が、いわゆる『武闘派』。

直接の戦闘が得意なものばかりだった。


「よくぞ、これだけ危ない連中を集めたものだ。」


つけつけとミュラは言った。


「この動きはまだ、“黒”には、捕捉されてはいないでしょうね。もし、この瞬間に、“黒”にしかけられたら、わたしたちはおしまいです。」

「そうだな。ククルセウはその全土から駆逐されるだろうさ。」


場違いな革鎧の傭兵が、水筒から酒を飲みながら言った。


「ランゴバルドと……ミトラも、だ。」

「あそこは中立だ!」

「ククルセウ全土が、“黒”の手に落ちて陸の孤島化してもか?

中立だからこそ、街を焼かれないために、自分のところの兵を駆り出されないために、“黒”に尻尾を振るだろうぜ。」


「ザック!」


傭兵は、答えずに水筒から酒を流し込んだ。


「まあ、それだけの価値はあるだろうよ。ドロシーに……あのアデル姫をこっちに納めるための戦いだ。」


ミュラは、玉座の主の目の前で、腰に手を当てて、相手を睨んだ。

「すでにプテルバとカプリスを向かわせてはずです。」


「プテルバは、一度奴らに敗れている。カプリスは一応、百驍将の筆頭ではあるが、そうそう荒事向きでは無いしな。」

「だから増援を送った……それで十分でしょう。なんです、この人数は?」


「せっかくの機会だ。“黒”に取られる前に、ドロシーを確保する。我が愛しいアデルも、だ。そして、あの、ルウエンも!」


「待ってください。確かにアデル姫が、ルウエンなる天才魔道士の少年とつるんでるのは、間違いない様です。

そこまでは、ランゴバルドのルールスも認めました。ですが、そのルウエンはあなたがその昔にカザリームであったルウエンなのですか?

20年まえですよ!?」


「たったの、20年だぞ、ミュラ。」

傭兵が、楽しそうに言った。

「いくらおまえら人間の寿命がはかないものであってもまだまだ存命だろう?」

「やかましい、ザック。」

ミュラの舌鋒は鋭いが、どことなく薄汚い格好の傭兵ザックと、ミュラの仲はけっして悪くは無い。

「15歳の坊やが20年経っても坊やのままでいるわけがなかろう?」


「過剰魔力による老化遅延だろう、どうせ。」

水筒の鮭を飲みきってしまったザックは、オカワリを要求しようとしたが、ここにいるメイドは、ミュラだけであって。彼女にそれを頼めるほどの胆力はザックには、ない。


「ルウエンの顔がわかるものは、ほかにはいないの?」

発言したのは、スーツに身を包んだ美女だった。タイトめのラインは彼女の見事なスタイルを引き立てていた。

理知的な顔立ちは、全体にキツイイメージで、眼鏡もそれを後押ししていた。


「マヌカ。あの試合は、ウィルニアのイタズラで、世界中に配信されている。顔を見てるのは何マン人もいるわ。」

フィオリナは、答えた。

「直接的会ったものは確かに限られるかもしれない。だからわたしは、カプリスを派遣した。

そして、先にやつらと接触していたヘンリエッタとベルフォードと連絡を取り……」

「ベルフォード…ヘンリエッタの先代の百驍将じゃない。なんで、急にそんな名前が出てくるんだ?」


マヌカはかつて“聖者”と異名をとっていた。その美貌が苛立ちで歪む。


「まあ、いろいろとよくわからないことだらけだ。」

そう言いながらも、フィオリナのほうは楽しそうだった。

「やつらは、“踊る道化師”を立ち上げたぞ!」


「くだらん!」

樽に手足をつけたようなずんぐりとしたおお男がテーブルを叩いた。

「我らの女神の承諾もなしに、好き勝手に“踊る道化師”を名乗る、痴れ者が!」


「それが、メンバーにロウ=リンドとギムリウスがいるのよ。」


フィオリナの冷静な指摘に男は黙った。


「あとは、わたしと“黒”の娘アデル。最新情報だとドロシーも加わった、とか。

ねえ、このメンツでパーティ組んだらなんて名乗ればいいと思う?」


フィオリナは、百驍将たちの狼狽を楽しむように彼らを見回した。


「素敵だよね! わたしもそこにいれてもらおうかな。」

「女神さま!!」

「そこいらの絵を描いたのが、わたしはルウエンだと思ってるわけ。」

フィオリナはたちあがった。

「アデルも、ドロシーも、ロウもほしい。というか“黒”には絶対にわたさない!

特に、ルウエンは!」


フィオリナは、しばらく目を閉じてこ呼吸を整えた。

たぶん……

自分で行きたいのを、なんとかこらえたのだ。

「ザック、マヌカ! 増援に行ってくれ。下手をすれば『城』といくさになって良いだけの布陣を引く!」


「わかりました。このマヌカ、命にかえてもお姫様をお連れいたします。」

「わかった。俺は自分のパーティを連れていくぞ。」


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